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幕間 本物の『英雄殿下』は愛しい婚約者のために、『聖星節の攪乱』から時を遡ります。 後編  ※残酷シーンに注意

 『孤高の黒百合の君』を私だけの女神として、この世に留め置きたかった。だけど、もうそれは叶うことはない。


「アナベル……すまない。愛している」


 彼女から唯一、贈られた手縫いの刺繍のハンカチーフ。それを胸の奥にしまうと、私はロングウッドの館を立ち去った。


 妹の喪に服するロクサーヌ嬢を裏切って、偽物は別の女を夜会の相手に選んだあの日。兵を率いた私は、『パレス・バルモア』を襲撃した。


「何故だ」

「偽物の言い訳などいらぬ」


 そう。軍勢を整える直前、私はチャールズを討ち果たした。件の真相を知り得たのもこの時である。


 遊興にふける男の英雄譚など、影武者の私の功績によるもの。故に、目の前でふんぞり返る男を討ち果たすまで造作なかった。


 敵の御印を小脇に抱えて、

「パレスに火をかけよ」

 声高らかに命令する。

 それと同時に私は、躊躇することなく二階から飛び降りた。


 眼下に用意した馬の鞍に着座して、私はそのまま『サウスミンスター邸』を目指す。雲の切れ間から覗く聖星節の満月は、通年より赤く燃えていた。

 風向きに逆らうべく、私は闇夜を駆け抜ける。このまま走り切れば、目当ての場所につくまで間に合うはずだ。


 長く敵に牛耳られていた館が、目と鼻の先にある。先兵によって放たれた火によって、そこは業火の海と化していた。


 儀式の完遂まで、目くらましとなればいいさ。


 黒煙にたじろぐ馬を捨て、月明かりを頼りに私はあの庭を目指す。


「ああ、やはりここにあった」


 聖星節の満月の光を受けて、白百合が夜風に揺れている。普段は黒い花びらの百合だが、この特別な日だけ白い輝きを放つ。


 亡国の『国花』たる『神秘の百合』は、ここの古参の執事が守り抜いていた。それを前にして、私は敵の御印から迸る残血を垂らした。

 

 聖星節の満月において、白く輝く『神秘の百合』に生贄の血をささげれば、一度限りで時をさかのぼる。


 これは、一種の賭けだった。

「怨敵ジュリオ・ロングウッド伯爵の血により、我を過去に誘うが……」

 禁呪を唱え切らないうちに、背中から胸を貫く刃が目に飛び込む。口からこぼれる血にむせ返りながら、私は地面に膝をついた。


 どうやら、追手はすぐそこに差し迫っているようだ。

 もう少しだよ。待っていておくれアナベル。

 私は最初の生を、ここで閉ざした。


 

 漆黒の闇に漂うのも飽きた頃、私の意識が懐かしい声によって呼び起こされる。


「レオナルド」

「母上さま」


 痛みが和らぐと同時にまぶたを開ければ、記憶に残る美しい母がそこにいた。宙をさまよう私の手は随分と幼い。おそらく、十を越えていないだろう。


 ほんのりと疼く体を、母と侍女達が交互でさする。

 男心にこそばゆく感じていれば、

「黒幕チャールズ・ロングウッド伯爵は斬首、直系の男子もことごとく毒杯を飲ませよ」

 父王ののたまう声が耳に届く。


 ああ、これで私の身分が、あの忌まわしき『ジュリオ・ロングウッド』に奪われることはない。


「母上……」

「ゆっくりお休みなさい。レオナルド」


 普段と違う優しい声に、私はゆっくりとまぶたを閉じる。母が見守る側で私は、まどろみの淵へと陥る。


 かすかな光を前に、

「アナベル……」

 幼子の口から彼女の名前がこぼれた。

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