第十二節 SIDE-美和-
いやー我ながら良い仕事をしました。
今、アレク君たちが着ている変身スーツには色々なギミックがございまして、先ほどのVS熊で放ったマッハ突きもそのうちの一つです。
電流を流すことで、某オリハルコン製のスーツよろしく装着者の筋力が増幅される仕様でございます。
しかも流す電流も微量な上にラバースーツで漏電を防いでいるので、デュランダルに干渉しない完璧仕様。
私ってば天才なのではないでしょうか!?…いや、自画自賛はむなしいだけですね……
それはそうと、セイルちゃんのおかげでアレク君の自身の魔力を使うことなく飛べるので、アレク君の徐々に回復してきました。
まだ半分にも満たない状態ではありますけど。
それでも普通に戦闘するくらいは難なくこなせる事でしょう。
それにしても先ほどのラッキースケベイベントにはびっくりですよ。
流石に十歳のセイルちゃんに手を出したら相当不味いことになりますよ?
まったく、私という者がありながら…もとい、ミリアさんという嫁を貰っておきながらなんと言う体たらく。
これは無事に戻ったらおしおきフラグビンビンですね!
そう。皆一緒に無事に帰ったら、ですよ!
(美和さーーーん)
おっと感あり!アレク君からの念話でございまーす。
(どうしました?なにやら情けない声が聞こえましたが)
(さっきからセイルが一言も発しないんですけど、何を怒ってるのか分からないんですよ!)
駄目だこいつ。早くなんとかしないと。
まさかの『怒ってる』とな?
なんですかこの鈍感主人公は。
十歳の淡い恋心は完全無視でございますか?
いやーなんか腹立たしいことこの上ないですね。
(アレク君?本気で言っているなら私も怒りますよ?)
(えぇ!?じゃあ何で黙り込んでるんですか!?)
(はぁ?そうですかアレク君。ちょっと頭冷やしましょうか?)
(いや、あの、その…美和さん?)
アカーン。この子本気で欠片も女心を分かってませんよ。
まぁ嫁を貰ったと言っても十五歳。分からんでもないですが。
仕方ありません。ここは一つ私が一肌脱いで教育といきますか。
(いいですかアレク君。いまセイルちゃんはお兄ちゃん大好きっ娘に変身を遂げました)
(は?セイルが?ありえませんよ)
(黙って聞け。この野郎)
(はい。すいません)
おっと思わずダーク美和っちが出てしまいました。いっけなーい。
(ですが、残念なことにセイルちゃんにも自覚がありません。なぜだか分かりますか?)
(いや、分かりません)
(頭と尻にマムをつけろ!スーパーボール二等兵!)
(マム?スーパーボール??二等兵???どうしちゃったんですか美和さん?)
(黙ってつけろ!)
(マ、マム!分かりません!マム!!)
(よろしい。では続けよう)
なんか変なスイッチ入っちゃいました。
昔映画か何かで見た軍曹もどき降臨でございます。
(やつはまだ若い。ゆえにその感情がなにか分からん。だったら理解できるようにしてやるのが年上の役目だろう?)
(やつって…)
(マムはどうした!)
(マム!失礼しました!マム!!)
(…やっぱり、このテンションはめんどくさいので普通にいきましょう)
(あっ、はい)
(で、セイルちゃんに優しく気付かせてあげる必要があります)
(はぁ…)
なにやら釈然といかないご様子。
そんな事では女心を理解しようなど夢のまた夢ですよ!
(では、具体的にどうすればいいですか?)
(それはですね…)
(それは?)
(特に何もしません)
途端に飛行が乱れます。空中でずっこけるとはなかなか高度な技術を披露してくれますね!
「お兄様!?なにが!?敵襲ですか!?」
ほらセイルちゃんが驚いて声を上げちゃいましたよ。
「いや、なんでもない。なんでもないんだ」
「そ、そうですか…」
はーーーーーーぎこちないったらありゃしない。
このままニヨニヨしてるのもいいですが、これから戦闘に赴くってのに桃色空気じゃ締りが悪いってもんじゃないですよ。
(美和さん!こんな時に冗談はやめてください!)
(いやいや、これが冗談じゃないんですよ)
(どういうことですか!?)
(何もしないっていうのは語弊がありますね。正確に言えばいつも通り接してあげることです)
(いつも通り、ですか)
(そうです。いまのセイルちゃんは初めての感情に戸惑っていて、きっと不安で仕方ないんです。そこでアレク君まで挙動不審になったらどうします?)
(それは……嫌だとか悪いことだとか思ってします)
(そうなんです。もしここでセイルちゃんの恋心が悪いことだと認識してしまえば、心の奥底にしまい込んで二度と顔を出すことはないでしょう。それこそ呪いの様に)
(でも、それでも俺はミリアの夫でセイルの兄です!セイルの気持ちに応えてやれることなんか出来ませんよ!?)
(いいんです。もしセイルちゃんの気持ちが表に出るようなら潔く切ってあげてください。そうすれば次に新しい恋を見つける事が出来ます)
(出てこなければ?)
(その時は完全に気が付かないフリをしてあげてください。いつか自然に薄れていくか、新しい恋に上書きされていくことでしょう)
(そうですか。それが、兄の務めなんですね)
(えぇそうです。頑張れお兄ちゃん!)
(あはは。出来る限り頑張ります)
これにて私の恋愛指導塾は閉店ガラガラ。
ぶっちゃけた話、恋愛なんかしたことありせんがね!
全部が全部、聞きかじった知識ですがね!
あぁーこのリア充どうにかなんねぇーかなぁぁぁ!!
ちくしょうめぇ!
と、悪態をつくもなんのその。桃色空気に変化はございません。
アレク君からの接し方は多少変化があったものまだまだぎこちない。
どうしたものかと考えていたところ、前方に砂埃を視認しました。
あの辺は確か、目的地のジャミル村付近じゃありませんか?
もしかして、大ピンチってやつじゃないですかぁ!?
(アレク君!前方に砂埃を確認!恐らく戦闘によるものかと。しかもジャミル村付近ですよ!!)
「なんですって!?」
あっ、折角念話で話掛けたというのに声に出して応答しちゃいましたよ。
焦っていると声に出ちゃうのはアレク君の悪い癖ですね。
「どうしました!お兄様!!」
ほら、セイルちゃんにも動揺が伝播しちゃいましたよ。
仕方ない。埒をあけてやりましょうかね。
(アレク君。落ち着いてください。まずは目標付近を旋回して状況を確認しましょう)
「わかりました。ごめんセイル。驚かせたね。どうやらジャミル村付近で戦闘があるようなんだ」
「なんですって!?お姉様なのですか!?」
「それは分からない。でも状況を確認してからじゃないとこちらが不利になりかねない」
「そ、それはそうですね…」
「だから、いまから俺達は旋回してジャミル村のほうから砂埃に向かっていく」
「わかりました。お兄様に従います!」
「ありがとう。それじゃあ行くよ!」
進行方向を斜めにずらし大きく迂回する航路を取りました。
そしてジャミル村の入り口付近の上空を経由してから、砂埃に近づいていきます。
地上ではドドドドドドと地響きのような音がしてきました。
私はまさかと思い、目を凝らしますが、砂埃が酷すぎてよく見えません。
(アレク君。上空からでは状況がよく分かりません。すこし近づいてみましょう)
(分かりました!)
私たちは砂埃に突っ込むように低空飛行へ移りました。
直後、信じられない光景が眼下に広がっていました。
ゾンビの群れがすごい勢いで爆走しているではありませんか。
ざっと見ただけでも百体はいるかというところ。
私はこのとき、ふといやな予感が頭を過ぎりました。
(アレク君!集団の先頭まで行ってください!)
(了解です!)
先頭まではそれほど距離はありませんでしたので、すぐに行き着きました。
そこには猛スピードで走る馬車が二台。
そうです。二台しかありません。もう一台はどこに!?
いや、それよりも一台の馬車の天井に見知った人影を見つけました。
ミリアさんでした。途方にくれ、座り込む姿は悲痛でなりません。
「ミリア!!!」
「お姉様!!!」
同じようにミリアさんの姿を見定めた二人が同時に叫びます。
ぴくっとミリアさんが動き、徐々にその瞳へ光が宿ります。
「この声は…アレク?アレクなの!?それにセイルも!?」
なんという夫婦と姉妹の感動の再会。まぁ飛んでる二人は顔が見えませんけども。
そんな感動の一幕を邪魔するようなやつらはこの美和さんが許しません。えぇ!許しませんとも!!
私の頭脳が光って唸る!!お前を倒せと轟き叫びやがりますよ!!
(アレク君!セイルちゃんをミリアさんのところでパージ!そのまま一度馬車を行き過ぎて着地。デュランダルをセイバーモードで展開、迎撃しましょう!)
(了解!!)
さぁ!化け物対峙と洒落込みましょうか!!