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第十一節 SIDE-セイル-

 やってしましました!やってしまいましたわぁ!!


 お兄様に抱きかかえられながらのお空の旅は正直楽しかったです。


 お姉様の加勢に参るというのにも関わらず思わず頬が緩んでしまうほどに。


 ですが、そこへ魔族が乱入してきました。


 お兄様が何かの手を使って撃退すると思いきやいきなりの加速。


 あまりのことに私は…私は…その…粗相をしてしまいました。


 しかもこんな時だというのに水浴びまで要求する始末。


 穴があったら入りたいとはまさにこの事。


 それでもやってしまった以上、少しでも早く済ませるに越したことはありません。


 私は特殊なヘルムを脱ぐと手首についているスイッチを押しました。


 プシュっと空気が抜けるような音がすると私の体に密着していたスーツ―という名前だとお兄様が申されておりました―の緊縛が解き放たれました。


 最後まで抵抗するかのように引っかかっている首元の器具をうなじ側から外すとストンとスーツが滑り落ち、私の肌が現れ出でました。


 スーツの性能が落ちるとかの理由から私は下着の類は一切付けておりませんでしたので、一瞬にして一糸纏わぬ姿となってしまいました。


 こんな森の奥地ではお兄様以外誰も居ないと思いますので私の裸体を見ているのは周辺の木々だけという事になります。


 少しだけ不安になりつつも川辺にスーツを置き、髪を濡らさないように気をつけながら小川に入り身を清めます。


 数分で水浴びを終えると今度はスーツの洗濯を始めました。


 水につけても良いものかと悩みましたが、いまお兄様に聞くわけにもいかず仕方なくそのままざぶざぶと水に沈めて漱ぎました。


 綺麗になったスーツを持って川岸までやってくるとお兄様が向かわれた方向とは反対方向の森からガサリと物音がしました。


 私が何事かと視線を向けると木々の合間から毛むくじゃらの大きな塊がこちらを伺っていました。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 私は思わず悲鳴をあげ、スーツを抱え込みその場にしゃがみ込んでしまいました。


「セイル!?大丈夫か!?」


 すぐにお兄様がやってきて、私に問いかけます。


「あ、あちらの森になにかが!」


「なに!?」


 私の声に興奮したのか木々の間から這い出でたのはとても大きな熊でした。


 熊は「ぐぉぉ!」と一声吼えるとバシャバシャと音を立てながら小川を渡ってきます。


 川岸に居た私は恐怖で体が硬直してしまいました。


 そうしているとお兄様が私の前に立ちはだかり、その大きな熊と相対しています。


 川を渡りきった熊は立ち上がると唸り声を上げて立ち上がり、お兄様を威嚇します。


 お兄様は軽く半身になるとスッと無手のまま構えました。


 いくら戦闘訓練としていたとは言え、素手のままで熊に立ち向かうなど無謀なことです。


 痺れを切らした熊がお兄様へ覆いかぶさるように爪で斬撃を与えてきます。


 私は思わずこれから起きる惨劇から目を逸らすようにきつく目を閉じ俯いてしまいました。


 すぐ近くでズシャっと水が入った皮袋が潰れるような音がしました。


 目を閉じたまま暫く固まっていると回りが静寂に包まれていることに気が付きました。


 私は不審に思い覚悟を決め目を開きまわりを見渡しました。


 そこには無手のまま殴りかかり、その拳が熊の腹部を貫通したまま静止しているお兄様がいました。


 全身に熊の血を浴びながらも決して動こうとしないお兄様。


 腹部に拳大の穴をあけられた熊は暫くぴくぴくと痙攣しておりましたが、やがて力尽きたのかお兄様に寄りかかるように斃れ込みました。


 お兄様は自分の何倍もありそうな熊の巨体を受け止め、何事も無かったかのように脇へと放りました。


 そしてこちらへ振り向くと優しく微笑んで一言。


「怪我はない?」


 私は恐怖と安堵が入り混じったような複雑な感情を抑えきれずお兄様へ抱きつき、泣き出してしまいました。


 熊の血液が全身に付く事も厭わず、抱きつき延々と泣き続ける私。


 そんな私に呆れることも無くお兄様はずっと優しく撫で続けてくれました。


 そうこうしていると少しずつ私は落ち着きを取り戻しつつあり、ふと自分の状況に気が付きました。


 そうです。私、全裸なのです。


「お兄様?私はもう一度水浴びをしてまいりますので、このまま向こうを向いていただいてよろしいですか?」


 一瞬のうちに頭に血が上りましたが、何故かスッと覚めて行き、なにやら不思議な感情が湧いてきました。


 その所為か妙に落ち着いて対応することが出来ました。


 この感情はなんなのでしょう?


 私は始めの感情にどぎまぎしながらもお兄様から離れ再び小川へと向かいます。


 ベタベタとした熊の血液は髪までべったりと付いておりましたので、多少時間がかかりはしましたが何とか洗い終えました。


 そのまま川岸まで来るとスーツを着込み、手首のスイッチと入れるとプシューと空気が入るような音を立てながら私の体に密着していきます。


「お兄様。終わりましたよ」


 後はヘルムをかぶるだけどなった私はお兄様へと告げました。


「それじゃあ俺も綺麗にしようかなーと、セイル。だめじゃないか髪が濡れたままだよ?ちょっと待ってな」


 お兄様はそう言うと私へ右手を掲げるとそこから勢い良く風が流れました。


 私の髪は一瞬だけ後ろへ流れ、すぐに元に戻るとどういう原理かわかりませんが、綺麗に乾いて整っておりました。


「これで大丈夫だね?」


「はい。ありがとうございます」


 私がお礼を告げるとお兄様は小さく頷きそのまま小川へと入っていきました。


 どうやらスーツのままでも洗い流せるようでした。


 さっきまでの私の葛藤が無駄になったかと思うと少しだけ悔しい思いもありましたが、取扱方法を聞いていなかった自らの責任である以上、誰も攻めることが出来ません。


 ほんの数秒で小川から上がったお兄様はブルブルっと小刻みに振動すると次の瞬間には水滴一つついていない綺麗なお姿でした。


 スーツの機能なのか魔法によるものなのか分かりませんが、とにかく便利そうです。


「それじゃ行こうか」


「はい」


 私たちは手短に会話を済ますと先ほどと同様にお兄様が私を後ろから抱きかかえるようにするとスッと浮かび上がり、そのまま大空へと飛び立ちます。


「あとどれくらいですか?」


「そうだね…一時間もかからないと思うよ」


「そうですか。お姉様は無事でしょうか…」


「大丈夫。絶対に大丈夫」


 ふと私が不安を漏らすとお兄様は力強く肯定してくださいました。


 お兄様が言うと本当に大丈夫な気がしてくるから不思議です。


 お兄様はお姉様を信頼しているのだと思うと嬉しく思う反面、なぜか胸がチクリと痛みました。


 なぜこのようなことが?


 これはなんなの?


 どうなってしまったの?


 私にはこの胸の痛みがなんなのか良く分かりませんでした。


 私にはこの感情の名前が分かりませんでした。


 小さく燃え始めた炎を胸に今はただ、背中にお兄様を感じながら飛んでいくだけです。


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