再会
おばあちゃんの葬儀から3日が経った。何度もおばあちゃんとの記憶を思い出しては悲しんでいたウィグだったが、もう1つ、この3日間何度も頭に浮かんでくる記憶があった。
あの美しい女性だ。あの人がおばあちゃんを棺に納めている時の光景が頭から離れないのだ。
これが「感動」というものなのだろうか。あの光景を思い出すたびに、心が震えるような不思議な感覚になる。
そして何より嬉しかった。最後に元気だった頃のおあばちゃんの顔が見ることができて。
「...よし」
ウィグはある事を決心する。
「まずはあの人に会いに行こう。」
そう独り呟くと、腰掛けていたベッドから立ち上がり、ある場所に向かうために部屋を出たのだった...
着いた先は、おあばちゃんの葬儀をあげた教会だった。入口の扉を開け、中に入るとすぐに1人の男性がこちらに気付いた。
「あれ?君は...」
そこにいたのは、おばあちゃんの葬儀を執り行ってくれた司祭様だった。葬儀の時に着ていた白く煌びやかな礼装とは違い、黒の落ち着いた正装を着ている。
「先日はありがとうございました。とても丁寧にしていただいて。」
「いえいえ。おばあさまも天国からあなたを見守ってくださると思います。」
「実は少し聞きたいことがあって...」
「?」
そしてあの美しい女性について尋ねる。
「あぁ、シルヴィアさんの事ですか?彼女ならロータスカンパニーに行けば会えると思いますよ」
「ロータスカンパニー?」
「ロータスカンパニーはこの教会と親身にしてくださっている納棺師のギルドですね」
「納棺師?」
「納棺師というのは...いや、ロータスカンパニーに行かれるのであれば直接彼女達に説明してもらったほうがいいですね。場所は...」
司祭様に教えてもらった場所は、教会から1時間ほど歩いたところだった。
そこには木造の2階建てで、「ロータスカンパニー」と書かれた建物があった。1階は倉庫になってるのか、大きく開いた入口からは棺や木でできた蓋のない箱の様な物が見える。だが人の気配はない。
近寄りがたい雰囲気のある建物だったが、意を決してウィグは大きく開いた入口から中に入る。
「すいませーん...誰かいませんかー」
弱々しく声をかけるが返事はない。もう1度、今度は少し大きめに声をかける。
「すいませーん!」
「はーい!」
今度は返事があった。声のした方を見るとそこには2階へと伸びる階段があった。階段のすぐ横の壁には矢印で「事務所」と書いてある。
トタトタと小走りで階段を駆け下りてくる音が聞こえ、姿を現したのは
30代後半ぐらいの黒色の長い髪を後ろでくくった女性だった。
「えーと、仕事のご依頼...ではなさそうですね。何かご用でしょうか?」
黒色の髪の女性は年若いウィグを見てそう問いかける。
「あの、シルヴィアさんはいますか?」
「シルヴィアですか?彼女なら外に出ていますが...」
どうやらあの女性はいないようだ。
「そうですか...」
お目当ての人に会えず落胆しているウィグを見て黒髪の女性は
「彼女ならもうすぐ帰ってくると思いますので、時間があるようでしたら中でお待ちになられますか?」
「いいんですか?」
「ええ。なにか事情がおありのようですし、お入りください」
そう言って事務所の中に招き入れてくれたのだった。
事務所の中に入ると、2人の人物が椅子に座っていた。1人は目つきの鋭い大男。もう一人は優しそうな顔をしたふくよかな女性だった。
優しそうな女性がウィグを見て不思議そうな顔で黒髪の女性に声をかける。
「お客さんですか?」
「どうやらシルヴィアに用があるらしいの」
黒髪の女性は優しそうな女性にそう答えつつ、部屋の隅に置かれた少し年季の入ったソファーに案内してくれた。
「・・・・・・・・」
大男はその鋭い目つきでこちらを黙って見ているだけだ。
ソファーに座り、部屋の中を軽く見渡していると反対側に座った黒髪の女性が口を開いた。
「挨拶がまだでしたね。私はローザと申します。」
「あ...僕はウィグっていいます。」
「シルヴィアに会いに来たみたいですが、差支えなければ理由をお聞きしてもよろしいですか?」
ローザは凛とした佇まいで、僕みたいな少年にも丁寧に対応してくれる。
「実は数日前におばあちゃんが死んでしまって...そのおばあちゃんを綺麗にしてくれたのがシルヴィアさんなんです。」
その言葉を聞いてローザは少し目を伏せ、悲しそうな顔をする。
「...それはご愁傷様でした」
そう言うとローザは深く頭を下げた。その様子にどう反応していいか分からず、少し時間を置いて言葉を続ける。
「...その時僕、泣いてばっかりで、シルヴィアさんに何も言えなくて。せめてお礼を言おうと思って会いにきたんです。それと...」
そこまで言いかけたとき
「ただいま戻りました」
お目当ての人物が現れる。
「あらシルヴィアさん、お疲れ様でした。ちょうどあなたにお客さんがいらっしゃってますよ」
「?」
優しそうな女性がそう声をかけると、シルヴィアは心当たりがないといった感じで不思議そうな顔をする。優しそうな女性はシルヴィアを連れソファーまで案内する。
優しそうな女性の手にはお盆を持っており、上には高そうなコップに温かい飲み物が注がれていた。どうやらウィグために入れてくれたらしい。
シルヴィアはソファーに座っている少年の姿を見つけると
「君はこの前の...」
どうやらウィグの事を覚えていたらしい。だが自分に会いに来た理由に心当たりがないのだろう、驚いた顔をしている。優しそうな女性はコップをウィグの前にそっと置く。
「あなたにお礼を言いに来たんですって」
ローザは驚いているシルヴィアに声をかけ、さぁどうぞというようにウィグに目を向ける。
その目配せに緊張する心にグッと気合を入れ、ソファーから立ち上がり
「おばあちゃんを綺麗にしてくれてありがとうございました!おばあちゃん病気になってから弱っていくばっかりで...元気な頃はよくお化粧とかして綺麗好きだったんですけど、死ぬ前にはそんなの気にしてられないぐらいしんどそうで、でも僕には大丈夫、大丈夫すぐ元気になるって、でも凄くしんどそうで、でも最期の顔は元気なおばあちゃんで、、、あの、その、、、、本当にありがとうございました!」
途中から涙が溢れてきて自分でも何を言ってるのか分からない様子のウィグ。それでも精一杯感謝の気持ちをシルヴィアに伝えた。
「...えっと、、、、その、、、、私はそんなに感謝されるようなことは...」
シルヴィアは困ったような、悲しそうな複雑な顔して返す言葉に悩んでいた。
その様子にローザが助け舟を出すかのように
「まぁシルヴィアはこの国の納棺師でも三本の指に入るもんね」
「!?...やめてくださいローザさん!私はそんな人間じゃぁ...」
そんなやりとりを優しそうな女性と大男は温かい目で見守っていた。そんな和やかな雰囲気に少し落ち着いたウィグは目に涙を浮かべたまま言葉を続ける。
「あの時のおばあちゃんを綺麗にしてくれてるシルヴィアさんを見て、綺麗になったおばあちゃんを見て本当に感動したんです!それで、、、あの後、色々考えて決めたんです!あの、その、シルヴィアさん!」
「?」
「僕をシルヴィアさんの弟子にしてください!!」
「!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
その予想外の一言で和やかだった雰囲気が凍り付いた。
ローザは目をまん丸と見開き、大男と優しそうな女性は互いに目を合わせ絶句している。
そして少しの沈黙のあと
「無理」
シルヴィアは冷たく言い放つのだった。