断罪劇にてお姉さまは、追放されてしまいました。そして、私は『英雄殿下』よりプロポーズを承りました。
――トリスタニア王国の賢母マチルダ教会にて、弔いの鐘が哀しげに鳴り響く。
『漆黒の怪人』は、亡き婚約者を取り戻さんと、『黒百合の精霊』の力で時をさかのぼる。
果たして、彼の願いは叶えられたのであろうか。
王都『デルフィス』の西はずれ。車窓の端に『パレス・バルモア』が見えてまいりました。こちらは社交シーズンともなると、連日、夜会が催されております。
「殿下。もうすぐにございますわ」
ベルベットの背もたれに身を預けて、我が君は反対側の車窓を眺めておいでにございます。
「いつも気を遣ってくれて助かるわ。アナベル」
この方は『トリスタニア王国』の今上陛下の王女。エヴァンジェリンさま。美しく聡明な王女殿下にお仕え出来て、私はとても光栄なことと存知上げます。
「そろそろだわ」
「はい」
馬の猛々しいいななきの直後、私達の乗る馬車は、パレスの正門に到着しました。
「アナベル嬢。お手をどうぞ」
私のような若輩者に手を差し伸べて下さるのは、異国の精鋭の騎士にございます。不埒な輩の気配を探り、私は石畳の上にそっと足を添えました。
「エヴァ。僕の手を取るのだ」
片膝をつく騎士たちの合間から、盛装をまとう美丈夫が現れました。エヴァさまは現在、ここから南方にある『キンバリエ大公国』の後継者。イーサン殿下とご婚約の身の上にございます。
そのイーサン殿下にかしずかれるがまま、我が君は優雅に歩を進められました。
お二人はまさしく相思相愛で、私は誰の手も借りずに後を追いかけますわ。
水晶の飾りが蝋燭の炎を散らし、大理石に映る影の上を、私たちはまっすぐ歩いています。御成を告げる声に合わせて、私を含めた数名が『壁の花』と化しました。
これは、いつものこと。もう、慣れております。
エヴァさまは、イーサン殿下とのファーストダンスをたしなむべく、大広間の中央へと躍り出ました。
しばらくすると『壁の花』も、一人また一人と欠けていき、最後に私だけが残ります。
私は背筋を伸ばして、エヴァさまの華麗なステップを眺めていました。
私と同じ年頃の大半は、婚約を整えております。侍女も婚約者に限れば、舞踏の輪に混じることも許されますの。
しかしながら、私は……。
『不遇の真ん中令嬢』
世間から私への揶揄を鑑みれば、利もない婚約を望む奇特な方は、永遠に現れないでしょうね。
薄い色合いの裾模様がひらりと回る光景を、私は遠くから見定めていれば、艶やかな調べが唐突に終わりを告げます。
何ごとでございましょうか。かすかなどよめきが、大広間中にたちこめました。
「みなの者。聞くがよい」
その声とともに、何処からとなく王太子殿下が登壇されました。あきらかに婚約者ではない女性をエスコートされています。
いかにも頭の弱そうな、ピンクの髪の少女を抱き寄せて、
「ロクサーヌ。貴様の罪は明白だ」
こともあろうか、殿下は婚約者たる私の姉を罵倒しました。
「殿下……」
姉のロクサーヌは、物憂げな眼差しで殿下を見つめています。
私と違い姉は誰からにも慕われており、『麗しき青い薔薇の君』と称されています。
あら、どうされたのでしょうか。
姉の危機にも関わらず、エヴァさまのお姿が見えません。そればかりか、イーサン殿下も。
誰も止めようとしない断罪劇に、何故か『聖星節にラストワルツを』の題名が脳裏を過りました。
はひ? まさか、これって……『星ラス』の断罪プロローグなワケ? 今、私ってモブ令嬢のアナベルだよね。
この瞬間、私はアナベル・ウィンクスではなく、現実界の住人『前田 さつき』の意識でもって、ことの成り行きを見届けた。
せっかくの、異世界転生なのに。『麗しき悪役令嬢』ではなくて、『不遇の真ん中令嬢』だなんて……全く。ついていないわ。
ボッチで地団駄を踏む合間に、トリスタニアが誇る『聖ベネディクト騎士団』が大広間になだれ込む。
「ウソ……お姉さま」
騎士団長は星ラスヒロインの『麗しき悪役令嬢』を拘束して、さっさと扉の奥へ去ってしまった。
あの、これは何のバグなの。内心、動揺しまくりの私を余所に、翻る銀髪の後ろ姿が見えなくなる。
それと入れ替わるように、金髪碧眼の美丈夫が近衛兵を引き連れてやって来た。
『英雄殿下』の異名を持つ『星ラス』のヒーロー。レオナルド・トリスタニア=サウスミンスター公爵だ。
彼はここぞとばかりに、阿保王太子とピンク頭のビッチをガチガチに締め上げる。
ここまでは、原作準拠の展開。テラ尊いお姿に、私は見とれてしまった。
しかし、ここで重大な事実が。そう、レオナルドがお姉さまを気に止める気配がない。
レオナルドっ。後ろよ後ろーーーーーー。
さっさと、お姉さまを連れ戻しなさいっ。気がつけよボケェがーーー!!
あふれ出す寸前の下品な声を、私は両手で口を抑えつける。
早く。ヒロイン=お姉さまを助けろ。渾身の断末魔に呼応するように、レオナルドがこっちを向いた。
あれ? 気のせいか、私に微笑んでくれたような。気のせいだよね。
しかし、阿保とビッチがさ。
「私を誰と心得る」
「ウソでしょ。ヒロイン補正がないなんて」
定番の捨て台詞をまき散らす。
「連行したまえ」
殿下の命令通りに、近衛兵が二人をしょっ引いて行く。
ふん。往生際の悪いヤツらだ。
おっと、それよりも早く。お姉さまを呼び戻さないと。
「諸君。聞き給え」
レオナルドの無駄に尊いイケボが木霊する。私は思わず、その場で聞き入ってしまった。
「これより、私が新しい太子となる。そして、我が妃にはアナベル・ウィンクスを迎えるとしよう」
アナベルを……って。そんなバグ、聞いていないわよ。
衆目の視線が一斉に、私の方へと向けられる。その最中で私は、貝になるしかなかった。
『不遇の真ん中令嬢』より『麗しき青い薔薇の君』を選ばずして、どうするつもりよ旦那さん。
「アナベル。私の手を取ってくれないか」
(はえ?)
気がつくと眼下では、床に片膝をつく英雄殿下が。
いつ来たのよ。アナタさん。
ああ、テライケメンね。おっと、いけない。
無下に断ったりしたら、ウチの実家はお取り潰しだよね。幼い弟を、路頭に迷わせるなんて出来っこないよ。
うん。ここは一つ深呼吸。
「謹んで、お受けいたします」
慎ましやかな所作でもって、私は淑女の礼を示した。
ホント。
お受けするしかなかったのよ。殿下のプロポーズ? をね。