エピローグ SIDE-アレク-
「本当にいいのか?」
ネイアによる頭部への刺突が止めになったようで魔族は灰になって消滅した。
主である魔族が消滅したことにより下僕となっていた村人たちも同様に灰となって消えた。
結局、村では誰一人生き残りを発見することが出来なかった。
事件自体は犯人を打ち破ったことで解決したかも知れないけど、これからの問題は山積みだった。
その内の一つ。ネイアが魔族だった問題。俺達は今まさに直面していた。
ゴーストタウンとなったジャミル村を後にした俺達は馬車へと戻る為、街道を歩いていた。
そこでネイアの願いを聞きれ現在に至る。
ネイアは街道脇の草むらで懺悔をするように両膝を付けた膝立ちとなり、頭を垂れている。
俺はそのネイアの後ろに立ち、デュランダルを構えている。
「はい。旦那様の手で行って頂きたいのです」
後ろに立って見下ろしている俺からはネイアの表情を確認することは出来ない。
それでも声からはその覚悟が伝わってきた。
ネイアの覚悟を無駄にするわけには行かないと、俺はデュランダルを振り下ろす。
側頭部を掠めるように二度。
寸分違わず振り下ろされたデュランダルはネイアの耳の後ろ、魔族の証である角を切り落とした。
トスッという軽やかな音を二度させ、下草が生えそろう地面へと角が落ちる。
少しだけ巻き添えに斬れたネイアの銀髪が風に乗って宙に舞う。
幸い、出血は見られない。
ネイアからは「爪のようなもので、痛覚もありません」と聞いていたが、やはり体の一部を斬るのは緊張する。
ネイアはスクッと立ち上がりこちらへ振り返ると深く頭を下げた。
肩あたりで切りそろえられた綺麗な銀髪がさらさらと流れ落ちる。
顔を上げたころには角があったこのなど幻であったかのようにいつものネイアがそこに居た。
ネイアは足元に転がっていた角を拾い上げると、一つを俺に、もう一つをミリアに手渡した。
そして一言、
「私の忠誠をどうぞ、お受け取りください」
と。
後で聞いた話では魔族は婚姻の際、互いの角を一本ずつ切り落とし交換することで一生の愛を誓い合うとのことだった。
ネイアとしては角を俺達に渡すことで一生仕えると言いたかったのだろうと推測した。
その後、俺達は全員無事…とは言いがたい結果ではあったが、未熟なりにも何とか事件を解決に導き一同帰路についた。
…………………と、綺麗に終わりたいところですが現在馬車内の空気が最悪です。
馬車に乗ってからというもの俺を挟んで姉妹が睨みあっております。
助けを求めて向かいの席に腰を下ろしているネイアを見るもやれやれを肩を竦める始末。
お前さっきの忠誠とやらはどこへいった!?
頼みの綱である美和さんはついさっき「外の空気を吸ってきます」と言い残して、屋根から車外へ飛んで行った。
貴女は空気吸えないでしょ!?
二人の女性に裏切られ、二人の女性に挟まれて。
一体全体、俺が何をした!?
その時、石でも踏んだのかガタンと馬車が揺れた。
きゃっと小さく悲鳴を上げてセイルが俺に寄りかかってくる。
「おっと、大丈夫かセイル?」
「えぇ、お兄様。ありがとうございます」
そう言うも寄りかかったまま俺から離れようとしないセイル。
どうしたものかと考えていると隣からものすごい視線を感じた。
慌てて振り向くとそこには怖いほど笑顔なミリアが。
ゴゴゴゴゴと後ろに効果音でも背負ってそうなオーラを放ち、告げる。
「あらアレク。随分と楽しそうですね?それにセイル。この程度でふらつくとはエクルストン家として鍛錬が足りませんよ?」
ビシッと空気にひびが入ったような音がしような気がした。
「いえいえお姉様。私はお姉様のように淑女としてのアレやコレやを諦めているわけではございませんので。それにお兄様は『私を』助けてくださいましたのですよ?」
ビシビシッとひびが増幅していくような感覚に陥った。
「ほぉ私が淑女としてのでございますか。それはそれは。まぁアレクは『私の』夫ですから『いつも』一緒におりますので、お子様のセイルがどうしてもとねだるのであればたまにであれば貸して差し上げても構いませんよ?」
だから俺を間に挟んで睨み合わないでください。
俺は助けを求めるように天井を見上げた。
丁度そこへ美和さんが帰ってきた。
美和さんは俺を目が合うと瞬時に状況を理解したのか、笑顔で手を振ってまた屋根へと戻って行ってしまった。
俺は絶望にかられ、現実逃避とするようにそのまま天井を見つめていた。
「アレク!」
「お兄様!」
「はい!なんでございましょう!?」
両サイドから怒声が響き、俺は強制的に現実へ引き戻された。
俺はただ平穏無事に生きて生きたいだけなのに、どうしてこうなった…
こうして俺、アレク=コールフィールド改め、アレク=エクルストンは命を落としかねない姉妹喧嘩の間に挟まれ平和への望みを心に刻み帰路へとついた。