第十九節 SIDE-ミリア-
「さて、西条さん。当家の従者を即時解放していただけますかな?」
アレクの問いかけに対して西条氏は壊れた人形の様にカクカクと何度も頷き、了解の意を示しておりました。
バルトに襟首を掴まれたまま運ばれる猫のような体勢でネイアたちの下へと案内してもらいました。
屋敷内部の地下へと続く階段を下りていくとそこは石造りの壁に囲まれてこちら側とを鉄格子で仕切られている地下牢でした。
四つの牢の内、二つにネイアとオグマが別々に入れられており、二人とも意識がないのか静かに横たわっておりました。
「ネイア!」
私はネイアの入れられていた牢へと駆け寄ると力任せに鉄格子を広げ人が入れるだけの間を確保すると中へと這いいりました。
後ろから「人間離れしてきたな…」とアレクの声が聞こえた気がしますので、後ほど問い詰める事を忘れないよう心のメモにしっかりと刻んでおきます。
薬の影響なのかゆすっても一向に目を覚まさないネイアに対して、解毒の治癒魔法を掛けてやり覚醒を促しました。
暫くすると「ううん」と小さな呻き声を上げて、ゆっくりと瞼が開いていきました。
「ネイア、大丈夫ですか?」
治癒魔法を掛ける際にネイアの頭を膝枕をするように抱え込んでいたので、覗きこくような体勢でネイアへ問いかけました。
私の声に反応するようにまだまどろんでいたネイアの意識は一気に覚醒へと向かい、私の視線とぶつかりました。
「えっ?奥様!?私は…どうして?」
どうやら混乱しているようで私の膝枕のまま周りを見渡しております。
そのうち状況が近い出来たのかはたまた直前の記憶が引き出されたのかガバッと起き上がるとこちらに向かってアレク直伝の土下座を繰り広げた。
「も、申し訳ございません!!」
決して付け焼刃でないそれは見事な土下座による謝罪は何故か私の笑いを誘いました。
くすくすと笑いながらネイアに「気にしないで」と返答するとそれでも申し訳なさそうな表情でネイアが頭を上げました。
すると隣の牢から「うおっ!旦那様!!申し訳ごぜぇません!!!」と恐らくネイアと同様に土下座で頭を下げているであろうオグマの大声が聞こえてきました。
その情景が想像できたのかネイアも思わず「ふっ」と笑ってしまい、私たちの視線が互いにぶつかるとなぜかまたそれが可笑しくて敵地だというのに二人してくすくす笑い出してしまいました。
最近笑いの沸点が低くなってきているような気がしますが、ネイアの笑顔が良く見られるようになったことは良いことだと思います。
牢を出て全員が集合できた喜びを噛み締めていると、ふとアレクが地下牢の階段付近へ視線を向けて声をかけました。
「カエデ。そこに居るのは分かっているよ。出ておいで」
すると階段の下に格納庫があったようでそこからカエデさんがおずおずと出てきました。
隠し扉になっていたのになぜ気が付いたのかと疑問に思いましたが、きっと美和様辺りの魔法によるものでしょうと勝手に納得しました。
「楓!もう一度アレを使え!」
西条氏がカエデさんに向かってなにやら命令しましたが、カエデさんは何かに迷っているのか行動に移そうとしません。
「何をしておる!貴様の親がどうなってもいいのか!?」
その言葉にビクッと全身を震わせその姿は何かに購うように必死に耐えているようでした。
「どうした!このままでは一生会える事はないぞ!?」
どうやら西条氏はカエデさんの親御さんを人質に取っているようで、それを枷としてカエデさんを操っているようでした。
何処の国にもゲスな輩はいるものですね。
一息にヤッてしまおうかと頭を過ぎりましたがアレクが美和様と話しているようですので、そっと見守ることにしました。
「それ嘘ですよね?」
「なっ!?」
アレクの静かな一言に西条氏は驚愕を浮かべておりました。
「ですからカエデが両親に『会える』のは嘘ですよね?」
「何を言うか!楓!こやつらの嘘に惑わされるでないわ!両親は生きて儂が捕らえておるわ!」
「はい。嘘。さっきは言いそびれましたけど俺、嘘が分かる魔法が使えるんです」
「そんな魔法あるわけが…」
「それが、あるんですよ。まだ発表前で俺しか使えませんけど」
「ぐっ!」
あらあら。ここで黙ってしまうとは自ら認めてしまったようなものじゃないですか。
外交を司っているわりには随分と正直な表情をなさることで。
ただ問題なのは『会えない』理由ですね。
捕まえていないのであれば良いのですが生きていないのであれば…
「くそっ!!」
西条氏が悪態を付くとその周囲に魔力の形成が感じられました。
私は咄嗟に剣に手をかけて斬りつけようと思いましたが、それよりも早く動いたものが一人。
オグマでした。
勢いよく放たれた右の拳は西条氏の鼻を正確に捉え目標が数十cm先にあるかのように打ち抜いておりました。
掴んでいたのがバルトで無ければ一緒に吹き飛んでいたであろうほどの衝撃です。
オグマは私やネイア、バルトの様に魔力の形成を感じることができないはずですので、本能によるものかはたまた別の要因によるものなのかは知りませんがタイミング的には完璧でした。
打撃によって強制的に終了させられた魔法はその形を作り上げることなく霧散したようです。
当の西条氏は鼻の骨が折れたのか大量の鼻血を噴出しながら何かを叫んでいるようですが、聞く意志のない私たちにはただの雑音として処理されました。
あまりの雑音度合いに五月蝿く感じたのかアレクが魔法を使って眠らせました。
静寂に包まれた地下牢ではすすり泣くカエデさんの声だけが響いておりました。
オグマは痛む右手を擦りながらカエデさんに近づくと出会った時のように視線を合わせる様に目の前にしゃがみ込む。
「ようカエデちゃん。また会ったな。なんか会う度に泣いてねぇか?」
怒るでもなく慰めるでもなく、至って普通に話しかけるオグマ。
その問いに何も反応を示さないカエデさん。
「まぁ今回は泣くのもしゃーないわな。その気持ち分かる分かる」
両親が亡くなっているかもしれない少女に対してあまりに軽い口調に怒りを感じた私はオグマを止めるため一歩踏み出そうとした時に後ろからネイアによって腕を捕まれ遮られました。
私は怒りを込めた視線をネイアに送りましたが、ネイアは首を横に振るだけでその手を離そうとしませんでした。
そうこうしているとカエデさんはキッとオグマを睨むと一言。
「そんなの分かるわけない!!」
「そうか?分かるかもしれねぇじゃねぇか」
「私の気持ちなんか誰も分かるわけない!!」
「まぁそうかもな。でもなカエデちゃん。同じ傷を持つ者同士だったら慰めあう事だってできるんじゃねぇか?」
「えっ?」
驚きの表情を浮かべるカエデさん。
いえ、カエデさんだけでなく私もアレクもバルトも皆、一様に驚愕しておりました。
同じ傷?オグマの過去に何かあったのでしょうか?
…あったのは間違いないようですね。目の前にいるネイアの今にも泣き出しそうな顔がそれを物語っております。
「昔話になっちまうんだけどな………」
いつも笑顔でいたオグマにそのような過去があったとはとてもではありませんが想像することが出来ませんでした。
オグマの話が終わる頃にはカエデさんの流す涙の意味が違うものへと変化しているようでした。
そっとカエデさんの頭に添えられるオグマの大きな手。
それは父親の手でした。
「なぁカエデちゃんよ。何か言う事があるんじゃねぇか?」
先ほどまでとは違い、厳しくも優しい声で語られた言葉はカエデさんの心に深く浸透していったように見受けられました。
やがて泣き止んだカエデさんはこちらに向かって座を正すとそのまま頭を垂れました。
そして一言「ごめんなさい」と小さくそれでいても力強く謝罪の意を示しました。
オグマから送られてくる視線に私はゆっくり頷くとカエデさんに向かって声をかけました。
「全くこのようなところで『迷子』になるとはどういうことですか?カエデさん。今後は当家の者であることに誇りを持って行動してもらわないと困りますよ?」
その発言を受けたカエデさんは顔を上げるとその瞳が零れ落ちてしまうのでは無いかというほど見開かれ驚愕の表情をつくると次の瞬間には折角止まった涙が再び流れ始めました。
この場にいる全員がその意味を十全に理解し、疑いようも憂いも無くカエデさんが当家に迎え入れられた瞬間でした。
再び泣き出してしまったカエデさんにオグマが「まぁそういうこった」と声をかけて慰め始めました。
カエデさんが泣き止むまで数分間、時間を置いて地下牢を後にした私たちは響さんへの報告の為、陰陽局へと急ぎ歩を進めました。
まるで親子の様にオグマの手を引き、張り切って陰陽局への道程を案内するカエデさんの姿に微笑ましさを感じながら。