第四節 SIDE-ミリア-
「あははははははは!!!やめて!アレク!苦しい!!もう!!あはははははは!!」
「ア、アレク君!!君は最高だよ!!あはは!!もう駄目!!趣味って!もう少し言い方があるでしょうに!!あははは!!!」
アレクが警察に連行されてから数時間、心配で胸がはちきれそうな想いでした。
しかし昼頃には何事もなく二人を連れて宿に戻ってまいりました。
それから事の顛末を十全話して貰っていた所で現在に至ります。
私と美和様はバンバンと机を叩き淑女にあるまじき態度で大笑いしております。きっとお母様にバレてしまうと大目玉を食らうことになるでしょう。
ですが近くに控えるネイアですら肩を震わせ必死に耐えているところ、すでにその顔は真っ赤になっており崩壊は間近でしょう。
報告をしていたアレクはネイアとは別の意味で顔を真っ赤にしており、椅子の上で膝を抱えると「仕方ないじゃないか、他に思いつかなかったんだし」と呟いております。
ただ一人外傷を作って帰ってきたバルトは何故か羨望の眼差しをアレクに向けて神を崇めるかのごとく崇拝しておりますが。
ふと美和様が机を叩く手を止め一言、「おっといけない。アレク君のご趣味を破壊してしまうところだった」と真顔で申されました。
そこでネイアのダムが崩壊したようで「ふふっ」と小さく吹き出しました。
またその様子が可笑しくて一時引き始めていた笑いの波が再び私たちに襲い掛かることとなりました。
笑いすぎてお腹が痛くなり始めたところで使いに出したオグマが帰ってまいりました。
ノックの後、入室してきたオグマは入り口の隅で膝を抱えて座り込むアレクを発見しました。
どうやら私たちが笑い転げている間に椅子から移動したようです。
「旦那?こんなところでどうしやした?」
「人生の理不尽さを感じているところだよ」
「理不尽でやすか?」
「あぁそうさ………さっ、そんな事は置いておいて先方はなんて?」
「へい。明日の昼頃に来局願いたいとのことでさぁ」
「明日の昼だね。わかった。ありがとう」
「旦那の為とあればお安い御用でさぁ」
さて、話もまとまったところでこれ以上アレクをいじめるわけにはいきませんし、そろそろ纏めましょうか。
私は椅子から立ち上がるとパンパンと手を打ち皆の視線を集めました。
「それじゃあお昼にしましょう」
皆それぞれ肯定の意を返すとパタパタと足音を立ててネイアが小走りに準備の為、退室しようと扉へ向かっています。
ん?ネイアが足音を立てる?
そう疑問に思いネイアを凝視するとその肩がまだわずかに震えておりました。
どうやら一度ツボに入ってしまうと長引いてしまうようですね。
陰陽局へ向かうまで丸一日余裕が出来た私たちは純粋に都を楽しむことにしました。
外国を観光することなど初めての私には見るもの全てが面白く、あれやこれやと美和様やバルトに説明を求めました。
なお、美和様はアレクの趣味…ふふっ…もとい、セイルとして名乗ってしまった以上、憑依状態のまま街中を闊歩しております。
このままではいつまでたってもアレクが魔法を使えないので頃合をみて帰国したようにでも対応することにしましょう。
異国情緒たっぷりの街中にあっては私たちの方が珍しく一同に揃って歩いていてはパレードのように皇国民の注目を集めてしまいました。
いくら注目されることになれているとはいえこうも目立ってしまっては居心地も悪くなってしまうと言うもの。
せめて見た目でも合わせようとアレクの提案で呉服屋へ来店したのが運の尽き。店員からあれやこれやと服を勧められまるで着せ替え人形のように服をとっかえひっかえ。
美和様に至ってはその見た目の可愛らしさもあってか四人もの店員に囲まれてしっちゃかめっちゃか。
全員の着替えが終わることには夕食にに丁度良い時間に差し掛かっておりました。
着ていた洋服を宿まで届けるようお願いすると装い新たに食事処へと向かいました。
バルトの勧めで入ったお店は他国の来客に備えてかテーブルと椅子が用意されており、私としてもありがたい対応でした。
「バルト、いつの間にこのような店を?」
「はい。御所でお世話になっている間に看守から教えていただきました。旦那様や奥様それにオグマさんもお座敷での正座は厳しいと思いましたので」
「それは気を使わせてしまいましたね。ですが、その心遣いに感謝します」
「いえ、少しでもお役に立てたらと思いまして!」
「奥様。私もバルトの成長を素直に喜びたいと思います」
直ぐ脇に控えていたネイアがお辞儀とともにそう添えた。
それを見た慌ててバルトも頭を下げ、見た目だけでなく中身もきちんと成長しているのだと心から喜ばしく思いました。
当家に来た時はそれはそれは苦労したものだとバルトの過去話に花を咲かせて出てきた料理に舌鼓を打つ私たち。
全体的に薄味ではございましたが、下味がしっかりとついておりとても満足のいく食事でした。
こうして身分に関係なく同じテーブルで食事をするのも存外悪くない物だと言ってしまっては貴族社会から爪弾きを受けてしまうかもしれませんが、私としては心からそう思いました。
楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、前日が徹夜だったこともあってか気が付けばアレクからあくびが漏れてしまうような時間帯。
私たちは食事処を後にすると宿へと戻り早々に休むことにしました。
「あら?」
「どうしたの?」
「あっ、いえ、なんでもありません」
「そう?ならいいんだけど…」
部屋に戻った私はなにやら室内に違和感を感じました。しかし、その正体は見当がつきません。
ドレスを運ぶようにお願いしましたがそれはネイアが宿の受付で受け取っておりますし、誰かが入るようなことはないと思うのですが…
宿も連泊で取っておりますので掃除に入る事もないでしょうし…うーんと唸りながら悩んでいる私を余所にアレクはスタスタとテーブルまで向かうと椅子を引き座りました。
机に突っ伏して椅子に座るアレクを眺めているハッと違和感の正体に気が付きました。
「ところでアレク。誰がこの部屋の明かりをつけたのでしょうか?」
アレクも私の発言で気がついたようでガバッと上体を起き上がらせるとそのまま椅子を蹴って立ち上がりました。
その刹那、寝室の扉が開き、私に向かって背の小さい人型の何者かが襲い掛かってきました。
襲撃者は全身真っ黒な服装で顔には覆面をしており、視界の確保の為か目の部分だけが露出しているような状態です。
そしてその手にはナイフのような片刃の刃物が握られており逆手に構え切っ先をこちらに向けると上方から勢い良く降り下げてきました。
私は着ていた浴衣の裾を左手で持ち上げて脚の稼動領域を確保。そのまま右足を一歩横へスライドするように襲撃者へ近づけ腰を落とすと右手で拳を作り相手に腹部へ縦拳を叩き込みました。
相手の持つ刃物は私が姿勢を低くしたことで空を切り、代わりに腹部へ打撃を受けること隣まるで逆戻しのように寝室へと吹っ飛んでいきました。
その者は器用にも空中でくるりと一回転するとふわりと勢いを殺して足から床に着地。
奇襲の失敗を悟ると即座に寝室の窓に向けて走り出しました。
ガシャーンとガラスが割れる音を残してその姿を消し去りました。
「ネイア!追いなさい!!」
「はっ!!」
私は宿内に響き渡るような大きな声で指示を出すと、隣の部屋からも先ほどと同様にガラスが割れる音とともにネイアが外へと飛び出しました。
飛び出す姿は確認出来ませんでしたがネイアの事です。きっと問題なく捕まえてくることでしょう。
私は肌蹴た浴衣の裾をパンパンと払うと綺麗に正し、警戒を怠らないよう気を張りつつもテーブルへ向かいアレクが引いてくれた椅子へと座りました。
かくしてネイアは襲撃者を連れてくることに成功しましたが、担ぐように連れて来られたその姿はぐったりとしており、私からは既に事切れているようにしか見えませんでした。
ネイアの報告では捕縛までは成功したが、その後口内に隠し持っていたであろう毒らしきものを服用すると血を吐き倒れたとのことで、治療の可否が分からなかったので、念のため連れて来たとのことです。
アレクが魔法を使えないので、唯一の治癒魔法の使い手である私が検分する為にその覆面を剥ぎ取ると中からは年端も行かぬ少女の顔が現れました。
まるで眠るように安らかで何かから開放されたようなうっすらとした微笑すら見て取れました。
室内に異様な空気が流れましたが私はあえて気にすることなく検分を続け完全な死亡を確認するとネイアが施していた拘束を解き、二度と覚めることのない眠りを静かに満喫できるよう計らいました。
検分の為新たに手配して部屋であったので、明朝警察機関へ届出を行うようネイアへ指示し、各々自室へ戻ることにしました。
打ち破られた窓は魔法によって修理が完了しており、アレクと二人ベッドに潜り込むとアッと言う間に眠りについてしまいました。
せめて夢の中だけでもゆっくりできるといいなと願いを込める暇も無く。