第十八節 SIDE-ネイア-
旦那様の許可を得て屋敷へと占有したあたしはまず二階から捜索することにした。
一般的な建築の関する知識と窓の数から二階は十~十五ほどの部屋数があると推測していたが、実際に忍び込んでみるとその数は倍の二十五部屋ほどあることが分かった。
早速当てが外れたが調べる時間が増えただけでそれほど問題ではない。
扉の前に立ったあたしはまず自らの魔力を部屋内部へ流し込み魔力反応が無い事を確かめる。
空室である事を確かめ終えるとトラップの有無を確認し、音も無く扉を開けるとそのまま忍び込む。
これを各部屋で繰り返していくとある違和感を感じ取った。
どの部屋も全く同じ作りだった。
部屋の大きさはもちろんのこと、家具の配置や使用している小物に至るまで全てが同じだった。
いくら共同生活をしているとは言え、私物が一切なく小物ひとつひとつが綺麗に整理整頓されており配置まで完全に一致するのだ。
まるで同じ部屋を見て回っているかのような感覚に陥った。
更に考えにくいことに使用されているであろう部屋と使用されていないであろう部屋までも同じような空気がするのだ。
つまり、全くと言って生活感がない。
まさか二階の部屋は全て使用されていないのか?
そう考えるほうが自然であるかのように。
どちらにせよ監禁されている少女たちの身元を特定出来る様なものは一切発見できなかった。
事件解決の手がかりが発見できなかったことに落胆は隠しきれないが、まだ調査が終わったわけではない。
気合を入れなおしてあたしは一階の調査を開始した。
一階の構造は玄関から三方に扉があり、左手が大広間、右手は食堂と厨房、正面が階段へと続くエントランスになっていた。
エントランスからは階段へ向かって右手が厨房、右手後方が食堂、左手が大きな衣裳部屋、左手後方が大広間へとそれぞれ続く扉があった。
二階とは一変して各部屋がエントランスを中心に全て繋がるような構造であった。
ライコフに気が付かれる可能性を考慮して魔力探知を使用せずに目視による調査を行った。
しかし十名ほどの少女とライコフが闊歩している為、かなり時間が掛かったが何とか全ての部屋の確認が出来た。
結果、二階と同様にどの部屋を見て回っても生活感を感じることは無かった。
厨房でさえ暫く使用されていない感じさえある。
一体どのようにして二十名近い人間の食事はどのように賄われているのか?
どこからか完成された料理が運ばれてくる?
それにしても食堂でさえも綺麗に整頓されておりこれもまた使用感がない。
時間的には朝食が振る回られていてもおかしくは時間だ。
仮に朝早くに食事を終えた後、片付けたのだとしてもあたしでさえここまで完璧にやれる自信はない。
それでも清潔感があるので嫌悪感こそは無いがなにか言いようのない不気味な空気が漂っている。
衣裳部屋ではセイルお嬢様と合流することが出来たので、旦那様がみえていることと事件解決の為屋敷内と調査中であることをお伝えした。
その際に何とかライコフの気を引いてもらえるよう約束を取り付けた。
セイルお嬢様は今にも泣き出しそうな表情ではあったが、現在は使命感に燃えその瞳にしっかりとした意志を宿している。
もう大丈夫だと核心したあたしはセイルお嬢様と別れ地下室への道を探した。
階段はすぐに見つけることが出来た。
二階へと続く階段が後ろへ回り込めるようになっており、階段の真下に当る場所で鉄の扉を発見した。
あたしは扉の向こうに気配が無い事を確かめるとその重たい扉をゆっくりと開け放った。
開けてすぐに地下への階段となっており、地下特有のかび臭く湿った空気があたしの鼻腔を刺激する。
空気によどみこそはあるが毒素を感じられなかったので、薄暗く長い階段を一歩一歩確かめるように下っていった。
二階分に相当するほどの長さを下った先に3m四方の小さな部屋へと行き着いた。
部屋の三方にはそれぞれ扉があり階段を背にして左が赤、真ん中が黄色、右が青に塗られていた。
あたしは全ての扉にトラップの有無を確認し、安全を確保すると青い扉をゆっくりと開け放ち中を改めた。
扉を開けた瞬間中からは少しだけすっぱいような不快な臭いが外へと流れてきた。
あたしはその不快な臭いに顔を顰めながらも中へと入っていく。
部屋のなかは全方を石の壁で囲われており、小部屋が何個も横並びに並んでいた。
その小部屋とあたしが立っている部屋の間は鉄格子で仕切られていた。
つまり地下牢だ。
地下牢は全部で二十五個ほどありかなり広さが左右に伸びている。
そして各牢には十名ほどの少女が鎖でつながれており、薄暗い空間でも目に見えて分かるほど衰弱していた。
衰弱度合いはまちまちで中には座ることすらも出来ないほどの少女もいるほどだ。
ただ全ての少女に言えることは目が虚ろで感情を出すことさえも諦めているように見える。
その中でも比較的無事な少女と話をすることが出来た。
すすり泣く少女から話を聞きだすのは大変苦労したが、ぽつりぽつりと断片的に語られた言葉からその少女は我が国の領主の娘で一週間ほど前に攫われてきたとのことだった。
話を聞くうちに少しだけ元気を取り戻したのかその少女はすすり泣くことをやめると顔を上げた。
その顔をみたあたしは驚きを隠しきれなかった。
最初はどこかで見たことがある程度であったが、薄汚れた顔を綺麗に拭いてやるとそこに現れたのはつい先ほど一階でみた少女の内の一人だった。
あたしは思わずその少女に双子であるか?他に姉妹はいるか?などと質問をしたが帰ってきた答えは双子ではないし居るのは兄だけだととのこと。
では一階でみた少女は何者なのか?
あたしの中での違和感は何か一つの答えを導き出そうとし始めていた。
それともう一つ少女から有益な情報を仕入れることが出来た。
どうやらライコフに無断で屋敷を出ると苦しみながら死んでしまうらしい。
原理は分からないが、以前抜け出した少女はそのようになったとのことだった。
鉄格子越しに縋ってる少女に必ず助けに来る事を約束しあたしはその場を後にした。
次にあたしは正面、黄色い扉に手をかけた。
扉を開けると青い扉同様に中から不快な臭いが漂ってきた。
先ほどと同様になかは地下牢が並んでいた。
違いがあるとすれば牢は左右にあり奥へと伸びており、牢の数は十個ずつ合計で二十個ほどあった。
ここの牢にも少女が監禁されており六名ほど存在が確認できた。
青い扉の中と同様にみな衰弱しきっている。
しかし唯一の違いとしては全ての少女はどこかした体に部位欠損が見られた。
ある少女は片腕をまたある少女は片足を。
一番酷いと思われる少女は両目と左足が欠損していた。
とてもでは無いが話を出来るとは思えなかったのであたしは独り言のように必ず助け出すことを牢の中で呟き、部屋を後にした。
最後に残った赤い扉の調査を開始した。
赤い扉を開け放ち中へと入ると先ほどまでより酷く物が腐った臭いが辺りに漂った。
あたしは吐き気を感じながらも辺りを見渡すが、今度は地下牢は無く何もない空間が広がっていた。
いや、何も無いは語弊があるかもしれない。
光が全く届かない暗く濁った部屋の隅には何かしらが積み上げられている。
それが何であるかを確認することはダメだとあたしの頭の中で警鐘が鳴り響くが意志の力で抑え込み、近寄っていく。
それは幾重にも重なった少女達の遺体だった。
中には完全に白骨化してるものもあったが、ほとんどはまだその形状を残し一部を白骨化させ、こびり付くように腐肉が残っている。
あたしは涙を流し後ずさるとそのまま外へと向かって走り出した。
警戒こそはしているもののそれは無様で杜撰な逃走劇だった。
誰から逃げ出しているのか自分でも分からなかったが今までで一番の速度が出ていたことだけは間違いが無かった。
あたしは屋敷の裏手まで一息に走り抜けると胃の中のものを全てぶちまける。
涙を流し自らの吐瀉物に身を埋めるように座り込み両手で体を抱きしめてがたがたと震えている様はさぞ滑稽であったことだろう。
それでもあたしは立ち上がることが出来なかった。
それほどの光景を目の当たりにしたのだ。
どれほどの時間が経過しただろうか、あたしは落ち着きを取り戻し、なんとか立ち上がると主の下へと走った。
もうこんな事終わらせなければいけない。
その一心であたしは走った。