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第六節 SIDE-アレク-

 歩きなれない町並みを数回道に迷いながらも皇国の魔法研究特務局『陰陽局』へとたどり着いた。


 皇国民に道を聞こうにもなぜかめちゃめちゃ避けられちゃって話も出来なかったもんな。


 仕方なく『屯所』によって『新撰組』に道案内をお願いする羽目になったのは少し恥ずかしい思いだった。


 王都と違って都は道が真っ直ぐだと思ってたら急に曲がりくねってたり似たような町並みが続いたりで方向感覚が大いに狂わされたことが原因だと思うことにする。


 決して俺が方向音痴なわけじゃないと!


 まぁここまで案内してもらったのはいいけど、無事に宿まで帰れるか怪しいので既に先が思いやられる気分だ。


 隣に並ぶミリアの顔を見ても同じような事を考えていたのか不安そうな表情を浮かべている。


 だからと言っていつまでもこのまま門の前で突っ立っているわけにはいかない。


 後のことは後で考えることにしよう。


 俺たちは意を決して―半分諦めて―陰陽局の門をくぐった。


 門の直ぐ脇にある詰め所で入局手続きを行うと板張りの部屋へ通された。


 ありがたいことに中央には机と椅子がありそこで座って待つように指示された。


 昨日の『御所』のようにあの草マットの部屋だったらどうしようと警戒していただけにちょっと拍子抜けだ。


 俺たちが指定された椅子に座っているとそれほど待たされること無く担当者が現れた。


 しかしその担当者の装いは椅子に座っていなければ数歩下がってしまってしまうほど面食らった。


 全ての光を吸収してしまうのではないかと思うほど漆黒の髪は後頭部の高い位置で結ばれており、その毛先は花が咲くように四方八方へ散っている。


 また衣服こそはまともであったが、着崩しが酷く着合わせの部分では帯の位置までぱっくりと割れており鎖骨から臍のあたりまで見えている始末。


 とてもではないが国の代表としてやって良い格好ではない。


 思わず「部屋をお間違いでは?」と声をかけたくなってしまうほどに。


 さらに不味いことにこの担当者は女性であった。しかも男であれば十全振り返ってしまうほどの美貌と豊満な身体をかね添えていた。


 幾ら隠すべきところは隠れているにしてもその谷間はしっかりと見えており、少なくともこのまま直視をしていては隣から拳が飛んでくると思われる。


 俺はなんとか欲望に打ち勝つと視線をすっと下げた。


 だが、結果を言えばこれがいけなかった。


 皇国の独特な衣服の構造はガウンのように後ろから羽織るように着て、左右の前身を前で交差させ腰の位置で帯をすることで固定する。


 つまり帯を中心として上半身と下半身は同じように着崩れるものだ。


 この担当者は上半身を肌蹴るように大胆に着崩している。


 結果どうなるかというと下半身も大胆に着崩れている。


 つまるところ一歩歩くごとに裾がぱっくりと割れ、その綺麗な太ももが根元付近まで見えてしまうのだ。


 さて、ここで不味いことになる。


 俺の『視線を下げる』という行動が、誰がどう見ても『自ら意志持ってふとももを注視した』ようにしか見えない。


 もちろんここで言う『誰』とは『ミリア』を指すのだが。


 ここで問題だ。この後のミリアの行動はどうするだろう?先ほどのヒントを元によく考えて欲しい。


 ………残念。時間切れだ。


 何故かって?それは俺が椅子ごと後ろに吹き飛ぶことになったからだ。


「くっ!?」


 ミリアから放たれた裏拳は辛うじて滑り込ませることに成功した俺のクロスガードの上から俺の顔面を襲った。


 しかしその勢いは止まらず口から漏れた声を置き去りに椅子ごと壁付近まで吹き飛ぶ。


 ガタンと大きな音を立てて椅子が背もたれから倒れ込むと当然俺もその動きに巻き込まれた。


 受け身を碌に取れず背中をしこたま打ち、肺の空気を全て吐き出すように「かはっ!」と声を上げた。


 美和さんが居ない事で魔法が使えないので、昨晩の襲撃の際に不測の事態に備えていつものスーツのインナーバージョンを着込んでいる。


 しかしそのスーツも着込んでいる場所しか保護できない。


 当然、後頭部はその保護範囲に含まれていない。


 椅子ごと倒れ込んで更には肺の空気ほ全て吐き出し無防備な後頭部を床でしこたま打つと人間はどうなるだろう?


 決まっている。意識は遥か彼方へ飛び立つんだよ。


 遠くで俺を呼ぶ声と豪快な笑い声を聞いたような気がしたけど、もう夢の世界へ旅立とうとしている俺には届くことは無かった。


「って、終わらせるかぁぁぁぁぁ!」


 俺は意志の力をもって意識を繋ぎとめると勢い良く立ち上がる。


「ミリア!!なにするんだよ!」


「ごめんなさい!つい!」


「ついじゃないよ!」


 椅子から立ち上がりこちらに頭を下げて謝罪するミリア。


 それに対してがっくりと肩を落として俯く俺。


 机の向こう側ではこちらに背を向けて壁をバンバンと叩き大笑いをしている担当者。


 これをカオスと言わずしてなんと言うのか誰か教えて欲しい。


「あたいは南条響。そちらの言い方に直すんだったらヒビキ=ナンジョウってことになる。よろしくな」


 それから優に十分ほどカオスな空間を演出すると互いに無かったことにして今は向き合って着席している。


「私はアレク=エクルストンです。こちらは妻のミリアです」


「ミリア=エクルストンと申します。南条様、以後お見知りおきを」


「南条様なんて柄じゃねぇよ。響って呼んでくれ。こっちもアレクとミリアって呼ぶからよ」


「「はぁ…」」


 あまりの破天荒ぶりに俺たちは情けない声でハモる。


 互いに同じような感情であったであろうけど、俺が代表して声に出す。


「そ、それでは響様でよろしいですか?」


「『様」もホントはいらねぇんだけど。そうだな、見たところアレクもミリアも年下か。呼び捨ても厳しいんじゃせめて、『さん』付けにしちゃぁくれねぇか?」


「分かりました。それでは響さんで」


「ん。それじゃよろしくな」


「こちらこそ。よろしくお願いします」


 響さんから差し出された右手を握ると豪快に上下に振られた。


 肩から引きちぎられるんじゃないかというほどの勢いで。


「ところで響さん」


「なんでぇい?」


「南条は珍しいネームになりますか?」


「いや、そこまで珍しくもねぇよ。かと言ってそう溢れているような苗字でもないけど」


「そうですか。もし間違っていたら聞き流して欲しいのですが、ご親族が『御所』にお勤めになっていたりしませんか?」


「なんでぃ?アレクは父上にでも会ったのか?」


「お父様かは分かりませんが『南条藤次郎』様とご縁がありまして」


「藤次郎なら父上で間違いねぇよ。それにしてもアレク、父上に会うってことは皇国でなにをした?」


 響さんの目がスッと鋭くなると先ほどまで纏っていた陽気な空気が一気に冷えていく。


 俺は慌てて首を左右に振ると弁解に走る。


「ご、誤解です!俺じゃなくてツレがちょっとした行き違いで一晩お世話になったので、それの迎えに行っただけですよ」


「そうかいそうかい。そいつは失礼仕った!」


 冷えた空気が一変してまた陽気な空気が辺りを包む。


 どうも響さんは人一倍、喜怒哀楽がハッキリした人のようだ。


 それから俺たちは皇国の魔法学―陰陽道―で技術的なボトルネックになっている項目の洗い出しや課題についての話し合いをした。


 ところどころ理解が及ばない箇所があったが、概ね王国の魔法学と似たり寄ったりだったので機密に触れない程度のことであれば助言することができた。


 それにしても響さんには驚かされた。


 見た目は豪快で破天荒な人ではあったけど、頭脳明晰でかなりの博識だった。


 そりゃ国の代表として立ち会ってるわけだから技術や知識があるのは当たり前かもしれないけど、その姿からは想像も出来ないほど優秀な人だった。


 そしてある意味見た目を裏切らないほど思考も柔軟で聞いただけの王国の魔法学を瞬く間に陰陽道へと応用していった。


 間に休憩を挟んだととはいえ四時間に及ぶ面談ではあったけど、疲れとともに達成感を感じることができた。


 本日の会談も終盤に差し掛かったところで響さんから思い出したように声が上がる。


「そうだ、アレク達はいま何処に泊まっている?」


「宿ですか?王国対応の宿は数があまり無いと聞いていましたので指定された宿に泊まっておりますが?」


「と、言うと東町の宿か。ってぇことはここまで結構な距離があるんじゃねぇか?」


「えぇ、そうですね。今日は正直なところ道に迷ったりもしたのでかなりの時間を要することになりました」


「はっはっはっ!あの辺は道が複雑だから仕方ねぇよ。誰か案内をつけようか?」


「そうして頂けると助かります」


「おう。任しとけ!」


 響さんは「ちょっと待ってな」と言い残すを颯爽と退席していった。


 数分もしないうちに扉は開き、響さんが戻ってきた。


 もちろん俺はサッと視線を壁をと向けて悲劇を回避することを忘れない。


 カタンと椅子が出したであろう音を確認すると視線を正面へ戻す。


 戻ってきた響さんはまだ着席しておらずまだ立ったままで、俺は疑問に思いながらも連れて来たもう一人の姿を視界に捉え………戦慄が走った。


 響さんが連れて来た人物は背が小さく全身を黒ずくめの衣装に包み顔には覆面をしており目元だけが外に覗かせている。


 そう。あの襲撃者と同じ姿だった。


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