第九節 SIDE-美和-
領主様と分かれて捨てられた子犬、もといバルトの元へと舞い戻りました。
流石に魔法を発動し続けるのはきついのかその表情は疲労困憊といったところ。
しかしバルトの献身的(強制)な犠牲によってまわりの兵士からは混乱は抜け去り、平穏が戻りつつありました。
「やぁバルトただいま」
「お、お帰りなさいませ、旦那様。美和様」
ぜいぜいと荒い息を吐きながらも律儀にも返答するバルト。
魔力の保有量が多いはずなのにこれほど疲労しているとは。
もしかして魔力変換効率が悪いのでしょうか?雷は得意属性のはずだったと記憶しておりましたがどうなんでしょうか?
どちらにせよ発信源を破壊できていない以上このまま頑張ってもらうことになりますが。
「それで発信源は見つかりましたか?」
「すまない。まだなんだ。もう少しの間耐えてくれ」
「分かりました。まだ大丈夫だと思われます」
表情からはその発言が痩せ我慢であることは明白ですが、バルトの男の子としての意地を尊重して指摘はしておかないであげましょう。
ふと周りを見ると疲労から未だに倒れ込んでいる兵士たちが視界に入りました。
ん?そういえば、なんでアレク君やバルト、領主様は大丈夫だったんでしょうか?
注意して見るとほかにもお貴族様は被害を免れたご様子。
いや、兵士の皆さんの中でも被害を受けなかった方はみえますね。
なにが違うんでしょう?
魔力の保有量によって抵抗でも出来たんでしょうか?
いや、電気信号はただの電力ですので魔法的なものとは違いますからレジスト出来たとは思えません。
であるならば服装ですか?金属を身に着けているか否か?
だとすると鎧を着ているアレク君が被害を受けなかったことが理解に苦しみます。
それに皮膚に接触していないことには信号の伝達が阻害されるはず。
………皮膚への接触?
一つの答えに行き着いた私は目の前の二人に確認しようと問いかけました。
「アレク君、バルト。一つ質問していいですか?」
「どうしました?」
「何でございましょう?」
「二人ともピアスやネックレスなどの金属製の装飾を身に着けてますか?」
「俺は無くすと嫌だったので指輪も屋敷に置いてきましたんで、何もつけてないですね」
「私もそういった装飾品はネイアさんから禁止されていますので、何も身に着けておりません」
やはり、そういうことですか。
とりあえず無事な二人からのサンプリングは出来ました。
あとは操られていた側のサンプリングが必要になりますね。
「アレク君。操られていた兵士達に確認してきてください」
「何をですか?」
「『金属製の装飾を肌に身に着けているか』と十名ほどで構いませんので聞いてきてください!」
「え?あっ、はい!」
アレク君は決して頭が悪いわけではないのですが、こういう時の察しの悪さはいただけませんね。
だからいつもミリアさんに怒られているというのに困ったものです。
そうこうしていると周りの聞き込みが終わったのかアレク君が鉄塔へと戻ってきました。
「どうでした?」
「全員、指輪やネックレス、ピアスなどをつけていました」
「やはりそうでしたか」
「どういうことですか?」
「恐らく身についている金属を受信媒体にして電気信号を送っていたんです。ですので、全て外せばもう勝手に動くことはないかと思われます」
「本当ですか!?早速全員に伝達します!」
アレク君は無事だった兵士を呼び止めると、全員身に着けている金属製品を全て外させるよう指示を出しました。
命令を受けた兵士は一目散に走り出し、兵舎へ駆け込むと伝達を繰り返し一時間後には野営地全ての人間へ連絡が行き渡りました。
連絡完了の報告が届くと同時に緊張の糸が切れたのかバルトが意識を失いました。
それによって鉄塔への電力供給が停止し、電気信号から守る傘はその役目を終えます。
私は即座に上空へ飛び上がると野営地を監視しました。
ざっと見たところリアクション芸人が残っていることは無い様で、私の推測が正しかったことが証明されました。
(アレク君、オールクリアです)
(了解です。カイン様が呼んでいるそうですので一度降りてきてもらっていいですか?)
(分かりました。直ぐに向かいます)
鉄塔の脇まで降りていくと丁度バルトが運ばれていくところでした。
今回は随分と頑張っていたようですから目が覚めたら『お褒めの言葉』でもかけてあげましょうか。
その直ぐ横に周りを警戒しているアレク君を発見したので、近づいていきました。
(お待たせしました)
(それじゃあ行きましょうか)
私の到着を確認するとアレク君は領主様のテントに向けて歩き出しました。
道中も気を抜くことなく周りを警戒しているようで、時折視線を左右に振りながら向かいました。
私も少し上空から監視を続けておりますが、今のところ人影なし。
結局、警戒の甲斐なく何事もなく無事に領主様のテントへとたどり着きました。
「アレクです」
テントの前までやってくると入室の許可を貰う為に名乗りを上げる。
本来であればアレク君の方が軍籍は上官にあたるので名乗りは必要ありませんが、今までの関係性とはなかなか払拭されないようです。
「すまんな。入ってくれ」
領主様もあまり良くは思ってないようですが、癖のようなものでは仕方ないと今では諦めておられるご様子。
そういう行動が塵積もって総指揮官に見られてないのだとアレク君が気が付くのは何時になるのでしょうか?
私が思うに、その頃にはこの戦争が終結しているような気がしてなりません。
アレク君と共に領主様のテントに入って行くとベッドの上に先ほどのお嬢さんが座っておりました。
手足は拘束したままですが、その扱いは随分と丁寧になっているような気がします。
神妙な面持ちの領主様はアレク君の肩を両手で掴むとまっすぐ視線を合わせました。
突然のことに目を白黒させて驚くアレク君。
そんなアレク君を無視するように領主様は横一線につぐんでいた口を開くと一言忠告しました。
「アレク君。これから話す内容は全て真実だ。無理かもしれんが驚かないで聞いて欲しい」
領主様の迫力に気圧されながらもコクコクと無言で頷くアレク君。
領主様はふっと短く息を吐くと意を決したように口を開く。
「この娘はローラ様と同じ立場の魔族だ」
その言葉は場を凍らせるのに十分な威力を持っておりました。
にっこりと笑う魔族の娘と正反対に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる領主様。
あまりに衝撃的な内容に完璧に固まっているアレク君。
一瞬訪れたその静けさはまさに嵐の訪れを予見するものに違いありませんでした。