表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/69

私のお母さまは。

 窓から見える暗雲に、閃光が何度も迸る。机の奥に座る父は私をほっといて、手にした本のページをめくるばかりだ。


 随分とお会いしない間に、おぐしに白い筋が増したみたい。

 無言で立ち尽くす私に向けて、

「そこに座りなさい」

 穏やかな口調で促して下さった。


「はい」


 ようやく口を開いてくれた相手に応じて、私は背もたれのない椅子の上に腰を落ちつける。革張りの肌触りが少し硬いけど、我慢出来なくはないわね。


 うーん。緊張感が全くほぐれないな。気心の知れた親子の間柄だったなら、私からお話するべきだろうけど。『元祖塩対応』な険しい面持ちを前に黙り込むしか出来なかった。


 時折、遠雷がとどろく他は、何かが起こりそうな……ってことはないか。

 一帯を漂う重苦しい空気に、私は相手に悟られないようにふるまった。


 そんな状況を終わらせたいだろうか、

「そなたが抱く、パメラへの誤解を説く必要があるか」

 父が独り言のようにささやく。


 待って、この名前は確か。相手の口からついて出た名前が、『アナベル・ウィンクス』の生みの母親だと認識するまで時間を要してしまう。 

 それくらい、私の心には全く響かなかった。


「何処から話すべきかな。フロワサール伯爵家において、パメラだけが良識をわきまえていた」


 想定外の人物評価に、私は呆気に囚われる。つまり、世間で言われる『悪妻』ではないってこと?  

 さらなる続きを聞こうと、私は姿勢を正した。


「実家を見切ったパメラが平民の音楽家と結婚した頃か。私は婚約者のセシル・エドナとの婚礼を控えていた。今の妻が当時の婚約者だ」


 父と義母が婚約を交わしていた仲だと聞いた瞬間、ああやっぱりそうなのかと。

 あれ、何だかおかしいような。


「お父さま、よろしいでしょうか」

「ん」

「夫がいたのであれば、母はどのようにしてここに嫁いだのでしょうか」

「夫を殺すと脅された挙句、教会にも手を回されたのだよ」


 うわわわー。フロワサールってアコギな一門だわ。金の力で教会を脅して、母の婚姻記録を抹消させるなんて。

 さらに、『反フロワサール』の旗頭の善良なエドナ伯爵家を罠にはめて追い落とす。何とけしからん輩ではないか。

 

 お家断絶、ざまあ味噌漬けやったね!

 

 私が生まれる前に、この王国で何が起きたのか、おおよそのあらましは理解した。

 沈痛な表情の父の方から、

「そなた、パメラに会いたいか」

 意外な言葉を投げかける。

 突然の質問に対して、私は答えを持ち合わせていなかった。


 何だか、ピンと来ないのよね。

 話の経緯から父と離縁した後、母は最初の夫と再婚している。本当に愛する相手とその間に生まれた娘を、やっとの思いで取り戻したってこと。

 他人同様の私が、母の幸せを邪魔する訳にはいかないわ。


「お会いしなくても、私に不都合はございません」

「本当にいいのか」

「はい」


 だってもう、『お母さま』を恋しがる年ではないもの。


「そうか」


 短くつぶやく父の表情が、ほんのりと切なさをかもし出す。普段と違う父の姿に戸惑いつつも、私は音を立てずに書斎を離れた。


 うん。お母さまに会えなくても大丈夫……だけど、鼻の奥が疼くのはどうしてかしら。

 私は無意識のうちに、母への思慕を封印した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ