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第十六節 SIDE-アレク-

「ネイアァァァ!!!」


 目を覚まして起き上がった時には既に目の前には鮮血が舞っていた。


「どけぇぇぇぇぇ!」


 俺は近くに居た子供のゾンビ達を蹴りで一掃した。


 グチャっと嫌な感触を残して吹き飛んでいくゾンビ。


 その下からはザックリと背中に傷を作ったネイアの姿が現れた。


 サッを血の気が引いていく感覚がよく分かった。


 ネイアが!?このままではゾンビになってしまう!!


(美和さん!ネイアが!!!)


(分かってます!いま状態を確認しますのでスキャンを!!)


(了解!!)


「アレク!!ネイアが!!」


 今にも泣きそうな顔でミリアが叫ぶ


「大丈夫!俺に任せて!!スキャニング!!」


 スキャニングの魔法を使うとミリアに抱きかかえられてうつ伏せになっているネイアのうえに同じ格好の緑色でうっすらと光るネイアが映し出された。


 俺の網膜に直接投射されているらしく他の人には見えない。


(私の世界ではゾンビに変化する場合はウイルスに感染と相場が決まってます!なので、ネイアさんに体内にある悪性のウイルスを優先して投射します)


(おねがいします!)


 いつの間にかゾンビの掃討が終わったのか皆が見守っている。


 俺は美和さんの調査が終わるのを待つ間、怪我の状況を確認する為、スキャンした立体映像を眺めていた。


(あれ?おかしいですね…)


(美和さん?どうしました?)


(いえ、どこにも悪性ウイルスの反応がないんですよ…もしかして他の原因ですかね?)


 美和さんが心底困った表情で小首をかしげている。


(もしかして魔力の変質とかじゃないですか?)


(おぉ、なるほどなるほど。それじゃあネイアさんの魔力波形にそぐわない波形を調査してみます)


(よろしくお願いします)


 再び二人とも立体映像に向き合い調査を再開する。


 傷自体はそこまで深くは無いけど、決して放置していいレベルではない。


 通常の治癒魔法では治療に時間がかかるだろう。


 まぁ俺のというか、美和さんの治癒魔法なら一瞬だろうけど。


(うーーーーん、特に変質は見られませんね…)


(そんな…それじゃあネイアのゾンビ化は防げないんですか!?)


(いや、そんなことはないと思います。今まで見てきたゾンビは全て体組織の変質が見受けられました。ですが、ネイアさんは今のところ何も変化がありません。まだ様子を見守ってみないと断言出来ませんがもしかすると抗体があるのかもしれません)


(ゾンビ化に対抗できるほどの耐性ですか…そんな人類います?)


(強いて言うのであれば目の前に居ますが、まぁそれはそれとしておきましょう。だた少しだけ気になることはありますが、とりあえず傷を治さないことにはゾンビ化を防げても失血死は逃れられませんよ)


(分かりました。それでは治癒を開始しましょう)


 干渉を防ぐ為スキャニングを終了させ、俺は治癒魔法の為にネイアへ両手を翳す。


(あぁそのことなんですが、アレク君)


(今度はなんですか!?早く治療しないと駄目ですよね!?)


(いえ、大事なことなので。私の治療魔法は通常と違うと以前説明しましたよね?)


(はい。覚えてます。確か従来の治癒魔法は本人がもつ治癒力を高めるだけですけど、美和さんの治癒魔法は怪我が無かった状態に戻すことを目的にしているんですよね?)


(正解です。場合によっては古傷なんかも治ることがあります。例えば後天的に欠損した腕とかも頑張れば生やすことが出来ます。あくまでも私のイメージが固まることが前提ですが)


(それなら何が問題になるんですか!?)


(問題になりかねないから聞いているんです!)


 美和さんの語尾が強まった。


 突然のことで思わずビクッと体が反応してしまう。


(問題にならなければこんなこと聞きません!一刻を争う状況だってことくらい私にも分かります。ですが!!それ以上にネイアさんのこれからの人生が掛かってくるんです!!)


 俺は普段見せること無い美和さんの態度に驚きを感じ、何も言い返せなかった。


(ごめんなさい。感情的になってしまいました)


(いえ、大丈夫です…)


(それでネイアさんのことですが、ゾンビ化を防ぐ為にも怪我の部分だけを治すのではなく、全身を完璧な状態にする必要があると思います)


(はい。俺もそれがいいと思います)


(アレク君には現状状態しか見せてませんでしたが、私はネイアさんの『本来あるべき姿』までしっかりと見ていました)


(…はい)


(ですので今からこの『本来あるべき姿』に戻します。例え何があろうともネイアさんはネイアさんであることだけは認識してください。そしてそれをいまここで皆さんにも忠告してください)


 忠告。美和さんは忠告と言った。


 確認ではなく。それほどの事なのだと認識した。


 俺はしっかりと頷くと皆へ向かって発言する。


「皆聞いてくれ」


「どうしましたアレク?ネイアは?ネイアは大丈夫なんですか!?」


「ミリア落ち着いて。まず先に言って置くことがある。どうやらネイアにはゾンビ化に対する抗体を持っているので、ゾンビ化する可能性はほぼない」


 一同に安堵の空気が流れる。


 ミリアとセイルに至っては泣き出してしまうほどに。


「だが、傷の状態はあまりよろしくない。恐らく通常の治癒魔法では時間がかかり最悪の場合失血しする事もありえる」


「そんな!」


 ミリアが口に両手を当てて驚愕している。


 護衛さん達は苦虫を噛み潰したような表情で俯く。


「そこで、俺の『超科学』による治癒魔法を使う。ただこの魔法は…」


「「「見なかった事にしてくれ」」」


 ミリア、セイル、リーダーさん、それぞれの声で同じ言葉を吐く。


 リーダーさんの後ろで他の護衛さん達もうんうんと頷いている。


「そ、そうだね。それともう一つ。これは俺の英霊、美和さんからの忠告なんだけど『例えどんな状態であろうとも』ネイアはネイアであることをしっかり認識していほしいとのことだ」


「え?そんなの当たり前じゃないの?」


 と、ミリア。


「私もそう思います」


 これはセイル。


「いまさらネイアの穣ちゃんが何者だって驚かねぇですよ」


 何故かドヤ顔のリーダーさん。


「俺もそう思っているんだけど、あくまでも忠告ってことで。それじゃあ治療を開始するよ」


 俺は何故か釈然としないまま治療を開始した。


 ネイアの傷はまるで逆再生でもしてるかのように見る見るふさがっていく。


 メイド服は大きく裂かれたままなので、どう見ても如何わしい。


 護衛さん達もばつが悪そうに視線を逸らしている。この人達紳士だな。


 傷が完全にふさがりかけた頃、その変化は現れた。


 ネイアの耳の後ろくらいから何か硬質の物が伸び始めた。


 すすすっと伸びたソレは途中で曲がり、二重三重に渦をつくる。丁度、羊の角のように。


 気が付くと直径10cmほどの渦巻状の角がネイアの頭部から生えていた。


 この世界で角を持つ人型の生物といえば一つしかない。それは、魔族だ。


 皆、傷が治ったことよりもその異物に視線が釘付けになる。


 ううんとネイアが身じろぎすると目を覚ました。


 ミリアの膝から頭を上げるとふるふると頭を左右に振る。


「ここは…あっ、あれ?私は…教会内部の調査をしてたはずでは?」


 どうやら多少記憶の混濁はあるもの体に異常はないようだった。


 ネイアは額を抑えていた右手をこめかみでも押さえようとしたのか側頭部移動させた。


 髪を掻き上げながら移動させた右手の指先に硬質の物があたり違和感を感じたようだった。


 俺達はその行動一つ一つを黙って凝視していた。


 ネイア本人はそれが何かを理解しているようで、サッと血の気が引いていく。


 急に立ち上がり、ふらふらと後ろへ数歩よろめく。


 両耳の後ろから生えているそれを隠すように左手も添えて小さく頭を左右に振る。


 まるで小さい子供やいやいやをするように。


「こ、これは、違っ!あたし!!これは、違う!!」


 速度を増しながら半狂乱に頭を振る。


「ネイア!」


 俺はその仕草が痛ましく感じ、ネイアを呼びつける。


 それでも耳に入らなかったように半狂乱に頭を振り続けるネイア。


「いや!あたし!!違う!!いや!いやぁぁぁぁぁぁ!」


 最後に一際大きな悲鳴を上げると頭を抱えたまま俯き膝をついて座り込む。


 口からは呪詛のように『いや、いや、いや…』と小さく呟いている。


「ネイア…」


 俺はただ名前を呼ぶことしか出来なかった。


 次の瞬間、俺の脇を誰から通り過ぎた。


 長く綺麗な髪を後ろに流しツカツカとネイアへ歩みよる。ミリアだ。


 ミリアは座り込むネイアの目の前まで歩み寄るとカッとブーツの踵をならし停止する。


 ビクッと大きく肩を揺らすネイア。


 数秒の間、静寂が流れた。


 ミリアが意を決したようにフッと小さく息を吐く。そして大きく吸い込んだ。


「ネイア!立ちなさい!!」


 教会に響き渡る叫びにも似たミリアの怒声。


 そのミリアの命令にビクッと大きく肩を揺らすだけで応える。


 頭は依然、両手で押さえ込まれ、いやいやと頭を振る。


「ネイア!私の命令ですよ。立ちなさい!!」


 再びの命令。やはりネイアはビクッと肩を揺らす。降られていた頭はおびえるように俯き抑えこまれている。


「立て!ネイア!!」


 三度の命令。ついに観念したのかネイアはゆっくりと立ち上がる。


 相変わらず両手は角を隠すように頭を押さえているし、顔は俯いている。


 ミリアは何を思ったのかネイアの胸倉を左手で掴みねじり上げ、強引に顔を持ち上げさせる。


 ねじ上げていた左手を離すと右手で一閃、ネイアの頬へミリアの右拳が吸い込まれ、そして打ち抜く。腰の入った良いストレートパンチだった。


 無防備なネイアは堪らず吹き飛ぶ。


 左側頭部を押さえていた左手は殴られた左頬へ移り。右手は地に付いている。


 つまり両方の角は開放されていた。


「ネイア。立ちなさい。」


 自分が吹き飛ばしたのも関わらず再び立つ上がる事を要求するミリア。


 主人の命令である以上、従わざるを得ないネイアはゆっくりと立ち上がる。


 少し距離が開いてしまったので数歩ミリアが歩み寄る。


 ネイアの目の前まで迫ったミリアは今度は右手で胸倉を掴んだ。


 そして左の拳で同様に打ち抜く。


 今度は来ることが分かっていたのか体勢を左へ持っていかれるも耐えるネイア。


 右手で胸倉をつかんだままであったミリアは体勢を崩したネイアを引っ張り体勢を整わせる。


 まっすぐな体勢に戻ったネイアに対して左手も添えてぐぐっと持ち上げるようにかち上げた。


 息がつまり苦しいのかミリアの両手を外側から掴むようネイアの両手。


 自らの顔を近づけ、お互いの息が掛かる距離で睨みを利かすミリア。


 流石に二度も殴られて怒りを感じたのか表情こそは澄ましているが、その瞳に怒気を宿すネイア。


 一触即発の状況だった。俺達は全員固まり、固唾をのんで状況を見守る。


「ネイア?貴女は誰ですか?」


 いや、いま名前呼びましたよね?ミリアさん?


 俺は訳も分からず思わずセイルを顔を見合わせた。セイルも意味が分からない様子だ。


「答えなさい」


 返事が無い事に痺れを切らしたのか、問いかけの追撃を出すミリア。


 まだ数秒しか経過してませんよ?堪え性がなさすぎやしませんか?ミリアさん?


「…ネ…イア…です……」


 観念したネイアが消え入るような小さな声で応えた。


「もう一度!」


 それを掻き消すように大声で要求するミリア。


「ネイアです…」


 先ほどよりも大きいがお世辞にも聞き取りやすいとは言えない程度の声量だ。


「もう一度!」


 またしても掻き消すように大声で要求するミリア。


「ネイアです!」


 今度は教会中に響き渡るような大声だった。


「もう一度!」


「ネイアです!!」


「もう一度!」


「ネイアです!!」


「もう一度!」


「ネイアです!!」


 それから数度、やり取りが続いた。


 ミリア達はお互いに肩で息をするほど疲労しているが気が付けば最初のように暗い空気はない。


 俺達もそれを感じ取ることができ、どこか暖かい空気が流れている。


「ネイア?貴女は誰に仕えて居るのですか?」


 いつの間にか胸倉を掴んでいた両手を離し、ミリアが優しい微笑を浮かべて静かに掛けた。


 ハッとしたような表情を浮かべた後、今にも泣き出しそうな顔になるネイア。


 そして搾り出すかのような声で応えた。


「旦那様と奥様です…」


「そうですね。貴女は私たちのメイド、ネイアです。それ以外の何者でもありません」


 ミリアの疑いようの無い完璧な宣言にネイアはその瞳に溜めた涙を盛大に溢れ出させ大粒の涙となって大地へ滴り落とした。


 そんなネイアの両手を優しく取り、ミリアは続ける。


「ネイア。良く聞きなさい。貴女のこの両手は私たちの為だけに使いなさい。自らの体を覆い隠すために使うなど許しません。いついかなる時も堂々と晒してやりなさい」


「はい!」


 頬を伝う二筋の涙の跡を残しながらネイアは朗らかに微笑みミリアの言葉を受け取った。


 俺達は周りを見渡す。


 涙を盛大にながしウンウンと大きく頷くセイル。


 肩をすくめやれやれという表情のリーダー。


 お互いに肩を叩きあって喜びを表す護衛さん達。


 そして涙を流しながら抱き合うミリアとネイア。


(美和さん。なんとかなったみたいだよ?)


(ふふっ、そのようですね。体育会系恐るべしっと言ったところですかね)


 俺の頭上で美和さんがにこやかに微笑みながら抱き合う二人を見守っている。


 そんな空気は招かれざる客の登場で終了を迎えることとなる。


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