第三節 SIDE-ネイア-
執務室から飛び出した旦那様の容態は自然治癒で一ヶ月との診断でございました。
一晩掛けてメイド総員で行われた治癒魔法によって何とか完治にこじつけ現在は王都に向けた馬車内にてお休みなされております。
王宮より召還命令が下ったのは旦那様と奥様でございましたが、領主様より奥様に宛てられた手紙にはセイルお嬢様も同行するようにとの言伝がございましたので、お三方での出立となりました。
あたしは馬車内から逃げ…もとい外の監視を行う為、従者席にて周囲をうかがっております。
隣にはオグマさんが慎重に手綱を握って馬を操ってます。
他の四名は馬車に四方を囲うように徒歩で併走してますので、馬車の速度はそれほど速くなくゆっくりと街道を進んでいます。
この旦那様直轄の部隊ですが、日々訓練を重ね三ヶ月という短いか期間ではございましたが、めきめきと実力をつけ今では王都の軍隊、それも隊長クラスであっても引けを取らないほどになっております。
この五名であれば前回のような事件があっても一人も欠けることなく解決が見込めるほどです。
さらには五人全員があの死闘を経験したことにより連携にも磨きがかかり、五人一組による特殊な戦術も身につけつつあるとのこと。
仲間が強くなるというのはそれだけで嬉しくあるものです。
オグマさんが「おっと」と小さく呟きその手に握る手綱を操作します。
それにあわせて四頭の馬が少しだけ横にそれ、街道にあったくぼみをよけて行きます。
あたしの向ける視線に気が付いたのか、オグマさんがこちらを向きニカッと笑います。
「なかなかのもんだろ?」
「はい。正直驚きました」
「ははは。ネイアの穣ちゃんに褒められたとあっちゃ自慢の種ってもんだな!」
部隊の中であたしの評価はどのようなものなんでしょうか?
オグマさんの話を聞く限りじゃ悪い評価ではないと思いますが、高すぎても困り物です。
複雑な表情を浮かべていたであろうあたしの顔を見て空気を読んだのかオグマさんは話題を変えてきました。
「それにしてもアレクの旦那も大変だな。ミリアお嬢…じゃなかった、奥様とセイルお嬢様の間に挟まれてモテモテとはいえ、ありゃ息が詰まっちまうよ」
話題が話題だけに音量を下げたひそひそ声であたしだけに聞こえるように語りかけてきた。
あたしも思うところがあったので、ひそひそ声で応える。
「まったくです。息が詰まるどころか姉妹喧嘩に巻き込まれて旦那様がお怪我をされる事態になるほどですからね。昨日なんて旦那様の執務室が半壊したほどですよ?」
「ははっ、そりゃものすげぇ姉妹喧嘩だな」
「お二人ともの気持ちも理解出来ない訳ではございませんが、もう少しだけご自重いただけると私どもとしましてもありがたいのですが…」
「おっ?ネイアの穣ちゃんも旦那にお熱かい?」
「そ、そ、そ、そんな訳ないじゃないですか!!あくまでも主従関係です!!」
思いのほか大きな声になってしまい、慌ててオグマさんがあたしの口を押さえて首を横に振る。
自分の失態に気がつき、あたしもコクコク首を何度も縦に振った。
あたしたちのすぐ後ろにある馬車内と従者席を繋ぐ小窓がガタッと音とともに開け放たれる。
「ネイア?どうしました?」
奥様が不思議そうな顔でこちらを覗き込み問いかけました。
「い、いえ。なにもございません」
「そうですぜ奥様!ちょっと俺がネイアの穣ちゃんをからかっただけでさぁ!」
「そうですか?なにも無いなら良いのですが…」
あたしたちは揃って首を縦に何度も振ると釈然としない表情のまま、またガタンと音を立て奥様が小窓を閉めた。
ホッと胸をなでおろすとお互いの視線がぶつかり同時に苦笑しあった。
そしてまた何事もなく正面を向き、街道を行く。
王都までの道程は何事も無く歩いていけば四日程度の距離ですが、今回も道すがらお披露目を兼ねて途中の村々に立ち寄りながらの旅となりましたので全体で六日を予定しておりました。
一つ目、二つ目の村で熱烈な歓迎を受け、今日は三つ目の村まで到着しました。
ここより先は王族直下地となり、今回の旅で立ち寄るお披露目予定の最後の村となります。
特に関門があるわけではありませんが、領地入り口の村ということもあり先の二つの村よりも多少規模が大きいです。
歓迎の宴も問題なく終わり、割り当てられた宿へと戻ってまりました。
部屋割りは旦那様ご夫婦が一部屋、セイルお嬢様が一部屋となり、あたしたちは階を分けてそれぞれ宿泊する予定でしたが、セイルお嬢様の希望であたしは同室に泊まることになりました。
あたしはセイルお嬢様のご様子を伺いながらソファで座っておりました。
セイルお嬢様はどうやら寝付けないご様子で先ほどから何度も寝返りをうっております。
「ねぇネイア」
「なんでございましょう?」
旅の疲れからかあたしがこくりこくりと船の漕ぎはじめた頃セイルお嬢様から呼び出しがありました。
あたしは慌てて立ちあがりベットの脇まで向かいます。
セイルお嬢様は掛け布団から半分だけ顔を覗かせてこちらを見ており、少しの間躊躇の色を見せましたが意を決してあたしに問いかけました。
「ネイアは誰かを好きになったことはある?」
あぁついに来ましたか。
いつか来るとは思ってましたが、このタイミングでございましたか。
「旦那様や奥様に忠誠を誓った身です。そのような感情は持たないよう心がけて日々職務しております」
あたしは準備していた回答を静かに返すが何故か胸の奥でズキリと痛みが走る。
セイルお嬢様はあたしの回答に一瞬だけその双眸を見開くと直ぐに悲しげな表情を浮かべました。
「それは、悲しいことではないの?」
「私には判りかねます。ただそれがメイドである私の矜持にてございます」
「そう…」
セイルお嬢様はひとつ瞬きをするとスッと一筋涙が流れた。
「明日も馬車での移動となります。早めにお休みになられた方がよろしいかと」
「えぇ、そうします。おやすみなさい」
「はい。お休みなさいませ」
セイルお嬢様が瞼を閉じ、お休みになられた様子を見守りまたソファへと戻った。
それから暫くするとセイルお嬢様の布団が規則正しく上下するのを確認するとあたしも瞼をゆっくりと閉じた。
あの胸の痛みが何なのか。
あたしには決して開けてはいけない箱のように思えた。
だから忘れよう。無かったことにしよう。
そう心に決め、深い眠りについた。
そしてあたしは夢を見た。
それはとても幸せな、干したてのシーツのように暖かく、砂糖菓子のように甘い夢。
あたしの隣で『誰か』が笑ってる。とてもとても優しい笑顔で。
あたしもまた笑ってる。自分ですら見た事もない柔らかな笑顔で。
あたしの腕には小さな赤ん坊が抱かれている。その子もまた楽しそうに笑っている。そしてその子に角はない。
あたしの袖をひっぱる三歳くらいの子供がいる。赤ん坊の顔を覗きこみ嬉しそうに笑っている。やっぱりその子に角はない。
絶対に訪れる事の無い。夢の夢のそのまた夢。
そのまま溺れてしまいたい。そんな事さえ考えてしまう夢。
きっとあたしは目が覚めたら泣いてしまうことだろう。
でも直ぐに泣き止まないと、涙は視界を遮るだけだ。
あたしはメイドであたしは魔族。
起きたら出発の準備をしよう。
あたしはメイドであたしは魔族。
小さな恋など何処にもない。
あたしはメイドであたしは魔族。
居場所はここだけ、他にはない。
あたしはメイドであなたは主人。




