第七節 SIDE-美和-
この世界には電気が普及していない為か、街中以外では夜は非常に暗いです。
あるのは月明かり程度。その代わりといってはなんですが、光源さえ見つければかなり遠いところからでも目印に出来ます。
何が言いたいかと言うと領都が視野に入るほどの距離まで迫ってきています。
先ほどまでリラックスしていたアレク君の表情にも緊張が走っています。
「大丈夫ですよ」
根拠も何もあったもんじゃないですし、気休め程度の言葉ですが声をかけざるを得ないほどに。
アレク君は一度だけ私に視線を移すと静かに頷きまたしっかりと領都見据えています。
それから十分ほどで領都上空までやってきました。
「これは…どういうことですか!?」
「私にもさっぱりわかりません…」
今は領都の上空100mほどの場所でホバリングしています。
眼下に見据える領都は氷のドームにすっぽりと覆われており、北門周辺ではあちらこちらで炎の渦が立ちこめ微かに戦闘音が聞こえてきます。
アレク君の質問に答えれない口惜しさもありますが、誰が戦っているにせよまずはそちらに加勢するべきと判断しました。
「このドームの内部も気になりますが、まずはあちらを処理しましょう」
私が北門周辺を指差し告げると、アレク君も同様に考えたのかしっかりと頷き向かいます。
戦闘地域に近づくにつれ、ありえない情景が視界に入ってきます。
数百人の相手に対したった二人で戦いを挑んでおられるご様子。
しかもちょっと優勢っぽい試合運び。その姿はまさになんちゃら無双のごとく。
「父さん!カイン様!!」
そうなんです。その主役級のお二人はなんとアレク君のお父さんと領主様。新旧父上揃い踏み。
いやはやまさかこんなにお強いとは。
アレク君が声をかけるもお二人は戦闘真っ只中そうやすやすと返答をもらえるはずも…
「おぉ!アレク。無事だったか」
「うむ。アレク君。無事でなによりだ」
無いと思ってたんですけどねー
がっつりこちらに振り向いてまでお返事いただいちゃいましたよ。
思っていたより余裕がありやがりますね。このダブルパパンズは。
おやおやー?お敵さんをよく見ると角が生えたり、羽が生えたり、尻尾が生えたりと人類のそれとは異形のアレ。
先ほど戦いました魔族ってやつですかね。
うちのアレク君だって人型童貞はもう卒業済みですから戦力になりますよ。
(美和さん!俺も戦う!)
ね?だと思いましたよ。
(アレク君、今のお二人に近づくのは危ないですから、後方から支援に徹しましょう)
(でも!)
(よく見てください。あの二人はあの状態で均衡が取れています。あそこにアレク君が入ると動きに制限が出来て、最悪の場合、数の利を生かしての突撃によって押し込まれてしまう可能性があります)
(ですけど!)
(アレク君。戦闘とは前線よりも後方支援の方が重要です。お二人の負担を減らしたいのであればここは私に任せてください)
(………わかりました。お願いします)
うん。よろしい。
正直なところ、あの化け物級二人に割っているほど私の計算能力は高くないのですよ。
アレク君はしぶしぶながらも私に従って、お二人の後方20mほどのところで着地しました。
(それで何をすればいいですか?)
(それはですね…よく見てください。敵は確かに大勢いますが、お二人と戦っているのは数十人程度ですよね?)
普通は数人ですけどね!!
(そうなると後方で待機している敵の方が多いのは当たり前ですよね?)
(そこを攻撃しろと?)
(えぇそうなんですが、もっと良く見てください)
私がスッと指差してアレク君の視線を誘導します。
攻撃待ちをしているお敵さんのすこし後方。
やけに大きい盾を持った数人に囲まれている一団の中心。
あちらこちらに指を刺し激を飛ばしているお方。
(あれが指揮官です)
この世界では遠距離の連絡方法がありませんので、大規模戦闘となれば現場指揮官の裁量権は多大なものになります。
なんせ本部と交信が出来ないわけですから、全て現場判断となります。
当然この戦闘でも指揮官の存在が戦闘の行方を左右するほどに大きいことでしょう。
さらに今のところ隠密性の高い遠距離攻撃というのが未だ発達していないため、狙撃に対する警戒もほぼ皆無と言っても過言ではないでしょう。
つまりは私のアレク君の独断場。さくっと狙撃してしまいましょう。
(あれを狙撃してください)
(え、でも一人だけ倒したところで…)
(つべこべ言わずに、いいからやる!)
(は、はい!!ブレイク!アーチャーモード!)
おっ、一応陣中だってことを考慮にいれて念話モードで変形指示がきましたよっと。
ここは素直に評価できるところですね。
まぁ発射時に発光しちゃうんでどうせ目立っちゃいますがね!
そうこうしているとロングブーツはライフルへと変貌を遂げました。
そしてスッと立位で構えて間髪おかずに発射。
私が弾道軌道修正をしていますので、そりゃあもうどんぴしゃで直撃しましたとも。
少し暗がりにいますので、完璧には見えませんがあちらでは汚い花火を上げていることでしょう。
指揮官を失ったことで取り囲んでいた盾部隊に動揺が走ります。
その空気は一瞬のうちに伝播して前線間際のお敵さんも同じようにあたふたし始めました。こうなったら後は混乱を待つだけです。
案の定、お敵さんの足並みは崩れ始め、後方からの支援も届かない、交代の兵も現れないはで前線は総崩れとなっていきます。
前線が崩れてしまうと今度はダブルパパンズの出番です。
領主様が斬り込み後方に穴をあけるとそこへお父さんの炎が穴を左右に広げます。
アレク君が到着してから30分としないうちにお敵さんは散り散りに退散していきました。
(ね?後方支援って重要でしょ?)
(たった一発でここまで崩れるとは思いもしませんでした)
(私の世界ではいつもどこかで争いがありましたから…そういった戦術はかなり発達してるんです…)
少しだけ…本当に少しだけ悲しい気持ちになりました。
(…どれほどの修羅場を潜ってきたんですか…)
アレク君のずれた理解に思わず吹きだしてしまいそんな気持ちはすぐにどこかへ飛んでいきます。
(いえ、そういう書物が沢山あっただけで、私の生活区域は平和そのものでしたよ?)
(あぁ、そういうことですか)
自分の勘違いに気が付いたのか顔を赤くさせて俯くアレク君。
もう可愛いですねこの子は!!
気が付けば掃討戦が終わったのかお二人がこちらへ歩いてきます。
「よぉアレク。無事で何よりだ。なんか途中から魔族どもの統制が崩れたけど何かしたのか?」
お父さんが片手を上げて軽い口調でアレク君へ問いかけます。
アレだけの戦闘があったばかりだというのにかすり傷一つ負っている様子は見受けられません。
「美和さんに言われて相手の指揮官を狙撃しただけだよ」
「指揮官をか。なるほどそういう戦い方もあるのだな」
アレク君の返答に今度は領主様が反応しました。
こちらも見える範囲では傷を負っているようには見受けられません。
「美和さんの世界での戦術だそうです」
「ほぉ…それは是非一度ゆっくりとお話させて頂きたいところかの」
(申し訳ありませんが、ご希望にお答えできませんとお伝えください)
「理由は分かりませんが、ちょっと難しいようです…」
「そうか、残念だ」
いくら領主様の願いとはいえ、まだこの世界に首刈戦術を普及させるわけには行かない。
もし、そうなれば総力戦に突入しかねないし、なにより戦争の激化で犠牲者が増加する恐れもある。
そんなのは…私の世界だけで十分だ。戦術だ伝播するにしても出来るだけ遅らせたい。
「こんなところで立ち話もなんだ。屋敷に戻るとしようか」
領主様は気を悪くされた様子も無く散歩から帰宅するかのような軽い感じで氷の壁に向かう。
「えっ?でもこの氷の壁が…」
アレク君が止める暇も無く領主様が壁の前まで歩み寄ると…切り刻んだ。
私の目にも捉えられないほどの速度で数回。
最後に手で軽く押すとばらばらと氷塊となって崩れさった。
後には人一人が立って通れる位のサイズの穴となって現れます。
どう見ても厚みが1m近くあるように見えるんですけど、一体どんな斬撃をかますとスパッと切れるんですか!?
やはりあの剣が魔法効果が付与されているんでしょうか?それとも領主様の魔法?
私が疑問の糸を解きに掛かっていると、さも当然のように一堂が歩き出して、氷のアーチを潜っていきました。
一人置いていかれるわけにもいかず、思考を切り上げて追いかけます。
アーチを潜り終えると跡形も無く崩れ去った北門が見えてきました。
その北門跡地に女性が一人と幼女が一人、私たちの到着を待ち望んでいるように立っています。
「お疲れ様でございました。穴を塞ぎますので、暫しお待ちを」
女性の方―領主様の奥方様―が小声で何かを唱えると見る見るうちに氷壁の穴が修復されていきます。
完全に塞ぎきる前に幼女の方―セイルちゃん―が動き出しました。
「お父様!ケイトおじ様!お怪我はございませんか?」
「あの程度の敵、余裕であったわ」
「あんなもんじゃ、俺らにはかすり傷すらつかねぇよ」
心配そうなセイルちゃんに笑顔で答えるダブルパパンズ。
『あの程度』とか『あんなもん』とか、戦力差500倍なんぞスパルタの戦士もびっくりですよ。
それを無傷で渡り歩く………この世界の父親は化け物か!?
などと現実逃避してますが、先ほどからアレク君が静かなのが気になります。
うーん案の定、情報過多で処理不能に陥ってますね。
分からないでもありませんけど、ちょいとばかし情けない限り。
「ところでアレクさんがなぜここにいらっしゃるので?」
そんな呆け度MAXなアレク君にふと奥方様からお声がかかります。
あまりにもゆったりと日常会話のようなお声がけでアレク君の呆けも抜け切らない様子。
「お兄様!お姉様もご一緒なんですか!?」
そこにお姉様大好きっ娘のセイルちゃんの追撃。
流石にアレク君も呆けの尻尾が途切れたようで、顔に険しさが戻ってまいりました。
「実はジャミル村にあと一日程度のところまで迫っていたのですが、ゾンビの群れに襲われて…」
「なんと!?それで他の皆は無事なのか!?」
「俺達一団は全員無事です。ただそのゾンビというのが調査団とジャミル村の村人でした」
「そうか…調査団と村人が…」
一同に暗雲が立ち込めました。それでもアレク君の報告は続きます。
「調査団十四名のゾンビ化が確認され、確認出来なかった残りの一名が今回の黒幕ではないかという結論にいたりました」
「そう考えるのが無難であろう。そうなるとやはりあの事務官が共犯者であったのだろうな。随分と長期にねずみが住み着いておったようだ」
苦虫をダース単位で噛み潰したようなしかめっ面を浮かべ領主様が悔やむ。
「ここで文句言ったところで何も解決にしねぇよ。それよりもアレクから詳しい報告とこれからどうするかを考えようじゃねぇか」
「そうですわ。まずは現状を打開することが先決。悔やむのはそれからでも遅くはないでしょう」
重たい空気を払拭するようにお父さんと奥方様が皆へ告げる。
「それもそうだな。門外の奴らもまだ全滅させたわけでもなかろう。これからに備えて一度屋敷に戻って休息を取るとしよう」
領主様の提案に一同頷き、一路屋敷へ歩を進める。
長い長い夜はまだ始まったばかりだ。