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第十節 SIDE-ミリア-

 思いがけずオグマの交渉術は功を奏し、カエデさんからは色々と情報を引き出すことに成功しました。


 最終的には任務の話にまで行き着き、その内容は襲撃が目的ではなく監視だけに留まっていたとのこと。


 先日の襲撃から任務の変更があったのか、そもそも行き違いで合ったのか、それとも別の人間による指示なのか。


 流石に雇い主に関わる情報は聞き出すことができませんでしたが、桜花さんを知っている時点で南条家の従者であることは間違いないでしょう。


 その後、解放されたカエデさんは再び覆面を被ると窓から去っていきました。


 飛び去る時に一度だけ振り向くと小さな手を振り「ばいばい」と言い残して。


 それを受けたオグマも片手を上げると「おう!またな!」と手を振り返しておりました。


 随分と仲良しになったものです。


 それにしてもオグマの交渉技術の高さには驚かされました。


 本人に聞いても「たまたま知っていただけでさぁ」と誤魔化されたような気もしましたが、深くは追求しませんでした。


 それからと言うもの特に問題が起きる事もなく平穏な二日間が過ぎ去っていきました。


 私たちは観光をしたり、資料室へ赴くなど思い思いに皇国を楽しみました。


 三日目の朝に桜花さんが迎えにくると何故かその瞳からは隠しきれない怒気を孕んでおりました。


 理由を聞くわけにも行かず先導され陰陽局までやってきたのがつい先ほど。


 入局の手続きを終えて案内された部屋には既に響さんが椅子に座り待っていました。


 私たちが入室すると「おう」と片手を上げて挨拶すると立ち上がりこちらに歩み寄ってきました。


「話の前にちょっと付き合ってもらいてぇところがあるんだが、いいか?」


「はぁ?別に構いませんが」


「わりぃな。付いて来てくれ」


 アレクが返事をするや否や部屋から出て行こうとする響さん。


 私たちも慌てて後を追いました。


 板張りの廊下を数回曲がり、随分と奥まった場所へとやってきました。


 響さんが立ち止まった先には重厚な鉄の扉が鎮座しており、両サイドを衛兵と思わしき屈強な人物が一人ずつ固めておりまいた。


 その内の一人と響さんがなにやら小声でやり取りと行うと鉄の扉は開け放たれました。


 どうやら奥は下り階段になっているようで地下へと続いております。


 階下からは湿った空気が流れてきてにおいもカビ臭くあまり衛生的ではない雰囲気を漂わせております。


「こっちだ」


 慣れているのか響さんは臆することなく扉を後にして階段を下っていきました。


 私たちも立ち止まっているわけにも行かず、後に続きます。


 一歩一歩階段を下りていく様子はまるで魔界に迷う込むかのような感覚に陥り背筋に冷たいものを感じました。


 随分と深いところまで降りてくるとそこは先ほどではないにしろそれでも重厚感漂う鉄の扉が鎮座しておりました。


 響さんは特に戸惑うことなく扉を開けると一度だけこちらに視線を向け、中へと入っていきまいた。


 室内は狭くはないが広くはないといったところで見たところ五m四方くらいの空間でしょうか?


 明かりが乏しい為か全体的に薄暗く向こう側の壁がうっすらとしか見えないので、正確な広さはわかりません。


 ただ先ほどからぴちゃんぴちゃんと水滴が落ちる音が室内に響いており、不気味な雰囲気を演出しております。


「明かりをつけるぜ?驚くなよ?」


 響さんは私たちにひとこと忠告すると手元の蝋燭へ火を入れました。


 一気に明るさが広がり室内を照らし出しました。


「なっ!?」


「きゃぁ!?」


 私たちは先ほどからしていた水滴の滴る音の正体を発見すると思わず悲鳴を上げて固まってしまいました。


「だから驚くなっていっただろう?」


 何が楽しいのかニヤニヤといやらしい笑顔を浮かべ、こちらの行動を伺う響さん。


 私たちの視線の先には天井から伸びた鎖で足を固定され、逆さまに吊るされているカエデさんでした。


 衣服は何も身に着けておらず、両手は力なくダランと下へ伸びており、顔や身体には無数の切り傷や打撲が見て取れました。


 辛うじて胸が上下していることから存命こそしているもののその命はまさに風前の灯と言ったところ。


 私が駆け寄ろうとすると響さんから「待ちな!」と強く否定さて一歩出すことすらもままなりませんでした。


「どういうことですか!!」


 アレクが響さんへと詰め寄り問いかけました。


 響さんは相変わらず飄々としており、なんともない風で答えました。


「どういうことだって?そりゃお前、任務に失敗した忍が折檻を受けてるだけじゃねぇか。そもそもしきたりを破らせたのはお前たちじゃねぇのか?」


「ぐっ!たかが覆面程度でここまでされるようなことなんですか!!」


「お前達にとっては『その程度』かもしれねぇが、あたいたちにとっては『それほどの事』なんだよ」


「ですが!!」


 響さんは、なおも食って掛かるアレクをいなす様にふぅと小さく息を吐くとその口元をアレクに耳元へ寄せた。


 強化された私の聴力を持ってしても辛うじて聞き取れる程度の声でこう告げます。


「ここには監視の目がある。わりぃけどこのまま付き合ってくれ」


 それを聞いたアレクの目からは怒りの炎が消え、代わりに意志の力が宿りました。


「ふざけないでください!!」


 アレクは自然に響さんを突き飛ばすと怒気を強めて演技を始めました。


「痛ってぇな。なにすんだぁ?ちょっとからかっただけじゃねぇか」


 それに負けじとニヤついたまま演技を続ける響さん。


 それから数度のやりとりを行う二人の即興劇の結末を見守る私。


「それじゃぁなんかい?お前さんが楓を引き取るってぇいうのかい?国際問題になるぞ?」


 恐らくこれが答えなのでしょう。


 いままでニヤついていた顔をキリッとした顔へと変化させ響さんが言い放ちます。


「望むところです!ミリア!」


「お任せください!」


 私はアレクの合図を受けると鎖の根元まで勢い良く飛び上がりその支点になっていた滑車ごと引きちぎりました。


 ジャラジャラと音を立てて落ちていく鎖とともにカエデさんの身体も落下していきます。


 下で待ち構えていたアレクの腕の中へと。


 遅れて地上へ降り立った私はカエデさんを拘束していた足枷を力任せに外すと治癒魔法を急いで掛けました。


 見る見るうちに怪我が癒えていき、浅かった呼吸も安定し、まるで眠っているような状態まで落ち着いていきました。


 私は肩から掛けていたケープを取るとカエデさんを包む毛布の代わりとしました。


 それまで黙っていた響さんは一言「いいんだな?」と問いかけ、アレクの肯定の意を確認すると一人先立って扉を出て行きました。


 去り際に私たちの隣を通り過ぎる際に小さく「ありがとう」と言い残して。


 私たちも退出し階段を登りきったところで先ほどの衛兵二人が言葉も無く頭を下げている光景を目の当たりにしました。


 きっとこの方々も不本意ながらも従う立場にいるのでしょう。


 お二人の間を通るように廊下を進むと何処からとも無く桜花さんが現れました。


 こちらに向ける視線には今朝のような怒気は孕んでおらず寧ろ、穏やかささえ感じました。


「こちらで響様がお待ちです」


 先ほどとは違う部屋へと案内されて、言われるがまま入室すると草のマットが敷き詰められた部屋の中央付近で響さんが音を無くしたように静かでいて凜とした姿勢で正座をしておりました。


 その格好はいままでと打って変わって整っておりまさに正装といった装いでした。


 私たちが入室すると桜花さんの手によって横開きの扉がしまり、次の瞬間『りぃぃぃん』と鈴の音のような音が室内に響き渡りました。


「ただいまこの室内に結界を張らせていただきました。この室においてはどなたも魔法の使用が制限されます」


 響さんが両手を床について独特なお辞儀をする。


 以前アレクから聞いた土下座に似ているがとてもではないが比べるのもおこがましいと思ってしまうほど格式高いお辞儀でした。


「此度は我が従者、楓の身請け誠にありがとうございます。こちらの意を十全ご理解いただいた事に感謝を伝えると共に非礼をお詫び意申し上げます。先ほどは監視の眼がございましたゆえあのような態度を取ってしまい申し訳ございませんでした」


 お辞儀の体勢のまま川のせせらぎのような涼しげでいて力強く響さんが述べる。


 あまりの事に二人ともが固まっていると痺れを切らした響さんがこちらを伺うように顔を上げる。


「なんか反応してくれねぇか?流石に不安にもなるってもんだ」


「え?あっ、あぁ、申し訳ありません。あまりの衝撃に呆けておりました」


「ほぉ?まぁその『衝撃』とやらがどんなものか分からねぇが好意的に受け取って置こうじゃねぇか」


 はっはっはっと笑う姿はもう今朝の響さんそのものでした。


 まだ出会ってからそう時間は経ってませんが、おそらくこちらが本当の響さんなのでしょう。


「そう突っ立ってるのもなんだし、座ってくれや。楓はそこの布団にでも寝かせてやってくれ」


 響さんが指差すほうには床に敷く寝具がおいてあり、アレクはその指示に従ってカエデさんを横たえました。


 どうやら寝かせ方が違ったようで、桜花さんが駆け寄ってくると頭と足を入れ替えて反対向きに寝かせ直しました。


「それでこれからのことだけどよ、面倒事を押し付けちまって本当にすまねぇ!」


 私たちが四角いクッションに座るのを見計らって響さんがガバッと頭を下げた。


 先ほどまできっちりしていたはずの衣服は気が着いた頃には肌蹴ておりましたので、女性である私からでも思わず見入ってしまうほどのその豊満な実りが今にも零れ落ちそうな状態でした。


 アレクは咄嗟に視線を逸らしたようで、ひとまず及第点を差し上げておきましょう。


「お顔を上げてください。私たちは面倒事を受けただなんて思ってもいませんから」


 このままでは色々な意味で話が進まないと思い、ひとまず顔を上げてもらえるよう促しました。


 私の言葉を受けて響さんが顔を上げるとその表情はホッと安堵に満ちておりました。


「ところで『身請け』とはどういうものなのでしょうか?」


 私の言葉に先ほどまで安堵の表情を浮かべていた響さんの顔に一瞬緊張が走りました。


 数秒の間を置いて意を決したように話し始めました。


「簡単に言うとだな、稼業を辞めさせて自分の近くに囲うってわけさ」


「近くに囲うとは?」


「えっとだなぁ………」


「妻に迎えるという事です」


「桜花!?」


 余程言いにくいことだったのか響さんが言葉を濁していると横からさらっと桜花さんが言葉を繋ぎました。


 しかしその発言は、なるほど妻である私の前では非常に言い出しにくいことでしょう。


 そんなことなのだろうと当りはついてしましたので、それほど気にもなりませんが。


 えぇ全く気になりませんが!!!


「王国では成人前の結婚は認められておりません。まぁ多妻は認められておりますが…」


 財力に問題さえなければ法的には問題ありませんし、正直なところ成人前でも婚約という形で匿うことは出来ます。


 後は正妻としての私の許可さえあればと言うところですが、泣き出しそうな響さんを目の前にして拒否なんて出来るものですか。


 それに私が拒否をして残されたカエデさんはどうなると?もう一度あの地下室へ逆戻りなんて何があっても許せるものですか。


 夫になるアレクの意見なんぞ先ほどから捨てられた子犬を拾ってきた少年のような視線を送ってきているのですから聞くまでもありません。


 私は「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」と、いつも以上に長いため息を一つつくとカエデさんを一瞥してからアレクに視線を向けると宥めるように問いかけました。


「成人するまでの間はカエデさんを正式に当家でお預かりいたします。その後は本人の意思次第という事で構いませんね?」


「ミリア!いいの!?」


「良いも悪いもこのままでは私が悪者一直線じゃございませんか。それにアレクもそうしたいのでしょう?」


「そりゃもちろん。俺もそうしたいけど…」


「では正妻である私、ミリア=エクルストンの名のおいて、カエデさんの、えぇっと…身請け?を宣言いたします」


「本当か!?ありがとう!!」


 私の宣言を聞いて向かいに座っていた響さんが座った体勢から飛びつくように抱きついてきました。


 勢いそのまま私の腰へとタックルをするようにしがみついた響さんは泣きながら「ありがとう!ありがとう!」と何度も何度も感謝の言葉を口にしました。


 まったく行く先々で当家の人間が増えていくのは何かの呪いか何かなのでしょうか?


 にぎやかになっていく我が家を想像し、気が付けば私の口元には微笑みが浮かんでおりました。


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