第七節 SIDE-ネイア-
王宮からの使いが来てセイルお嬢様も召集命令が下ったとのことで、お一人で行かせるわけにも行かず、あたしが付き添いとして王宮にやってきたからというものかなりの時間が経過した。
たまたま当家の馬車を見かけたので、声をかけてみるとオグマさんが居たのでお互い待ちぼうけを食らっていた二人はそのまま話し込んだ。
「それにしても結構時間が掛かってんな」
「そうですね。この前の事件の報告だけだと思ってなので、そこまで掛からないと踏んでたのですが、当てが外れました」
「ん?パーティに呼ばれたんじゃねぇのか?」
「あぁ、それは建前ですよ」
「そうなのか?」
「えぇ。もしオグマさんが王宮のお付だとして、誰かに召集命令が下ったとしたらどう思います?」
「まぁそれだけならなんとも思わねぇな」
「そうですよね?でもその理由がなにかしらの報告だとしたら?」
「普通に考えれば事件でもあったかと思うわな」
「それに呼び出しを受けたのが年端も行かない子供だとしたら?」
「…ただ事じゃねぇわな」
「そういった噂は瞬く間に広がりますので、王都に暮らす人たちが不安に思いますよね?」
「そこまでは分かるんだが、なんでパーティーがブラフだと思うんだ?」
「まず日中であること。普通に考えればパーティーって夜じゃないですか」
「そりゃそうだ」
「次に主催が第二王女様であること。パーティホストというのは通例であれば王子が担う役目です。仮に全員出払ってるにしても第一王女様になるのでは?」
「…そりゃそうだな」
「更に第二王女様は成人前。どう考えたってホストになれる訳がありません。つまり表向きにはパーティーに招待した体で召集をかけて、実際には報告会をしてると思ったんですけど…」
「ですけど?」
「それにしては遅すぎます」
「だよなー」
そうなのだ。遅すぎるのだ。
報告がメインであれば一時間もあれば事足りる。
パーティーという名目を守るのであったとしても二時間程度で良いはず。
それが既に四時間も経過している。
パーティー目的だとしてもそろそろ限界に近い時間だ。
あたし達が二人でうんうん唸って悩んでいると一人の衛兵がこちらに向かってきた。
「エクルストン家の従者か?」
馬車を見れば分かるだろうに形式の拘ったのか、わざわざ誰何してきた。
オグマさんが立ち上がり対応する。
「はい。エクルストン家の護衛部隊隊長とメイドです」
オグマさんの一礼にあわせてあたしも一拍遅れて一礼する。
「貴殿たちの主人はこのまま食事会へと移ることとなった。よって貴殿たちにも食事が振舞われることになった。ついて参れ」
なるほど。パーティーの後に食事会ね。
あまりないことではあるけど前例がないわけじゃない。
まぁ王族同士の話し合いとかじゃない限り聴いたこと無いけど。
それにしてもあたし達もってのはどういうことだ?
「それは光栄ですが、主人より預かりました大事な馬車を離れるわけには…」
あたし達従者が、主人の命もなくこの場を離れることは許されない。そんなことを衛兵が知らないわけがない。
一見普通に見える衛兵だが、言動の所為かなにか違和感を感じ始めた。
オグマさんも同じように感じたのかお互いの視線がぶつかる。
「どちらか一方では駄目なのですか?」
あたしが衛兵に問う。
「二人ともとのお達しだ」
ん?『二人』とも?
再度オグマさんと視線がぶつかる。
「すいません。『二人』で来いとの命令なんですか?」
もう一度あたしが衛兵へ問う
「さっきからそう申しておるだろう?二人ともだ」
やっぱりおかしい。馬車の護衛はオグマさんだけだ。あたしはあくまでもセイルお嬢様の付きそいとして来ただけ。
この馬車に居ることがイレギュラーだ。つまり『馬車の従者』を呼んで来いとの命令であればオグマさん一人だけが対象のはず。
仮に『エクルストン家の従者』という曖昧な指示だったとしたら今度は逆に『二人』と限定するはずがない。
それなのになんであたしもお呼ばれする?そんな事ありえない。
三度、視線がぶつかる。今度は視線に意味を持たせたアイコンタクトで。
オグマさんはあたしの視線から意味を汲み取り頷く。
「おっ、あんた、よく見りゃ昨日俺達を誘導してくれた第四部隊の人じゃねぇか。俺だよ『ニック』だよ」
衛兵は一瞬途惑いを見せたものの直ぐに落ち着きを取り戻し、そして片手を上げるとこう告げた。
「おぉ!ニックさん。昨日はどうも。俺達下っ端の顔なんか覚えてねぇと思って一応初対面の対応させてもらったわ」
次の瞬間オグマさんの剣が抜き放たれて衛兵の首元へ突きつけられる。
あたしも少しだけ重心を沈め、いつでも動けるように準備する。
「お、おい!何をする!?」
激しく狼狽する衛兵。
しかしオグマさんはその剣を下ろそうとしない。
「まてって!俺が何をしたよ!?」
さらに慌てる衛兵。
一歩ずつ後ずさるが間を空けないようオグマさんも合わせて歩を進める。
降車場は馬車が反転できるほどの広さを持ってはいるが有限だ。
いずれ衛兵は壁まで追い詰められる。
「なんだってんだよ!なんでそんなに怒るんだよ!!」
背中で壁を感じ、後が無い事を悟った衛兵はまくし立てる。
それでもオグマさんの剣はいまだ首元で制止している。
「なにを怒るだって?そうだな。人の名前を間違えられりゃ普通は怒るんじゃねぇか?」
ニヤリと笑いオグマさんが応える。
「なぁネイアの穣ちゃん?」
衛兵から目を離すことなくあたしへ問う。
あたしは笑みの仮面を張り付かせて応える。
「そうですね。『オグマ』さん」
次の瞬間、舌打ちとともに無理やり横へ退避した衛兵。
その頬にはオグマさんの剣によって薄く斬られている。
しかしそのようなタイミングをあたしが逃すはずがない。
鎧のスキマへと吸い込まれたあたしの貫き手は正確に衛兵の内臓へダメージを与えていた。
ゴフッと短く息を吐きその身をくねらせる。
膝から崩れていく衛兵に止めばかりに顔面へ膝蹴りをぶちかます。
崩れかけていた体勢を方向転換させ、後ろへ大幅に反らしてゆっくりとノックダウンしていく衛兵。
その目は既に白目を剥いており、完璧に意識を刈り取っていた。
ドスンという音を立てて衛兵の体は地についた。そして起き上がってくる様子もない。
「穣ちゃん…」
後ろからオグマさんの声が聞こえる。
あたしが振り向くと額に手を当てて天を仰いでいる。
「気絶させたら話聞けねぇだろ…」
「あっ…」
「自慢じゃねぇが俺は治癒魔法は使えねぇぞ?」
「………私もです…」
あたしもオグマさんに習って天を仰いだ。
その時偶然にも雲ひとつ無い青空に小さな黒いシミを見つけた。