第四節 SIDE-バルト-
旦那様と大旦那様が並んで軍の先頭を進んでおられる。
僕は慣れない騎乗に四苦八苦しながらも何とか後に付いて行っている感じだ。
今回は従軍という事もありいつもの燕尾服ではなく軍服だった。
始めの頃はちょっとだけテンションも上がったけど、今では何処を見ても同じ服装ばかりが目に付きいい加減飽きてきた。
唯一の違いと言えばエクルストン家の紋章が右肩にあり、それだけは誇らしく思えた。
同じようにオグマさんも軍服を着ているが、僕と違って着慣れている感じで、とても頼りがいのある歴戦の戦士のようだった。
今は集積地から西、共和国と帝国の国境線へ向かう為、街道を進軍していた。
一度国境線まで向かいそこから帝国が通った進軍ルートを辿る形で占領された街々の解放と兵站地を襲撃して補給線の破壊を行う予定だった。
集積地から出た瞬間から戦地へ向かうという事実が重く圧し掛かり、普段では感じることの無い異様な空気の中一歩また一歩と進んでいく。
「今からそんなに緊張してちゃ後でもたないぜ?」
隣を行くオグマさんからそんな僕の状態を見かねたのか声がかけられた。
正直、返事をするのも億劫だったけど話しかけられた以上、無視するわけにもいかずオグマさんに顔を向けるとニヘラと笑顔とも言えないなんとも微妙な表情を返した。
「なんつー顔してんだよ。まぁ緊張するなってのも無理な話なのは分かるけどよ。もうちょい肩の力を抜いた方が身のためだぞ?」
「そうしたいのはやまやまなんですが、どうしても力が入っちゃって…」
「初陣じゃしゃーないか。でもなバルト、旦那様を見てみろ。お前と同じ初陣でも堂々とした出で立ちじゃねーか」
オグマさんが指差す背中を見る。
確かにその姿は威風堂々、百千練磨の風格ありとはまさにこの事。
だけど少しだけ視線を上に向けると美和様がまるで糸の切れた操り人形の体勢を整えるかの如く必死になって操っていた。
いや、『如く』じゃなくて実際そうなのかもしれない。
と、なると旦那様は寝てる?
いや失礼だけど旦那様はそこまで豪胆ではないと思う。
って、ことは寧ろ気絶して………おっと、これ以上はいけない。。
僕の思考はそこまでで考える事を強制的に終了させた。
それから数日かけて国境付近まで到達した。
その間、公国が帝国との戦闘に入ったと報告があった。
まだ小競り合いのレベルではあったけどその報告を聞いた大旦那様が「早すぎるな」と一人呟いておられた。
その事が原因か僕には分からないけど、国境までたどり着いた僕たちは隊を二つに分けることになった。
各領地から参戦した隊を千五百ずつに分け、片方を王都兵と合流させ急ぎ帝国軍本体の後方を急襲、残りの片方を従来の作戦通り解放と補給線破壊を行うこととなった。
僕はもちろん旦那様や大旦那様と同じ急襲組に組み込まれた。
幾ら急襲するとは言え歩兵も組み込まれているため、帝国軍に追いつくまでは数日を要する。
街道を進む僕たちは道沿いに点在する街や村の惨状を目の当たりにする。
まだ火が燻っているのかところどころから煙があがる倒壊した家屋や、完璧に破壊された村を囲っていたであろう柵が目に焼きついて離れない。
しかもその惨状は街道を進むにつれて酷くなっていくような気がした。
今回の帝国の進軍速度はありえないほど速いものらしい。
だったらここまで破壊工作を行う時間はあっだんだろうか?
防衛機能に乏しい村を蹂躙するのは大勢の軍隊であればそこまで苦労する必要はないかもしれない。
でも、王都までとはいかないにしてもそこそこ強固な外壁を持つ街を攻め落とすにはそれなりに時間を要するんじゃないだろうか?
それに、一つ気になることが。
「あのオグマさんこれって?」
「あぁバルトも気が付いたか。なんで人っ子一人いやしねぇんだろうな?」
やっぱりオグマさんも気が付いていたようだった。
そう、どの街も村も生存者が一人居なかった。
直接戦闘していたであろう兵士の遺体以外、一般の共和国民の遺体もほとんど存在しなかった。
どう考えても異様な光景だ。
「おそらく旦那も気が付いているだろう。今夜辺りにでも呼び出しがあるだろうよ」
その夜、オグマさんの予想は的中した。
唯一間違えたことと言えば、旦那様からの呼び出してではなく大旦那様からの呼び出しであったけど。
僕は緊張に緊張を重ねてガチガチに固まった体をギシギシと懸命と動かしながら大旦那様の寝泊りしている大きなテントへと向かった。
「バルトです!お呼びとのことでしたがお間違いございませんでしょうか?」
「あぁ入ってくれ」
「失礼致します!」
テントと外を隔てる幕をめくると中へと入った。
大旦那様はテーブルの上にある地図へチェスのような駒を並べて動かしては戻し、動かしては戻しを繰り返していた。
「すまないが、適当な椅子にでも座ってちょっと待っていてくれ。」
「はっ!」
入り口直ぐ脇にあった椅子に必要以上に背筋を伸ばして座る。
「そう緊張するな。楽にしてくれても構わんよ」
大旦那様は横目で見たのかはたまた僕の声で判断したのかテーブルの上から視線を外すことなく苦笑しながら僕へと語りかけた。
それから大旦那様の地図とのにらめっこは暫く続き、数回駒を動かしたところで顔をあげられた。
「うむ。まぁこんなところだろう。バルト、待たせてすまないね」
「いえ!そのようなことはございません!」
僕はガタッと大きな音を立てながら椅子から立ち上がる。
敬礼でもしそうなほど直立不動になった僕を見て笑いを誘われたのか「君はいつも元気だな」と大旦那様から笑みがこぼれた。
「それで襲撃を受けた街をみてどう思った?」
大旦那様に誘われるがままテーブルを挟んで向かい合って座るといきなり本題をぶつけられた。
抽象的な問いではあったけど生存者が一人も居ないことへの問いかけで間違いないだろう。
「率直に申し上げてありえない状況かと」
「うむ。それはそうだろうな。あのような状況をなしえる魔法に心当りは?」
この場に僕しか居ないことを考えると枕詞に『魔族の』が付くことになるだろう。
明確に言葉にしないのは大旦那様の気遣いによるものだろう。
その優しさに応えれるように頭をフル回転させて記憶を呼び覚ます。
「人を操る魔法は存在します。ですが、それほど大勢に対して一度にかけたというのは聞いたことがございません。逆に大勢にかけたことのある魔法としては『首輪』をつけるものがあります」
「『首輪』というのは?」
「簡単に言ってしまえば本人自身を人質にする魔法です。その魔法を掛けられた人は術者の任意のタイミングで殺すことができます。まるで絞首台のスイッチを押すかのように」
「なるほど、それで『首輪』か。随分とシャレの効いたネーミングだな。それでバルトの知りえる限りで構わんのだが、最大で何人まで掛けられるんだ?」
「聞いた話では魔力の続く限り無制限です。実績としては八百人が最大値だと記憶しております」
「うむ。あとは…そうだな、魔法の持続性は?」
「術者が解除しないことにはいつまでも継続します。ただし魔力は継続して使用し続けることになるので結果的には魔力切れが起こるまでとなります」
「解除方法はあるのか?」
「暴発しないようにする為『コード』と呼ばれる解除魔法がありますが術者本人が決めた術式が必要になるので解析する必要があります」
「実質、不可能と」
「はい」
重たい空気が辺りを包んだ。
僕の推測が間違いでなければ襲撃を受けた共和国民は全て敵に回ったと考えに至る。
しかも本人たちの意思に反して。
どれほどの数が帝国軍に取り込まれたのか分からないけど、少ない数でないことだけは理解できる。
はっきり言って最悪だった。
援軍としてやってきて守るべき同盟国民を手にかけなければいけないかも知れない事実は僕の背中に重く圧し掛かってきた。
そういう意味では僕はまだ知識がある分マシなのかもしれない。
何も知らない兵士が突然共和国民に襲撃でもされたら、士気の低下どころか軍の崩壊すら考えられた。
敵がすげ替わる恐怖に僕は思わず身震いした。
「バルト、このことは緘口令を敷く。アレク君には時をみて、わしから話す。お前は何も知らない顔を続けてくれ」
「はっ!」
話は終わったとばかりにテーブルの駒へと視線を落とす大旦那様を置いて僕はテントを後にして、行きとは違う体の重みを感じながら自分のテントへと歩を進める。