第十六節 SIDE-ミリア-
折角のアレクとのデートだというのにあの東条とか言うタヌキ親父には困ったものです。
それに『四条家に気をつけろ』ですって?そんなもの王都を出発する際に既にお父様から聞き及んでおります。
もっと言えば国家元首である一条家の勢力が衰えつつあることも情報として仕入れており四条家の仲も悪く虎視眈々と下克上と狙っている事も当然存じ上げておりますとも。
アレクには技術支援員として全力を賭して貰おうと思って耳に入れないようにしていたというのに。
あぁもベラベラと喋られてはこちらの段取りが崩れ去ってしまいました。
情報を取り扱う者であれば常識レベルの公然の秘密をまるで国家機密でも話すかのような口ぶりで話すその様は情報提供の恩を売って当家を味方に取り込もうとしている魂胆が見え見えです。
私としましては怒りのあまり頭が真っ白になってしまって何も話さずに出てきてしまったことだけが心残りです。
せめて一言でも恨み節をお送りするべきでした。
もうすっかりデートの気分で無くなってしまった私たちはどちらともいう事無く宿を目指して歩いておりました。
丁度大通りに差し掛かったところで脇の小道から見知った顔がひょっこりと出てきました。
しかしその姿は出発前とは大違いで一人は身に纏う黒いゴシックドレスでも隠しきれないほどの血痕が点々としており、一人は四肢を傷だらけにして何とか歩いている様子。
「美和さん!バルト!どうしたの!?」
アレクが慌てて駆け寄り、身長差から支えるのも辛そうな美和様からバルトを受け取りました。
「ごめんなさい、アレク君。やっちゃいました」
テヘッと舌を出して後頭部を掻く美和様。
見た目も相まってその仕草こそは可愛げがありますが、そこら中に飛び散る血痕がむしろ恐怖を煽ります。
アレクも顔を引きつらせてドン引きでした。
「そ、そう。話は宿に帰ってから聞こうか。でもその前にミリア。バルトに治癒魔法をお願い」
「分かりました。さぁ、バルトこちらへ」
「奥様。お手数をお掛けします…」
バルトがおずおずと両腕をこちらへ差し出してきました。
切創の上から火傷?どのような攻撃を受けたらこのような傷が出来るのでしょうか?
治癒魔法を掛ける前に症状を調べようと傷ついた腕を眺めておりましたら、美和様が私の疑問に答えてくださいました。
「バルトは結界と破る為に自らの腕に魔法を掛けてぶちまけていたんです。その反動でそのような傷に」
「魔法を自らの腕に!?なんて危険な行為を!!」
あまりの驚きに思わず手に持つバルトの腕を握りしめてしまいました。
その所為で傷に触れてしまったのかバルトから「いだっ!?」と悲鳴が上がりました。
「あぁ!ごめんなさい!それにしてもなんて無茶をしたんですか…」
すぐさま治癒魔法を掛けてやり両腕の傷を癒していきます。
四肢を失ってしまう可能性もあるほど危険な好意だというのに、想像するに美和様を守るためにバルトは躊躇することなく行ったのでしょう。
出会いこそは最悪でしたが、今では立派な当家の執事に成長しつつあるバルトを私は誇りに思いました。
「さぁ、次は脚を出してください」
道の脇にあった木箱へ腰掛けるとバルトは靴を脱ぎ両足を恐縮しながらも差し出してきました。
傷は膝の辺りまで何本も伸びており美和様の支えがあるとは言え、よくここまで歩いてきたもんだと関心しました。
やがて治療も終わり、問題なく四肢が動く事を確認するとバルトは「ありがとうございます」と腰を九十度に曲げてお礼を告げてきました。
私も「バルトも美和様のために良く頑張りましたね」と返すと照れ隠しのように頬をぽりぽりとかいておりました。
「さて、それじゃあこんなところで話す内容でも無いだろうし宿に戻ってお互いの情報を交換しようか」
私たちはバルトの傷が癒えた事を確認すると宿への帰路へと歩を進めました。
宿へとついた私たちはいつもの食堂をスルーして自らの部屋へと向かいました。
途中、カエデさんの様子を確認しようとネイアたちのいる部屋へと寄りました。
バルトが数回ノックをしても中から返事はありません。
あまりにも静かな室内に不穏な空気を感じたアレクはノックの返事を待つことなくドアノブに手をかけて回しました。
「あれ?鍵が開いている?」
ガチャと音を立てて回ったドアノブは施錠されていないことを物語っておりました。
私たちは互いの顔を見合わせると誰ともなく頷き、警戒を強めながら陣形を整えました。
「ネイアーオグマー入るよー?」
アレクは回したドアノブを握ったまま室内へ声をかけつつドアを引いて開け放ちます。
その直後、バルト、アレク、美和様、私の順番で部屋の中へと這い入るとバルトは窓付近、アレクはベットの脇、美和様は扉の横まで一息に駆け寄りました。
私は、後ろ手で扉をゆっくりと閉め、室内全体を見渡しました。
そこには私たち以外の人影がなく静寂だけが支配する空間でした。
それから全員で室内を舐めるように検分しましたが、何処にも荒らされた形跡はなく、壁などにも傷はなく争った形跡すらありませんでした。
一瞬何処かへ出掛けたかと思いましたが、あの二人が勝手な行動をするとは考えにくく、何かの事件に巻き込まれたのは明白でした。
嫌な考え方をすればカエデさんの裏切りに会ったのでしょう。
皆もその考えに至ったのでしょう、私たちの中に暗い空気が流れておりました。
そんな空気の中、コンコンと扉がノックされました。
全員の視線が扉に集まり、まるで銅像のように硬直しておりました。
数秒の間を置いて再びドアがノックされます。
意を決したアレクが「どなたですか?」と問うと扉の向こう側からはここ数日で聞きなれてしまった人物の声が聞こえてまいりました。
「そのー響だけどよ?ちょっと話があるんだ。楓の事で」
アレクは跳ねるように扉へ駆け寄ると思いきり開け放ちました。
どうやら扉に近づきすぎていた様で「ぎゃ!」という悲鳴と共にゴンッと扉が何かにぶつかる音が辺りに響き渡りました。
…響さんだけに。
私は言い放ちたい言葉を淑女のプライドで押し込むことに成功しました。
しかし、言葉を押し込むだけに尽力しすぎた所為か「ぶふっ」と吹き出す事は止めることが叶いませんでした。
扉に注視していた皆の視線は今度は私が欲しいままに注目を集めてしまいました。
隣に居た美和様からはポンポンと背中を叩かれ慰められてしまう始末。
その全てを悟ったような瞳がさらなる悲しみを誘います。
ここまで来てしまってはもうどうする事も出来ません。
私は意を決して宙に舞った言葉を紡ぎました。
「響さんだけに響き渡りましたね…」
くっ!殺せ!!
誰でもよいので私を葬ってください!後生ですから!!
先ほどまでの張り詰めた空気は何処に行ったというのですか!?
言わせておいて「えぇんやで」はないと思いますよ美和様!!
あらぬ方向を見て目を逸らさずにこちらを見なさいバルト!!
私の発言を無かった様に扱い響さんの介抱に向かうとは何事ですかアレク!!
ものすごく悲しい目でこちらを見ないでください桜花さん!!
極めつけは扉の向こうではアレクの肩を借りて「いててて」と額を押さえて立ち上がる響さんが、
「響き渡っちまったな。あたいは響だけど」
と一言。
その言葉に私は膝から崩れ落ち顔を両手で隠して泣き出す寸前まで陥ったのは言うまでもありません。