第六節 SIDE-美和-
「はっ!?どこだここは!?」
地獄のメリーゴーランドの所為で思わず気絶してしまったのか。
身体的なダメージは無いのに人は気絶することもあるようだな。
そういえばVRとかで高所から落下した時に中には気絶する人が居るって聞いたことある。
他にもFPSとかで仮想的な死を繰り返すのも実は酷いストレスになってるとかなんとか。
ふと周りを見渡すと右側にはうっそうと生い茂る森が広がり、左側には一面の小麦畑が広がっていた。
なるほどこの地域では主食はパンなのかな?アレク君の名前からするとなんとなくヨーロッパ西部かなーと思ってたけどあながち間違いではないかも。
道は草を刈って踏み固めただけ。轍の感じから車両は恐らく馬車レベルまでかな。
そうなると文化レベルはどの辺なのだろう?15世紀くらい?
魔法があるようなファンタジーな世界だし元の世界軸とは違うだろうけど。
いきなり現代レベルの知識を受け渡したところで完璧に使いこなすことなど無理そうかな。
どの辺まで伝えるべきか見定めるためにも文化レベルの確認は必要になりそうだね。
ちょっと質問してみようかな。
「アレク君。ちょっといいかな?」
「あっ、ミワさん。目が覚めたんですね。よかった」
はい。良い子。アレク君最高!
危ない危ない。またスイッチが入るとこだった。
これ以上アレク君に醜態を晒すわけにはいかない。
…既にこれ以上無いくらいの醜態を晒してる気がしないでもないけど。
「この世界について色々と調べたいからちょっと質問いいかな?もしかすると変な質問するかもしれないけど…」
「は、はい。良いですよ」
あれ?『変な質問』ってとこで一瞬みを硬くした感じがあるけど、私の印象ってあんまり良くない?
…ま、まぁ気のせいってことで気を取り直していこう…
「この世界の果てってどんな感じになってる?」
「世界の果て?そんなものありませんよ?この世界は球体になっていて、どれだけ進んでもぐるっと一周して元の場所に戻ってくるだけです」
なるほど地動説は定着してるっぽいね。
「そうなると、その球体からはなんで滑り落ちないか説明できる?」
「はい。球体の中心に向かって何かの力が働いて人や物が地上に張り付くように引っ張られるからです」
おぉ。重力の概念も備わってるっぽい。
「じゃあ、いま空で光っているものって何かわかる?」
「太陽ですね」
「その太陽といま住んでる星のサイズの違いって分かる?」
「え?見たままですよ。地上の方が大きいですし、太陽は小さくてぐるぐる回ってるだけじゃないですか」
ありゃ、地動説もなんとも中途半端な感じか。
きっと、マゼラン一行みたいに世界を一周した人がいるんだろうね。
確認された現象から地上が球体であることが導かれただけで、恐らく宇宙の概念は無い感じかな。
「本ってある?」
「ものすごく値段が高いので、うちにはありませんけど、教会に聖書があります」
値段ってことは貨幣制度はあるか。
本自体はあるっぽいから製紙技術はあるっぽいね。
値段が高いってことはまだ自動化はされてないみたいだけど。
それに聖書があるって事は活版印刷は登場してる?
「聖書って手書き?」
「最初の1冊だけは手書きですけど後は魔法で複写します」
魔法で複写!!ファンタジー感がすごい!
…そうか、魔法で解決できちゃうから一部の文明が発展せずにそのままってわけか。
だから機械化とか自動化が進まないわけだ。
そうなると現代科学ってこの世界が本当に魔法のようなものじゃない?
発展した科学は魔法と変わらないって誰かの言葉であったような気がするし。
「ところでアレク君は学校には行ってないの?今日はお休み?」
「いえ、学校には行ってません。うちは農家なので」
初等教育の概念はあるけど義務教育はないか。
農家なのでって言い方するってことは、お貴族様とか身分制度があるのかな?
そうなると領地があるってことで、王政かな?共和制かな?
「王様っている?」
「王様ですか?いますよ。あったことありませんけど」
王政だったか。
まぁ民主主義が完璧な政治とも思わないし、国民にとって良い政治が執られてればなんでもいいか。
どうせ王様なんぞ会うことも無いだろうし。
「あとは…いつもの生活で水ってどうしてる?」
「水ですか?普段は井戸から汲んでくるか、水の精霊を宿した人に出してもらったりします」
上下水道の設備はなしっと。
やっぱり15~17世紀くらいのヨーロッパって感じかな。
そうなると産業革命前までの技術や知識は披露しても大丈夫かな。
蒸気機関による機械化や自動化はおいおいって感じで。そもそもそこまで私が自身があまり知らないし。
細菌に関する知識があるか分からないけど予防接種の概念はなさそうだし、まずはうがい手洗いからかな。
食事の際にでも注意してみてみよう。
「うん。ありがとう。大体分かったわ」
「いえ。お役に立てて良かったです。」
はぁーアレク君良い子だわーどうも嗅覚が無くなってる所為か、くんかくんか出来ないのが残念すぎる。
この感じだと食事の必要もなさそうだから味覚もないんだようなーそもそも触覚もなし。
まぁ視覚と聴覚があればアレク君を堪能できるからそこまで問題ないか。
「ところで僕からも良いですか?」
「ん?いいよ。何?」
もうすこしでトリップしそうだった私の思考を辛うじて繋ぎとめた。
「そろそろ魔法の使い方を教えて欲しいです!」
「へ?魔法の使い方?」
突然の要望に思わず変な声が出た。
「え?いや、その…僕たちは魔力を持っているんですが、使い方が分からないんです。それで精霊を身に宿して精霊から魔法の使い方を教わるんです。僕の場合は英霊様を身に宿したわけですから、ミワさんから教えて貰えないと魔法が使えません」
えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!???
ど、ど、ど、ど、どういうこと!?
私、魔法なんか使えませんけどー!?
むしろ使い方なんぞ私が教えて欲しいくらいですけどー!?
私があたふたしているとアレク君の表情がどんどん曇っていく。
アカン。これアカンやつやん。
神様!助けてーーーー!!
(はい。なんでしょう?)
「答えてくれるんかーーーい!!」
「うわぁ!?」
思わず声に出た。
私が急に大声をだした所為でアレク君が驚いて飛び上がった。
「あっ、ごめんね。アレク君。こっちの話だからちょっとまってね。」
「えっ?あっ、はい…」
泣きそうな顔も最高!!じゃなくて…
あのー神様?もしかしなくても思考が読み取れたりします?
(私は神ではありませんが、そういう事にしておきましょう。そうですね。貴女が強く頼りたいという思念があれば私に届くようになっています。なので日頃から全て筒抜けというわけではありません)
そ、そうですか。良かった。本当に良かった。
それで、アレク君。あぁ、この世界で私が宿ることになった少年なんですけど、そのアレク君から魔法の使い方を教えて欲しいと言われたですが、どうしたものかと困ってまして…
(そういう事ですね。その世界では魔法はイメージの具現化によって発動します。人類はまだそれほどイメージする力がありませんので、精霊がその手助けをしているわけです。つまり、貴女が強くイメージした物がアレク君の魔力を使って世に干渉するわけです)
つまりそれって私がイメージできるものであれば何でも出来ちゃうってことですか?
(簡単に言えばそうです。しかし、原理を理解できていない物では中身まで再現することは出来ませんから外見だけの模型が出来上がります)
燃焼という概念を理解していれば物を燃やすことが出来ても、テレビとかざっくりしたイメージだけじゃただの模型が出来上がるってことですね。
(そうです。理解が早くて助かります)
それってつまり、元素配列が分かってればどんな物質でも作れるってことですよね?それこそニトログリセリンとか。
(……………)
……………。
(…………………………)
…………………………。
(………………………………………)
………………………………………。
(貴女の良き行いを常に見守ってますよ。それではさようなら)
出来るんかーーい!まぁ必要にならない限りはやらないけど!
なんにせよ魔法の使い方は理解できた。
さっきからめちゃめちゃどんよりしてるアレク君を安心させてあげることにしよう。
「アレク君。お待たせしました。それでは魔法の使い方を教えます」
「えっ!本当ですか!」
最高に良い笑顔です。護りたいこの笑顔。
「まずはどういう現象を起こしたいか私に伝えてください」
「えーと、治癒魔法が試したいけど、わざわざ怪我するわけにはいかないし、そうだ!水を出したい!」
「分かりました。水を出しますね」
水か…元素配列で言えばH2Oだけど、それだとこの辺の酸素とか水素とか根こそぎって分けにはいかなし。
空気中の水分を搾り取る感じの方がいいかな?
小規模の雲を作り出して、それをきゅっと絞る感じで行こう。
「それではいきますよ!」
「はい!」
アレク君が両手を突き出して構えている。
うん。魔法を使うってこういう感じだよね!
あんまり近くに出して濡れても嫌だろうし、10mくらい先に30cmくらい球体を出す感じでイメージして。
「そりゃ!」
私の掛け声とともに……
どどどどどどどどどどどどどどど………
出た。出ました。そりゃあもう大量に。
ものすんごくでっかい蛇口から一気に水が出続ける感じ。
「ストップ!ストップ!!」
数秒のフリーズを経て私は叫んだ。
しかしその数秒であたり一面水浸しになるくらいの水を排出した。
なんとか蛇口を閉める感じのイメージで止まりはしたけど、30cmの円形が自然落下速度で数秒…1t近いの水が出たことになるかな?
当のアレク君はというと………そりゃもう呆然としてますよ。お父さんも一緒に。
お父さんにしてみればいくらアレク君の声しか聞こえてないとはいえ、会話の流れから魔法を試そうとしてるのは理解できただろうけどアレだけの量がいきなり出現すれば誰だってびっくりだろうしね。
「あーアレク君?ごめんね。ちょっと失敗しちゃった」
私はごめんなさいが出来る女!悪いと思ったら即時、謝罪!
「ミワさん………」
「はい。なんでしょう?」
アレク君が油の切れた人形のようにギギギギギっと私のほうへ振り向く。
「なんですか!これは!!!」
うん。それ。私も聞きたい。