第十七節 SIDE-ネイア-
奥様の暖かい抱擁を受け、あたしの心にあった大きなシコリは完全に消え去っていた。
後は、問題を解決して皆揃って帰るだけ。そう思っていた矢先。
教会の入り口上方にある窓ガラスは割れ、誰かが入ってきた。
「おやおや、我が教会に汚らしいねずみどもがやってきたと思ったら、おやびっくり。同胞がいらっしゃるではありませんか」
その人物は角と羽を生やし、ニタニタといやらしい表情を浮かべ教会の天井近くからこちらを見下ろしてた。
「何者だお前!」
旦那様がその人物に向かって誰何する。
「黙れ下等生物が!…ふん。まぁいいでしょう。私が誰かですって?私は魔族十三貴族のうちの一つ。ビューラー家のハルトリッヒと申します。すぐにお別れでしょうが、どうぞお見知りおきを」
ビューラー家だって!?あたしですら知っているビッグネームじゃないか!
不味い。不味すぎる。一人でも人類の軍隊に匹敵するほどの力を持つを言われるほどの武闘派の貴族だ。
あたしが刺し違えてでも何とか全員を逃がすしか…
「で、そのお貴族様がなんの御用でございましょう?」
あたしが、逃亡の策を立てている間に今度は奥様が静かに問いかける。
「貴様らのような下等生物に語るのも面倒で仕方ありませんが、何も知らずに死に逝くのも哀れ。慈悲深い私に感謝しながら良く聞きなさい」
ビキッと奥様のこめかみに血管が浮き出るのを幻視したような気がしましたが、気のせいという事にしましょう。
「折角この村を占拠して我が僕を増やしたのいうのに、ちょっと昼寝をしていた間に一気に数を減らしているではありませんか。何事かと原因を探ろうとしていた矢先、私の拠点であるこの教会のトラップにひっかった馬鹿がいることがわかりましてね?」
バキッと旦那様の手甲が砕ける音がした。ものすごい力で握り込まれた拳の所為だろう。
「そこで赴いてみるとなーんとまぁ我が同胞と下等生物がお涙頂戴の寸劇が繰り広げられているではありませんか。流石の私も笑いを堪えるのに必死でした」
ギリッと誰かが歯を食いしばる音がした。恐らくほぼ全員の口から。
「で、その寸劇のお礼というわけではありませんが、我が同胞に寄り添うそこの下等生物だけは生かして慰み者にでもしてさしあげ…」
ドンッと大きな音が二つ。その直後にガガッと何かが壁に刺さった音も二つ。
何事かと音源を探る。ハルトリッヒとやらが飛んでいたすぐ後ろの壁で貼り付けにされていた。
左の肩口からは旦那様のデュランダルを、右の肩口からは奥様の細剣をそれぞれ生やした状態で。
「おや、ミリア。こんなところで奇遇だね。俺はうるさいゴミ掃除をしようかと思ってね」
「あら、アレク。こんなところで奇遇ですね。私も同じようにゴミ掃除をしようかと思いましたもので」
二人とも柄を片手で握りながら制止し、談笑まで繰り広げている始末。
「おまえらぁぁ!なにしてんのかわかってんのかぁぁぁぁ!」
両肩を壁に縫い付けられているハルトリッヒは身動き一つれず悲鳴にも似た叫び声をあげている。
お二人は後ろの壁が割れるほどの勢いで同時にハルトリッヒの顔面を殴りつけた。。
そんな突きを顔面に受けてぶはっと声を出してハルトリッヒが鼻から出血した。
「ねぇミリア。何か聞こえた気がしたけど気のせいかな?ゴミが喋るわけないのにおかしいよね?」
「えぇアレク。ゴミが喋るわけないじゃないですか、気のせいに決まってますわ」
あははうふふと笑い合うお二人。ドガガガガガと何発もの突きを放つ。
そのたびに「ごふっ」とか「ごはっ」とか吐血を繰り返すハルトリッヒ。そのうち吐き出すものも無くなったのか途中から反応が一切なくなっている。
「お兄様!お姉さま!私もゴミ掃除をお手伝いさせてください!」
あたしのすぐ近くでセイルお嬢様がまるでおもちゃをねだるかのように明るい声でお二人へ話しかけます。
「まったく。セイルも仕方ありませんね。それじゃあそちらに投げますよ」
奥様も奥様で、まるでお菓子でも投げて寄越すかのように朗らかに応え、ハルトリッヒを天井高くへ放り投げました。
「お姉さま!ありがとうございます!」
お礼を言うが早いか、飛ぶ上がるのが早いか。セイルお嬢様は投げ飛ばされたハルトリッヒのところまで跳びあがるとその首へと右腕を使ってぐるりと回し抱え込むように固定した。
あたしからはセイルお嬢様の脇からハルトリッヒの頭が生えているように見える。
空中で一瞬の制止の後、後は重量の赴くまま自由落下が始まる。
そのままハルトリッヒの脳天を中心に教会の床へを落下する。
埋まりこそしてはいないが、床にひびが入るほどの衝撃だ。
それでもそこは魔族の体。人類のソレよりも遥かに強靭で出来ているため、まだ息がある。
いや、辛うじて息があると言ったほうが良いかもしれない。
バタンと仰向けに倒れたハルトリッヒの周りにリーダーを中心とした護衛方が取り囲んだ。
それぞれが手に持つ剣を逆手に持って天高く掲げると一斉に振り下ろした。
ハルトリッヒの四肢を床に固定するように床に突き刺さった四本の剣。
最後にリーダーさんが下腹部へと剣を突き立てる。
もう抵抗することも出来ないのかピクリとも動かないハルトリッヒ。
ツカツカとお二人伴ってこちらへ歩いてこられる旦那様と奥様。
ハルトリッヒの足元までやってくるとそれぞれ一本ずつ、二本の剣を両胸に突き立てた。
完璧に床へと縫いつけられたハルトリッヒ。奥様はあたしのとこまで歩み寄る。
途中、旦那様から剣―いつの間にか作成された―を受け取ると、スッと柄をあたしへ差し出した。
あたしは頷き、無言のまま受け取ると、そのままハルトリッヒの頭部へと突き刺した。