第六節 SIDE-美和-
テントで休んでいたら外から剣戟の音が聞こえてきたので、敵襲かと思ったアレク君は私に上空から野営地を観察してくるようお願いされました。
当初お敵さんと斬りあっているのかと思ってみていたらどうやら同士討ちをしているご様子。
しかもギクシャクとへんてこな動きで斬りあっているその様はまるで下手な役者の殺陣を見ているかのようでした。
いえ、殺陣というよりも時折ビクンビクンと跳ねるような動きも加わっていることから最早、リアクション芸人の動きをみていると表現した方が正解かもしれません。
(美和さん!どんな感じですか?)
地上のアレク君から念話が入りました。
テントと飛び出したときよりは声が落ち着いているので、焦りが幾分か解消されたのでしょう。
(表現に非常に困るところですが、私が見る限りでは『ビリビリショック芸人の挙動』です)
(…なんですかそれは?)
(説明が非常に難しいのですが、前世の芸人さんで体に電流を流して無理やり動かして笑いを取るという人が何人かいたんですよ)
言ってる私も頭おかしいとは思いますけどね。
当然見た事もないアレク君にはさぞ理解に苦しむことでしょう。
(…それってどう言う事ですか?)
コレは一から説明した方が良さそうですがそこまで時間の余裕も無いでしょうし端折って説明しましょうか。
(えっとですね。人間と言うのは微弱の電気信号によって体を動かしているんですよ)
(はぁ…)
(で、この微弱の電気信号というのは脳…頭の中から出されてまして)
ここからではアレク君の表情は見て取れませんがきっと不思議な表情をしていることでしょう。
見れないのが残念で仕方ありませんが。
(脳から筋肉に行き着くまでに途中でその信号が書き換えられてしまったり、脳の代わりに勝手に信号が出されてしまったらどうなると思います?)
(その信号に従って動いてしまうので、自分の意志とは関係なく体が動くということですか?)
(正解です。ではそれを防ぐ為にはどうすれば良いでしょうか?)
(うーん…気絶させるとか?)
(それでは不十分です。例え意識がなかろうとも電気信号を流しさえすれば体を動かすことは可能です)
(それじゃあ、拘束する?)
(拘束されても無理やり動こうとするので、最悪の場合筋肉繊維が断裂する恐れがあるのでお勧め出来ません)
(あとは…殺っちゃいますか?)
(ぶ、物騒なこと言わないでください!アレク君、最近ちょっと過激派志向に染まってませんか!?)
誰の教育の賜物かた知りませんが私のアレク君が随分と過激に育ってまいりましたよ!?
最近の騒動では仕方ないかも知れませんが、昔はもっと優しい子だったというのに。
もっと頭を使って解決方法を導けるようきっちり指導していこうと心に誓いました。
(電気信号を停止させる、もしくは受信しないようにすればいいんですよ!)
(あぁなるほど。停止させる方法はあるんですか?)
(発信源が見当たらないので今は難しいです。ですので信号を遮断してしまいましょう)
(分かりました。俺はどうすればいいですか?)
(まずは野営地の周りに支柱を立てて回りましょう。近くに誰かいますか?)
(カイン様とバルトがいます)
おっとバルトが居ますかこれは都合がいい。
アレには今回は乾電池になって貰うとしましょう。
私はニヤリと笑うとアレク君へバルトへの指示を説明します。
(それでは今から軽金属で棒を作りますので、それをバルトに持たせて野営地の周りにブッ刺して来るよう指示してください。そのあと私たちも同じ様に回りましょう)
(分かりました!)
さて、それじゃ一仕事と行きましょうか。
私は地上のアレク君の元へと向かうと既にバルトは出発していたのか姿はありませんでした。
「私も反対側から作業してきます」
「うむ。よろしく頼む」
領主様と短い会話の後、アレク君と伴に野営地の外周を回りつつ、鉄の棒を地面に刺していきました。
今回は重さを考慮してアルミニウムを主体に銅で周りをコーティングして作成したので、強度はそこまでありませんがそこそこ軽いです。
バルトに持たせた分を考えるとそれなりの重量ですが、鉄で出来たものよりはマシだと思いますし、魔族なんですからきっと大丈夫でしょう。
丁度、野営地の外周半分のところでバルトを待っていると私たちより遅れること十分程度で姿を現しました。
その手にはもう棒を持っていないことから全て刺し終えての登場のようでした。
「お待たせして申し訳ございません」
合流して開口一番謝罪から入るところ軍服こそ着ていますが使用人としての教育が行き届いている証拠です。
アレほど中二病全快のバルトをここまで育て上げるとは教育係のネイアさんには脱帽です。
「いやそれほど待ってないよ。それじゃあ次に行こうか」
「次で…ございますか?」
チラリとこちらを伺うバルト。
私はその視線による問いに答えてあげました。
「えぇ、野営地の中心部に向かいます。バルトにはそこでやって欲しい事もありますので」
「畏まりました」
アレク君、私の順番で二回お辞儀をするバルト。
これからどうなるとも知らずにその姿は優雅でした。
私たちは剣戟乱れる広場を横切ると野営地の中心部へと何事も無くやってきました。
「それではアレク君。ここに鉄塔を建てましょう」
「鉄塔ですか?」
「えぇそうです。デザインは私が考えますので、いつも通り魔力の供給をお願いしますね」
「わかりました」
いつものように魔法を発動すると地面から生えてくるように鉄塔が現れました。
その高さは大体5mほどです。
「それじゃあ、この鉄塔から外周に建てた鉄柱まで全てにほっそいワイヤーを通しましょう」
「了解です」
なんとなくアレク君にもこれから行うことが分かってきたのかチャッチャと作業が進んでいきました。
鉄塔から伸びる百本を越えるワイヤーがそれぞれの鉄柱までいきわたり、野営地が極細のワイヤーの傘が出来上がりました。
パッと見はサーカスのテントの支柱のようです。
準備はこれで整いました。
「それではバルト。ここに電流を流してください」
私はバルトを呼びつけると鉄塔を指差して指示を出しました。
いまいち理解に及んでいないのか半信半疑な表情を浮かべて鉄塔へ電流を始めました。
鉄塔からワイヤーと通って鉄柱へと電気が流れ、最終的にはアース線の要領で地面へと流れていきます。
そうなると微弱な電気信号などは電流に引っ張られる形で霧散してしまいます。
バルトが驚いて止めてしまったので時間にして数秒程度でしたが、周りの乱痴気騒ぎは確実に停滞しておりました。
しかし電力の供給が停止したことで再び動き出し始めましたが、数秒停止したことで当初の予定がズレたのか打ち合いになることなく互いの剣筋は空を切るばかりです。
「何を勝手にやめてるんですか、バルト!そのまま続けなさい!」
「は、はい!!」
幾ら当らないとはいえ身の近くを剣が行き来するのは精神上あまりよくないと思い、バルトに命じて電力を流し続けました。
再びワイヤーに電気が流れ、電気信号から守る傘が復活しました。
アレク君も周りの状態を確認すると満足げに頷きました。
「あの…美和様?僕はいつまで電力を流し続ければいいんでしょうか?」
アレク君の表情とは正反対に不安げなバルトが私に問いました。
私はバルトにニッコリ笑いかけると地獄行きのジャッジを下す閻魔の様に告げました。
「発信源の特定までお願いしますね」
バルトの表情が絶望に染まっていくのにそう時間は掛かりませんでした。