第十四節 SIDE-アレク-
美和さんたちが出発してから俺たちも町中へ繰り出した。
正直な所、どこを探せば調査になるのか検討も付かなかったので、ミリアと二人でぶらぶらと散策していた。
皇国に来てからと言うものずっと忙しくてゆっくり出来る時間も無かったし、美和さんたちには悪いけどちょっとくらい異国デートを楽しんだっていいんじゃないかと思うんだ。
口には出さないけどミリアも賛同してくれているようでついさっきまでニコニコ笑顔で付き添ってくれていた。
『ついさっきまで』『笑顔だった』んだ。これはアレかな?そうは問屋が卸さないってやつかな?
昼ご飯でも食べようと行きつけになりつつある食堂へ向かうと、いつもと違う部屋へと通された。
店の奥へ奥へと追いやられまるで人目を憚るような部屋へと案内された。
嫌な予感がして来たのか徐々にその表情に陰りを見せ始めるミリア。
そのミリアを見てどんどん顔が青くなっていく俺。
案内された部屋の横開きの扉―美和さん曰く襖―を空けて中に入る。
一段高くなっているその部屋は草のマット―美和さん曰く畳―が敷き詰められていた。
テーブルと椅子じゃないことに落胆を隠しきれない俺だけど、中から声を掛けられて咄嗟に切り換えた。
「これはこれ、アレク=エクルストン様。ご機嫌いかがですかな?」
中年で小太りのおじさんがそこに居た。
丸い眼鏡を掛けて無駄に煌びやかな羽織を羽織っている。
キラキラしてるのは全部金糸?だとするとものすごくお金がかかったそう。
「えっと、始めましてでお間違いございませんでしょうか?」
こんなキャラクターの濃い人、一度見たら忘れないと思うんだけど。
念のため初対面であるかどうかの確認をした。
「えぇ、始めまして儂は両替商と小売問屋を営んでおります『東条吉衛門』と申す者。以後お見知りおきを」
東条さんとやらは座ったまま窮屈そうにお辞儀をする。
多分腹の肉が邪魔してるのだろうと推測した。
「そんなところでお立ちのままではなんですから、どうぞこちらに」
東条さんはそう言って自分の座っている向かいの席を俺たちに勧めた。
いつものように四角いクッション―美和さん曰く座布団―を勧められるが正座をするのは諦めているので胡坐をかいて座る。
流石にミリアが胡坐を掻くわけにはいかないので両足を横に流すように座っている。
「改めまして、アレク=エクルストンです。こちらは妻のミリアです」
勧められるがまま着席した俺たちは即座に自己紹介と行う。
据わりながら脚の低いテーブルに頭を打たないようにお辞儀をするのはまだちょっと慣れないけどやってやれないことはない。
東条さんも笑顔のまま「どうぞよしなに」と返してくれたところ間違った作法ではないようだ。
「店の者に聞いたところお食事に訪れたとのことでしたので、まずはご一緒いただけますかな?」
「断る理由もございません」
「それは重々」
怪しさ満点の席だけに出来ればお断りしたいところだけど俺の名前を知っているという事は皇国の重鎮である可能性が高い。
ここで断って後々国際問題にさえても困るので、とりあえず素性が分かるまでは相手にすることにした。
東条さんがパンパンと二回手を叩くと俺たちが入ってきた扉とは反対側の奥の扉が開けられてそこで待機していたであろう数人の給仕が次々に料理を運んできた。
五分もしないうちにそこそこの広さを持つテーブル一杯に料理が並べられた。
「お口に合えばよろしいのですが」
東条さんのアイコンタクトで俺の隣に居た女性の給仕がその手に白い小瓶を持って待機していた。
「これは?」
なんのことだが分からない俺はその小瓶を指差して東条さんに問いかけた。
「皇国名産の酒で『大吟醸』という名前です。何分強い酒ですので、そのお猪口で少しずつお召し上がりください」
東条さんは俺の手前に置かれた小さなコップ―お猪口―を指差して俺の問いに答えてくれた。
教えに従って伏せて置かれていたお猪口を手に取ると手の中で返して液体の受け入れ態勢に持ち込んだ。
差ほどの間を置くことなく女性の給仕によって透明の液体が注がれる。
見た目は水のように透き通っており、独特の匂いが回りに充満した。
東条さんから強い酒だと聞いていた俺は少しだけ口に含むと味わいながら飲み込んだ。
喉がカッと焼けるように熱くなり、思わずむせ込んだ。
向かいの席で東条さんがイタズラが成功した子供のような笑顔を浮かべて楽しげに語る。
「少々、強すぎたかもしれまんせな。しかし味はいかがですかな?」
「確かに酒としては強すぎるかも知れません。それでもしっかりとした味わいの中にほんのりと甘味を感じました。はっきり言っておいしいです」
「おぉそうですか!もし宜しければお土産に数本持ちください」
上機嫌な東条さんを相手に暫く酒と食事を楽しんだ。
慣れない酒だったので悪酔いしないようにミリアに魔法で体内のアルコールを適度に分解してもらいながらではあったけども。
食事もほどほど食べ終わった頃、東条さんからようやく本題が切り出された。
「それにしてもアレク様はお若いにも関わらず技術支援員として派遣されるとは随分と優秀であらせられるのですね?」
ようやく慣れ始めた俺たちの箸が止まる。
俺たちが技術支援員として派遣されているのは別段、隠しているわけでもないが公開もしていない情報だ。
それこそただの一般人が知っているとは思えない。
そんな硬質化した空気を感じ取ったのか東条さんが自らをフォローする。
「いえね?私どもは陰陽局にても商品を卸しておりますのでそういういった情報も自然と流れてくるというものです」
東条さんは一度言葉を切ると指を四本立てた手をこちらに向けて「それに」と続けた。
「儂も末席とは言え、『四条家』に名を連ねるものですので」
「『四条家』ですか?」
初めて聞く単語だ。思わずオウム返しで問う。
「えぇ我が皇国は建国時に尽力した一族が四つございまして、それが今も続く『四条家』となっておるのです」
東条さんの説明を纏めるとこうだ。
司法を司る:北条家・裁判所を管轄している
金融を司る:東条家・金融・流通を管轄している
秩序を司る:南条家・警察機関を管轄している
外交を司る:西条家・外交・軍務を管轄している
この四家を纏めて『四条家』と呼ばれており、それぞれの代表者が集まり皇国の政治を執り行っているとのこと。
また、皇国のトップ―帝―は一条家から排出することが決まっているようでその選出も四条家が担っているらしい。
「なるほど、それでその四条家の東条さんは私にどのようなご用件なのでしょうか?」
皇国の重鎮に取って良い態度ではないことは重々承知しているが、ここ最近の襲撃で警戒レベルはマックスまで引き上げられているので、ご容赦いただきたいところ。
その辺はミリアも納得しているのか後で小言を頂くことはなさそうだった。
「用事…というほどのことでもありませんが、一度お会いしておきたかったと言うのが本音です」
先ほどまでの空気とは一変してピリピリとした空気の中、東条さんは俺の目を真っ直ぐ見据えて答える。
瞳の奥にある真実をつかみ取ろうと苦心したが、そこは国の重鎮。簡単には読み取れそうに無かった。
こちらの警戒レベルが一向に下がらないことを感じ取ったのか東条さんは更に続ける。
「それとこれは完全に老婆心から申し上げるのですが、これ以上、我が国の内情に首を突っ込むのはお勧めいたしません。特に西条家とは距離を置いたほうがよろしいかと」
「西条家の方とは入国の際に挨拶を交わして程度でそれ以上の関わりは今のところございません」
「では他の家とは?」
「あまり詳しくはお話することは出来ませんが、南条家の方とは多少ご縁をいただいていおります」
「あぁ陰陽局の響さんですか。あの方は我らの中でも随分と変わり者ですからな」
「コメントは控えさせて頂きます」
「はっはっはっ、お若いのに中々どうして、肝の据わったお方だ。儂からは忠告させていただきましたからな?努々お忘れなき用お願い致します」
「肝に銘じておきます」
本題が終わったようで挨拶もそこそこに俺たちは店を後にした。
ただ単に平和に暮らして生きたいだけなのになんでこう問題の方からやってくるのだろうか?
そういう運命だというのだろうか?
宿への帰り途中、俺は心の中で呟く。
どうしてこうなった、と。