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第八節 SIDE-カイン-

 走り去るアレク君の背を見えなくなるまで見送るとわしは次に向けて行動を開始する。


 ひとまず魔族の娘をこのままにしておくのは忍びないのでわしのテントに運び込んだ。


 テントの中に運び込んでおいて、床に寝させておくのもなんだったのでベッドへ運んでやる。


 少し強く叩きすぎたかと心配になったが、ネイアやバルト曰く魔族は人類のそれとは一線を凌駕するほど体は頑丈らしいので大丈夫だろうと勝手に推測してほかって置く事にした。


「そのうち目を覚ますだろう」


 わしは一人呟くと散らかったままのテーブルへと向かい椅子に腰掛ける。


 ぎしっと音を立てて椅子がわしの体重を支えた。


 これで先ほど外に飛び出す前と同じ状態へと戻った。ベッドの一件を除いて。


 直前まで思考していた内容を何とか引きずり出し、一人思いにふける。


「さて伝令の話であったな」


 誰に聞かせるわけでもなく一人呟く。


 いかんいかん、この歳になるとどうも考えが纏まらんことが多い。


 その所為か独り言が多くなってしまったのか最近の悩みの一つだ。


 戦争などと言う非日常の中で思わず日常を思い描いてしまい、なんとも場違いだなと苦笑してしまう。


「なにがそんなに楽しいのかえ?」


 そんな場面を見られてしまった恥ずかしさといきなり声をかけられたことの驚きとで椅子を蹴倒し立ち上がる。


 ベッドに視線を向けると双眸がこちらを覗きこんでいた。


「こないな小さな体を縛り付けてベッドに寝かせた上でニヤニヤするとは…そちは『変態』さんなのかえ?」


 あらぬ誤解を受けてしまった。


 この場にニーナが居ない幸運を喜びながらも何とか体裁を整える。


「これは随分と厳しい評価を頂いたものだな。出来れば改めて頂きたいところだが、どうすれば良いかね?」


「ふむ。ではこの異様に硬い紐を解いてはもらえぬか?」


「残念だが、それは致しかねる。ほかに無ければこちらから質問しても良いかい?」


「多々あるが現状を理解するに全て難しかろう。質問を許そう」


 捕まっているというのになんと言う態度だろうか。


 もしかして救出される見込みでもあるというのか?


 もしくはとてつもない豪胆なのか?あとはただの馬鹿か?


「では何点か質問をさせていただこう。まずは軍籍はあるか?」


「ありはせん」


「では身分は明らかに出来るかい?」


「ちぃと難しいのぉ」


「それは身分を言えないのか、語るほどの身分がないのかどっちだ?」


「身分はあるが明かすのは不味いといったところじゃ」


「それは困ったことになるね」


「どうしたのじゃ?」


「軍籍もない身分も明かせないとなると捕虜協定が適用できんのだ。つまりただの犯罪者となるので、戦時中の特例でわしの爵位だと自由に判決が出せてしまうのだよ」


 言葉の意味が理解できたのかサッと青ざめる魔族の娘。


 その内うるうると瞳を潤ませ始め、消え入りそうな声で問う。


「妾はこのまま欲望のはけ口として、そちのおもちゃにされてしまうのかえ?」


「ちょっとお待ちいただこうか!どこをどう聞いたらそういう結論に至ったのか是非教えていただきたところだね」


「違うのかえ?」


「あぁそれだけは断言しよう。絶対にない」


 魔族の娘はホッとしたのも束の間またサッと青ざめた。


 わしは嫌な予感に苛まれながらも言葉を待った。


「兵士のおもちゃに…」


「ならない!絶対に!!」


 予感的中とは。出来れば的中しては欲しくなったがね。


 わしは「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」と一際長い溜息をつく。


 心底疲れた。


 これが先ほどまで戦っていた相手かと思うと余計に疲労が酷い。


 無駄に痛む頭をこめかみを揉むことでごまかし、会話を続けることにした。


「最悪の場合この場で首を刎ねられても文句を言えない立場ってことだ。理解したか?」


「なんだその程度か。そちに刎ねられるのであれば本望じゃ。一思いにやってはくれぬか?」


「はぁぁぁぁぁ?」


 なんだこの娘の価値観は。自分の命が軽すぎはしないかね?


 あまりにもそうあまりにも生に対する執着が無さ過ぎる。


 わしが目を白黒させて返答に困っていると、器用にベッドの上に座り首をもたげた。


 その姿はまるで斬首を待つ罪人の様に。


 更に痛み始めた頭に目頭を押さえることで克を入れると何とか平常心を取り戻す事に成功した。


「あくまでも立場上というやつだ。わしにそこまでするつもりは無い」


「そうかえ?それは残念じゃ」


 娘はもたげていた頭を上げると心底残念そうな表情を作る。


 わしも貴族という荒波に揉まれて育ってきた。


 人を見る目はそれなりに培ってきたと自負しておる。


 そのわしが見ても、とてもではないが演技で出来る顔ではないと思えるほどだ。


 この娘は本当に生への執着が一切ない。


 そんな覚悟があるものなんぞ、思い当たるところは一つしかない。


 王族だ。この娘は魔族の王たる由縁を持っている。


 最悪だ。どう扱っても最悪の結果しか生まない。


 この状況を見越して送り込んできたのだとすると相手の軍師は余程の切れ者か相当に性格が悪いに違いない。


「もう一つ質問いいかな?」


「何じゃ?」


「魔族の中で君より上の立場の人は何人かな?」


 まるでその質問を待っていたと言わんばかりに娘はニヤリと笑う。


 あぁ言わないでくれ。


 質問したのはわしではあるが出来れば答えて欲しくはない。


 そう心底思ってします。


 お願いだから。


 わしの思い違いで終わってくれと。


「妾の上かえ?そんなもの決まっておろう。父上、母上、兄上が二人かの?姉上は既に余所へ嫁いでおるので除外じゃな」


 あぁちくしょう。


 最悪の最悪の最悪のそのまた最悪ではないか。


 わしは崩れ落ちそうになる膝を何とか立て直し真っ直ぐに立つ。


 ふらふらとゆれる視界を一点に集中させる。


 今にも抜け落ちてしまいそうな意識を繋ぎとめる。


 そこまでしてもなお、諦めてしまいそうな自分がそこにおった。


 ちくしょう。魔族の王女とはやってくれる。


 アレク君の口癖だが、今日だけは借り受けたい。


 どうしてこうなった?


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