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第十二節 SIDE-バルト-

『テレーゼ=ロズゴニー』と名乗ったその魔族は美和様の話す日本語とはまたちょっと違ったイントネーションだった。


 転生者なのは間違いないだろうし、これが方言ってやつなのだろうか?


 僕はいつでも動けるように膝立ちになり応戦の構えを見せた。


「Oh!別に争うつもりはございませんよ?矛を収めてくださーい」


『矛を収める』の意味が良く分からないけど争うつもりはないって言ってるし、穏便に済ませたほうが良さそうかな?


 横目で美和様を見るとただ一点を見つめたまま全く動かない。


 こういうのを『肝が据わっている』って言うんだよね?


「何はともあれ、仲良くしてくださーい。ほら握手、握手」


 テレーゼは座ったまま器用に動いて美和様の前までやってくると右手を差し出して握手を求めた。


 目の前に右手が出されているというのにまるでそこに誰も居ないかのように美和様が無視をしている。


 むっとした表情を浮かべたテレーゼはほっぺたを膨らませたまま、近づいてきた時の巻き戻しのような動作で元の位置へと戻っていった。


 さっきから一度も瞬きをしないのも僕が作った人形なのだから理解できるけどなぜかその瞳からは生気を感じられない。


 作り物のガラス細工なのだから当たり前かもしれないけど、美和様が憑依すると何故か生き物の鼓動を感じれたはずなのに。


 僕が美和様をじっと見つめているのが気になったのか、拗ねてそっぽを向いていたテレーゼも同じように美和様の顔を遠目に覗きこんでいる。


 やっぱりその瞳には僕を映しているけど、僕を見ていないような感じがする。


 どれほどの静寂が流れただろうか、ふと美和様のふとももに添えられていた左手がカクンとズレた。


 そのまま上半身が左側―僕の方―に力なく倒れていく。


「美和様!」


 僕は咄嗟に駆け寄ると上半身を床に打ち付ける寸前でその小さな身体を受け止めることに成功した。


 受け止めた瞬間、壊れた人形のように頭がカクンカクンと揺れた。


 いや、違う。壊れた人形の『ように』ではなく壊れた人形『そのもの』だった。


 全く力の入っていない上半身からは生命反応が一切感じられなかった。


「美和様!美和様!!」


 僕は美和様の上半身を少し強めに揺さぶる。


 それでもやっぱり反応はない。


「え?えぇ??」


 突然のことにテレーゼも混乱しているのかオロオロとするばかりで何も出来ない。


 僕は美和さんに教えてもらったスキャンを掛けようと魔力を練り込み始めた。


 直ぐに魔力が構成されスキャンの魔法となってこの世に顕現する。


 しかしまるで何かに拒否させるように弾かれ、魔法が無に帰した。


「貴様!美和様に何をした!!!」


 僕が射抜くような鋭い視線と共に大声を上げてテレーゼに問う。


「私、何もしてない!何も知らない!!」


 当のテレーゼは頭を抱え込むようにイヤイヤと左右に大きく振っている。


 まるで駄々っ子のようなその仕草に僕はイラついた。


 癇癪を起した子供のようで。


 少し前の自分を見ているようで。


 何か悲しいものを見ているような気がして。


 その所為か、頭に上った血がスッと降りてきたように少しだけ冷静になれた。


 ここで僕が動揺してどうする。僕はバルトだ。エクルストン家の執事バルトだ。


 なおもイヤイヤと頭を振り続けるテレーゼを意識の外へ追いやると美和様を観察する。


 やはり生気が感じられない。この感覚どこかで…あっ、パクが『廃棄処分』していた人形に似ているんだ。


 当時は分からなかった『廃棄処分』の意味が今の僕には理解出来てしまっている。


 だからこそ今の美和様が陥っている状態が理解できる。


 この人形には美和様の魂が憑依していないんだ。


 でも、どうして急に?思い当たることは一つしかない。


「テレーゼ!『結界』を切れ!!」


 僕が出来る限りの大声でテレーゼに指示を出すも頭を抱えてうずくまるテレーゼに耳には届いていない。


「テレーゼ!!」


 再びその名を呼ぶもビクッと体が揺れるだけでそれ以上の反応を示さなかった。


 仕方なく僕はゆっくりと美和様を横たえるとテレーゼの元へと歩み寄る。


 足元のテレーゼからは「知らない知らない」と呪文のように繰り返し呟きが聞こえる。


 僕は「ちっ」とわざと聞こえるように舌打ちをすると役に立ちそうにないテレーゼを無視して次の方法を考える。


『結界』と名前がついているけど言ってしまえば魔法であることに代わりはないはず。


 それであれば効果範囲から出てしまえばいいんじゃないかな?


 僕は入ってきたやけに低い扉に手をかけると一息に横へスライドさせた。


 結果的には扉は何の問題もなく開いたけど、その空間には膜が張っているかのようにそれ以上進むことができなかった。


 外の景色が見えているのにそこから抜け出すことができない。これが『結界』か。


 テレーゼは未だに怯えるばかりで役に立たない。美和様は意識がない。


 ここで僕が諦めたら全部おしまいだ。考えろ。考えるんだバルト。


 どこかに違和感がなかったか?僕はこの部屋に入ってからの状況を一から思い出していった。


 まず結界が張られたのはいつか?結界が張られたタイミングと美和様が意識を失った瞬間が同じだとすると恐らくテレーゼが正体を表したタイミングだ。


 じゃあ結界は誰が張った?これはテレーゼと考えるが普通だけどいまの状況を見るとそうとも言い切れないかもしれない。


 僕がいまの状況に気がついたのは?美和様が意識もなく崩れたからだ。ん?そういえば僕に影響は全くない気がする。


 食堂での会話で旦那様はなんて言っていた?魔力の無効化だっけ?違う。『魔法』の無効化だ。


 だからさっき美和様に魔法をかけようとしたとき結果だけがキャンセルされたような状態になったんだ。それなら…


 僕は壁へと向き合うと魔力を構成して魔法の発動寸前まで処理を進めた。


 その状態で右手で拳を作り上げると大きく振りかぶり思いっきり壁を殴りつけた。


 壁と拳が衝突する瞬間、僕の腕を媒体にして魔法を発動させる。


「ライトニング・ボルト!!!」


 衝撃で部屋全体が揺れたような感覚があったけど壁自体はひびが入る事もなく現存している。


 それでもピシッとガラスが小さく割れる音が聞こえた。


 恐らく『結界』に何らかのダメージが与えられたのだろう。


 名付けるなら『魔法拳』っていったところのこの攻撃方法だけど、唯一にして最大の欠点があった。


 僕はその欠点である右腕から滴る血を見て舌打ちする。


 多少はダメージを受けると思っていたけど、予想以上の激痛に思わず顔を顰めた。


 それでも今ここで美和様を救出できるのは僕しか居ない。この程度の痛みで諦めるなんて選択肢は最初から存在しない。


「ライトニング・ボルト!ライトニング・ボルト!!ライトニング・ボルトォォォォ!!!」


 右手に左手、仕舞いには足まで使って。


 僕の四肢は裂けるよな痛みが走り続けるが、そんなものは無視すればいい。


 打撃を与えるたびにガラスの割れる音が大きくなっている気がする。


 その内一際大きくビシィィとひび割れたような音が室内に響き渡った。


「これで最後だぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 次が最後の一撃になる。そう確信した僕はもう肘の先から感覚のない右拳を一際大きく振りかぶると今持てる最大限の魔力を込めて打ち込んだ。


 バリィーーーーンと大きな音を立てて目に見えない膜が割れたかと思うと勢いそのままに部屋の壁をぶち抜いた。


「やったぁ…」


 外の景色を見た所為かふと気が抜けてしまい、振りぬいた腕の重みに負けそのまま外へと倒れこむ。


 少し段差のあるその床から落ちた僕は全身を地面でしこたま打ちつけたけど、どこか遠いところから自分を見てるようであまり痛みを感じてはいなかった。


 横向きに倒れている僕の視界に頼れるけれどとても小さい足が入り込んできた。


 その足の持ち主はその場にしゃがみこむと僕の頬へと小さな手を添える。


「バルト。よく頑張りましたね。あとは私に任せておきなさい」


 優しい語り掛けを子守唄に僕はゆっくりと瞳を閉じるとその意識を手放すように眠りについた。


 ただ完全に手放す前にこれだけは言わせて欲しい。


 美和様、ゴシックドレスとは言えミニ丈のスカートでしゃがみこまないほうがいいですよ。


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