第二節 SIDE-美和-
ミリアさんとセイルちゃんの死闘は手に汗握る力と技の真っ向勝負でした。
その姿はさながらアーネ○ト・ホー○トとアン○ィー・○グの一戦のようでした。
両者ドレス姿なのも気にせずハイキックの応酬から始まった戦いは体格差や英霊と融合した人外の力を持つミリアさんが優勢の試合展開でした。
打撃を中心に攻めるミリアさんに対して、本体を狙うでもなく放たれた腕や脚へ関節技を決めようとトリッキーな動きで応戦するセイルちゃん。
人外パワーのミリアさんに対して押されているとは言え、なんとか食らい付くセイルちゃん。
どうやら以前の事件のあと護身用にと作成した変身スーツ・インナーバージョンを着込んでいるようでした。
先ほどからミニ丈ドレスのセイルちゃんからちらちらと見えるスパッツのようなものがその証拠です。
おっと、ここでブラジリアンキック―途中で軌道を変える二段蹴りのような変則的な回し蹴り―をミリアさんが放ちました。
咄嗟のことに反応が遅れたのか顔面付近のクロスガードで受けるセイルちゃん。直撃こそ逃れましたが、体格差の所為で壁へと吹き飛ばされてきました。
しかし、壁へ直撃する寸前くるっと反転して脚から壁に着地をしたセイルちゃんはそのまま全身をバネにしてミリアさんへ飛び掛ります。
キックを放った後の不安定な体勢であったミリアさんの首へセイルちゃんのラリアットが襲い掛かります。
当のミリアさんは、なんとか間に腕を滑り込ませてラリアットの直撃を防ぎました。
セイルちゃんもガードされることを予想していたのか、そのミリアさんの腕をつかみ取り、飛びつき腕挫十字固へ移行しようとしています。
このまま倒れこめば勝負は決まっていたことでしょう。それほど見事な精錬された技でした。
しかし、そこは姉としての威厳の為か、なんとか踏みとどまり鍛え上げられた背筋と上腕二頭筋が唸り声を上げて倒れこもうとするセイルちゃんを逆に持ち上げます。
天井に向かって真っ直ぐ限界まで持ち上げられたその右腕は一瞬だけ制止すると矢のごとく放たれ、遠心力を武器に目の前に鎮座する応接机へと自らの腕ごと叩きつけられました。
ですが、遠心力はなにもミリアさんだけに味方したわけではありませんでした。
セイルちゃんは拘束していた腕や脚をスッと開放すると、そのまま遠心力に逆らうことなく自ら後方へ飛び去りました。
残されたミリアさんの右腕は応接机を真っ二つにし毛足の高い絨毯が敷かれている板張りの床まで到達すると、ミシリと一際大きな音を立てて停まりました。
執務机の影から覗いていたアレク君の顔が一瞬にして青ざめています。
ミリアさんの腕力に対してなのか、応接机の買い直し費用に対してなのか私では判断はつきませんが。
天井付近の壁まで飛んでいき、またしても空中殺法で襲いかかるセイルちゃん。
攻撃後の硬直が解けて迎撃しようと立ち上がりつつ、左拳を突き上げるミリアさん。
両者の攻撃が激突する瞬間、いつの間にか室内に入り込んだネイアさんによって二人とも拘束されました。
試合時間二分二十四秒・レフリー(?)ストップにより両者ドローという結果になりました。
受け止めた衝撃によりネイアさんを中心として小さな衝撃波が室内を駆け巡ります。
涼やかに両者の受け止めたネイアさんですが、流石に負担が大きかったのかその瞳は縦に割れ、猫化を想像させるような状態になっています。
どうやら一部魔族化して身体能力を向上させたようで、見た目の変化もさることながらその瞳からは隠しようの無い怒気が漏れ出ています。
「奥様。セイルお嬢様。お戯れもほどほどにお願い申し上げます。これ以上は旦那様の執務に影響がございますので」
「「はい。ごめんなさい…」」
ネイアさんの怒りのオーラを感じ取ったのか姉妹共々素直に謝罪し、今は借りてきた猫のようにシュンとなって部屋の隅で佇んでいます。
それからはメイドさん数人が扉から入ってきて壊れた応接机などを片付け、部屋を綺麗に掃除していきます。
流石はプロの仕事。五分もしないうちに元通りとなりました。応接机を除いて。
「旦那様。倉庫に同型の応接机がございますので、そちらをお持ちしてよろしいでしょうか?」
「え?あっ、うん。それでお願い」
「はっ、それでは失礼いたします」
ネイアさんは一礼するとその姿を一瞬にして私たちの視界から消した。
その姿はさながら忍者のように。
「さて、二人ともちょっといいかな?」
アレク君に促されて、執務机の前まで二人がやってきます。
二人とも俯き、その顔は今にも泣き出しそうな。
その姿はさながら有罪判決を受ける囚人のよう。
アレク君はふぅと小さくため息をつくと静かに語り始めました。
「まずセイル。俺はいま仕事中なんだ。後で遊んであげるからちょっと待っててね」
「はい。お兄様。申し訳ありませんでした」
セイルちゃんの謝罪を小さく頷き、受けるアレク君。
そして、素直に退室していくセイルちゃんを見守るとキリッと眉を吊り上げ、ミリアさんに向き合いました。
「ミリア。妹にいきなり攻撃をしかけるなんてどういうこと?」
本気でないにしろ少しだけお怒りモードのアレク君。
ミリアさんに対して怒りの感情をぶつけるなんて、なんとも珍しい光景です。
怒られなれていないミリアさんはそれだけでも目尻に涙を溜めておられるご様子。
今は何とか拳をギュッと握り耐えていますが、ダム崩壊はもう目前といったところ。
「セイルはまだ十歳だよ?遊びたい盛りでも貴族という立場を理解して必死に我慢しているんだよ?それをあんな邪険に…」
あっ、アカン。これはアカン奴やで!
私が思わず似非関西弁になってしまうほどの爆弾発言をかますアレク君。
そんな片方を許して片方を叱るようなことをすると…
ギリッと大きな音を立てて食いしばられるミリアさんの奥歯。
先ほどまで悲しそうな表情を浮かべていたそのお顔は見る見るうちに金剛力士像のごとく憤怒を露わにしていきます。
やらかしたことを悟ったアレク君の顔は真っ青を通り越して既に白へと移行しているところ。
なにもかも諦め最早慈悲の心を宿したような安らかな笑みを浮かべて、これから起きる惨劇に身を任せているようでした。
ミリアさんは悲しい少女から憤怒の鬼へと変身を終え、崩壊直前だった涙のダムは気が付けば怒りのマグマを宿す火山へと変貌を遂げていました。
そして今、その火山が噴火の時を迎えました。
「なんなの!?アレクはセイルの味方だっていうの!?私だって!沢山我慢していることだってあるのに!」
一気にマグマを放出させた火山はその勢いの留まる事を知りません。
「アレクが商売を始めてからというもの二人の時間なんかほとんど無いじゃない!!」
「違う!違うんだよミリア!!」
おっと、これは火に油を注ぐような発言でございますよ?
「なんですか!?言い訳ですか!!それでは言われていただきますが、電池を作る際に魔力が足りないからってセイルに協力を仰ぎましたよね?」
「うっ、それはミリアも忙しそうだったから…」
あぁーこれはワンアウトですかねー?
「私は常にアレクを最優先に考えております!例えどんなに忙しくても何処に居たって一番に駆けつけます!!それに魔力の枯渇であれば真っ先に治癒魔法の使い手である私を頼ってくれたっていいじゃないですか!!」
「いや、それはそうなんだけど…」
はい。ツーアウト。
「それなのにセイルセイルセイルセイル…と。私のことはいっっっっつも後回しじゃないですか!!」
「それは違う!俺はいつもミリアを一番に考えてるよ!でもここ最近は仕事が忙しくて…」
あらら、途中までは良かったんですけどね。スリーアウト。チェンジです。
「そんなに仕事が大事なら仕事と結婚すればいいじゃないですか!!アレクのバカァァァ!!!」
ドゴンとすさまじい音を立てて執務机が蹴り飛ばされました。
そのまま大きな窓へ向かって飛びゆく執務机。
窓と机に挟めれていたアレク君も巻き込んで。
勢いそのまま執務机はパリーンとガラスを飛び散らせて外へと飛び出しだしていきました。
もちろんアレク君とともに。
ご説明遅れましたが、アレク君の執務室は二階にございまして。
そしてここは領主様のお屋敷です。そこは現代建築とは違い各階の天井の高いこと高いこと。
あまり建築知識を持ち合わせていない私ですが、間違いなく世間一般の二階建てのそれ以上よりも高さを保有していることは分かります。
恐らくは四階建て相当の高さではないかと。
それはそうと空中にて自由を満喫している執務机とアレク君ですが、重力の束縛からは逃れるすべを持ち合わせていないようですので、当然の結果落下していきます。
三秒ほどの静寂ののち、地上から響く破壊音と悲鳴。
丁度その時、大きな応接机を一人で担いできたネイアさんが入室してきました。
室内の光景を一瞬にして理解したようで、はぁと小さくため息とつくと持ってきた応接机を扉の脇において、
「執務机の予備を取って参ります」
と、一言告げて一礼。
ハァハァと肩で息をしていたミリアさんもネイアさんに気が付くと瞬時に取り繕い、
「えぇ、お願いします」
と、にっこり笑顔でご対応。
これにて第一次執務室の乱は終焉を迎えました。