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第十五節 SIDE-ネイア-

 ジャミル村に赴いたあたしたちは村人から熱烈な歓迎を受けることとなった。


 先に立ち寄った二つの村で受けた歌や踊りに変わってこちらでは爪や牙を使っての催し物だった。


 どうやら領都へ届けられていた異変は虚報であったようで、生存者の影は全く見当たらない。


 村全体が死霊の巣窟と化していた。


 あたしたちは旦那様を先頭にすぐ後ろを奥様とあたし。


 その後ろに両脇と後方に二人ずつ護衛に固められたセイルお嬢様。


 そして、一番最後にリーダーさんを配置している。


 上から見たらひし形のような陣形だ。


 村に入ってから少しずつ進むあたし達に向かってゾンビたちは数人の塊で四方八方から襲い掛かってきた。


 もう何十回と繰り返されたその波状攻撃は次第にあたしたちの体力を徐々に奪い始めていた。


「旦那様。どこかに拠点を置いて一度腰を落ち着かせるか、村の入り口まで撤退することを進言いたします」


 あたしの進言を聞いてリーダーさんが反応する。


「アレクの旦那ぁ!撤退は難しそうだ。あいつら壁みたいに遠巻きにこちらの様子を伺ってやがる!」


 あたしは心の中で舌打ちをする。


 一体どこにそんな人数が隠れていたというの?


 確かにジャミル村の規模は街と言っても良いくらいの規模ではあった。


 だとしても千人以上の人が住んでいたとは考えにくい。


 精々二百人も居れば多い方だろう。


 それなのにゾンビの攻勢はまだまだその勢いに衰えは感じられない。


「仕方ない!あの教会を拠点にしよう!」


 旦那様が村で一番高い建物を指差して目標に定めた。


 一同は陣形を崩さずにじりじりと建物へ近づいていく。


 教会まで行き着くとドアは硬く閉じられており、中からは物音がしなかった。


「旦那様。私が中を確認して参ります」


「頼んだよ」


「はっ!」


 あたしは教会のドアを少しだけ開けるとすばやくその中へ体を滑り込ませる。


 まだ昼間だというのに中は薄暗く空気が重たく感じられた。


 周りの気配に気を配りつつ歩を進める。


 壁に沿ってぐるっと一周見回り、安全を確認すると次は教会の奥の部屋へ向かった。


 牧師の私室だろうか?部屋の中には粗末な机と数冊の本。そしてベッドが一つ。


 扉の横には小さな本棚があり、聖書が収められていた。


 あたしは机の前まで歩み寄り本を手に取った。


 表紙には埃が被っており、放置されてから少なくとも一ヶ月以上経過していつように感じされた。


 それほど長い時間を掛けて準備していたのかと驚愕する。


 もしかしてこの人口以上のゾンビもよその村から攫ってきたのだろうか?


 もしそうだとすれば早急に討伐する必要がありそうだ。


 あたしはまだ見ぬ敵に強烈な殺意を抱きつつも検分を終え、急いでドアへと向かった。


「旦那様。教会の中の安全が確認出来ました」


 入ってきたときと同じ用に人一人が通れるかどうかギリギリの隙間だけを開けて、旦那様へ報告する。


「ありがとう。ネイア。よし皆!教会の中へ急ぐんだ!」


 バンッと開け放たれたドアから皆さんが駆け込んできた。


 最後にリーダーが後ろ手にドアを閉める。


「リーダー!どいてくれ!」


 先に入っていた護衛さん達によって教会の長いすがドアまで寄せられる。


「それだけでは簡単に蹴破られてしまいます!」


 そう告げる奥様の両手には一つずつ長いすが握られ引きづられている。


 そのまま何事も無かったかのように奥様の手から易々と長いすが積み重ねられていった。


 唖然とするあたしたち。


 こちらに振り向きテレ顔の奥様。


 激戦の中において一瞬の日常を得て、思わずあたしたちは噴出し教会の中に笑い声が響いた。


 大丈夫。皆笑える。その事実だけでまだまだ戦えるような気がした。


 一頻り笑ったあたしたちは護衛さん達が持ってきた食料で休憩兼、食事を取ることにした。


 空腹が満たされ、人心地つくと皆次の戦いに備え準備を始めた。


 あるものは魔力の回復を優先し仮眠をとり、またあるものは装備の点検に余念がなかった。


 あたしは手早く装備の点検を終えると、頭の中で一度現状を整理することにした。


 今回の事の発端はジャミル村からの陳情から始まっている。


 曰く、家畜の突然死、子供の行方不明、謎の病気などなど。


 そんな報告があれば、優しい領主様のことだ調査に乗り出すのは当然の結果だろう。


 であるならば、敵の目論見は調査団を出させる事か?何の為に?


 普通に考えるのであれば戦力の分散を狙ってのことだろうが、旦那様の話では領都を襲った魔族は約千。


 領都を守る衛兵は五十人程度。最初からそれだけの戦力差であれば多少の分散など意味を成さないだろう。


 そうなると戦力の分散は真意ではない。他に調査団を出させる目的はなんだ?


 ゾンビの補充の為?それであれば他の村から攫ってこればいい。わざわざ裏切りが露見する恐れを犯してまでする必要がない。


 もし敵が、調査団を出させることが目的じゃなくて全滅されることが目的だとしたら?


 領都の戦力を正確に捉えていたのであれば当然第二陣が出ないことは分かっているはず。


 では誰が行く?軍を出せないのであれば個が出るか。


 ただの個人であれば調査団が全滅するほどの相手ではまず歯が立たないのは明白。


 そうなれば、一人でも戦力になる英雄級の人材が必要になる。


 領都に英雄級は三人。領主様とその奥方様。そしてミリア奥様。


 この三人を標的にして?ありえない事ではないが、領主様が決断する確立は限りなく低いだろう。


 ………いや、三人だけではない。まだ一般にお披露目こそされていないが最近もう一人増えていた。そう。旦那様だ。


 旦那様であればまだ領都での仕事もそれほど重要性が高いものに就いておられないので、遊撃性も高い。


 それに屋敷内に駐在する事務官であれば旦那様の実力を知っていても可笑しくはない。


 そういえば、替玉に使われたダンテさんとやらも領都に来たのが二ヶ月前でしたね。


 旦那様が領都に来られた三ヶ月前と比べるとあまりにタイミングが近いのでないか?


 最初から全て仕組まれていたとしたらつじつまがあってくる。


 では旦那様が狙いだとして理由はなんだろうか?


 英雄級をゾンビにして僕化にする?ゾンビになった時点で一度死ぬわけだから降ろしている英霊との契約も切れる。


 そうなると当然、魔法が使えない。そんな英雄級に意味があるだろうか?


 まさか英霊が目的?聞いた話では死体をゾンビとして蘇らせ、僕とするネクロマンサーの中には死霊そのものを僕とする者も居たはず。


 降ろした英霊の契約が切れて天に還る前に僕化するつもりか!?


 敵の目的は推測できた。ただ、さっきから何か違和感が払拭できない。


 なんだ?なにが気になるんだ?


 そうだ!陳情の内容だ。今回の黒幕がネクロマンサーであった場合、家畜の突然死と謎の病気は理解できる。


 自らの僕を増やす為には対象を殺す必要があるからね。


 だけど子供の行方不明ってのはなんだ?何のために攫う必要がある?そもそも何処へ連れて行く?


 わざわざ他の村から攫ってきてまでゾンビを増やしているのになんで子供だけ?


 子供である必要はなんなんだろうか。まさか子供好きのネクロマンサーだったとでもいうのか。馬鹿馬鹿しい。


 子供である必要。子供で。子供………


 ふとセイルお嬢様に視線を移す。旦那様と同じスーツを着込んだセイルお嬢様は疲労の為か奥様の膝の上で寝息を立てている。


 そのすぐ奥では旦那さまも同じように四肢を投げ打って寝息を立てておられる。


 セイルお嬢様が小さいのか旦那様が大きいのか頭の位置は同じでもセイルお嬢様の足先は旦那様の膝丈くらいまでしかない。


 なんとも可愛らしい寝姿だ。微笑ましい状況に癒されながらも何かが頭を掠める。


 膝丈?小さい?そうか!子供である理由。それは小さいことだ!


 狭いところに押し込めるにせよ、同じ空間に押し込めるにせよ子供のほうが大人のサイズより何かと都合がいい。


 つまり子供たちはこの村のどこかに隠されていると考えて良い。


 後は何処に隠されているかを突き止めるだけで…


 あたしの思考はここで中断されることになった。


 バンッと大きな音を立てて教会の天井が抜け、上から子供のゾンビが降り注いだのだった。


「戦闘準備!!!」


 リーダーさんの怒声が響き渡り一斉に戦闘へと移行する。


 ただ一人戦闘になれていない方を除いて。


 そう、セイルお嬢様だけは即時対応できずにいた。


 セイルお嬢様が動けないということはその頭を預けていた奥様も動けないのは必然だった。


 数体のゾンビが奥様に飛び掛った。


 咄嗟のことで思わず体が動いた。メイドの矜持を守るため、戦闘中であっても決して脱ぐ事も無かったメイド服で。


 あたしはなんとか奥様と飛び掛るゾンビの間に体を滑り込ませることに成功した。


 そのまま、奥様を押し倒し覆いかぶさる。


「ネイア!!」


 奥様の叫び声が間近で響く。そんなに叫ばなくてもあたしはここにいますよ。


 この場所は誰にだって譲ってやるものか。なんてたってあたしは奥様の騎士だよ?


 次の瞬間、背中が焼けるように熱くなる。爪か牙か。あたりに血しぶきが舞う。


 よかった。あたしの血は赤いんだね。それだけで満足さ。


「ネイアァァァ!!!」


 再び奥様の悲鳴のような叫び声が聞こえる。でも今度は何故かちょっと遠くから聞こえる。


 おかしいな。奥様は目の前にいるのに。なんでかな?


 そんな疑問を胸にあたしの意識は暗い闇へと沈んでいった。


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