殿下より初めての。
今回は、ギャグ要素が強いです。
しかし、意外な展開にアナベルがモンゼツします。
テラスでの朝食を終えて、私はトレーシーから渡された詩集のページをめくる。優雅に時間をやり過ごすのも、淑女たる者のつとめ……それは、さて置いて。
コホン……有り体に申せば暇なのよ。
だって……『現代日本』とは、全くもって事情が違うンゴゴゴゴーーーー。
トリスタニア王国だと殿方の身支度は、基本的に女性は立ち入らない。文官なら書生、武官は従卒が受け持つしきたり。
殿下は『聖ベネディクト騎士団』の名誉顧問だから、当然ながら後者になるわね。
要するに、妻だろうが母だろうが姉だろうが愛妾だろうが、淑女の出番はナッシングざまーす。
「はー」
ため息混じりに、まったりと過ごす私の耳元で、
「妃殿下」
トレーシーの声が届く。
次の章に移ったばかりの詩集を閉じて、
「分かりましたわ」
彼女にそれを手渡した。
「それでは」
おっと。いつの間にやら、ご登場なさった執事さん。
彼の所作に合わせて、私はおもむろに立ち上がる。外の荒れ模様に、私の心がほんのりとざわめいた。大丈夫よ。殿下は強いお方だわ。
「行きましょう」
「はい」
先導役の執事を追うべく、私達はテラスを後にした。
エントランスから外に抜けた先では、馬車がすでに横づけされていて、扉の手前には殿下の後ろ姿が視界に飛び込む。
ピンと伸びた背中も、とてもセクシーなのよ。
おおっといけないわ。私の背後には、十を超える使用人が控えているのよね。
「アナベル」
「はい」
殿下と見つめ合う時間が、もう少し続いたらいいのに。気恥ずかしさを打ち消したくて、私はどうしても顔を上げることが叶わない。
そんな私をあざ笑うように、一陣の風が前髪を凪いだ瞬間、そそそそそ、来たのよ。
殿下からのキキキキスがぁーーーーーー(ただし、唇ではないので残ぬん)。
公衆の面前で、そのような真似など、なされることではなくてェエエエエ。
「なるべく早く、仕事を切り上げて来るよ」
殿下からのテラまぶしい笑顔と決め台詞に、私の心は千々に乱れた。
「行ってらっしゃいませ」
どうにかこうにか。正気を保った私の目の前で、御者のふるう鞭が音を立てる。滑らかに車輪が、石畳の上を動き出した。
私の視界から馬車が消える去る。私は時間が許す限り、その場で立ち尽くした。
「妃殿下」
「分かっていますわよ」
みなさんに申し上げておくけど、殿下が恋しくて突っ立った訳ではないの。そこ、間違えないでくれるかしら。
クスクスと笑う使用人達の前を歩くのも、とてもじゃないけど気後れしそうになる。そんな私の心を、片隅に咲く花々が慰めてくれた。
そう言えば、あの黒百合は咲いていないのね。不自然に視線を動かすことなど、はばかられてしかるべきだから、見つからないだけかもしれない。
私の預かり知らないところで、黒百合との因縁が蠢こうとするなんて。この時はまだ、知るよしもなかった。