第六節 SIDE-アレク-
ミリアの下を飛び立ってからそろそろ二時間が経過しようというところ、俺は暗くなり始めた空を飛んでいた。
「それにしてもいいお嫁さんを貰いましたね」
ふと美和さんが話しかけてくれた。
「本当に。俺にはもったいないくらいですよ」
「ふふっ、私にはお似合いの夫婦に見えますよ?」
「そうですか?美和さんにそう言ってもらえるなら嬉しいかな」
「えぇ、本心からそう思います。互いに互いを思いやり尊重し、それでいて迷いがあれば道を示す。理想の夫婦じゃないですか」
美和さんが俺の前まできてしっかりと視線を合わせて語りかけてくる。
俺は思わず照れくさくて目をそらしてしまった。
「あぁ!アレク君が私の視線をそらした!もう私は用済みなんですね…ぐすん」
「ちょっと!そんなつもりじゃ!」
不味い!泣かせた!?
俺はすぐに視線を戻す。そこにはニヤニヤとにやけた美和さんの顔があった。
ちくしょう!また騙された!!
美和さんが来てから三年間とちょっと。いつもいつもこの人にはおちょくられ続けている。
「みーわーさーん?」
「あははは、本当にアレク君は素直ですねー」
美和さんが笑いながら俺の頭を撫でる。
実際に触れているわけではないけどなんとなく心地よい気持ちになる。
気が付くと俺の怒りは不安と一緒にどこかへ飛んで行った。
「そう、そうです。アレク君はそんな眉間にしわを寄せるような怖い顔は似合いませんよ」
「美和さん…ありがとうございます」
「どういたしまいして」
少しだけ気分が晴れた俺は美和さんと笑い合う。
「「!?」」
直後、前方に大きな羽の生えた影を見つけて二人ともはじけるように注視する。
影は全部で六体。鳥…にしてはでかすぎる。
恐らく羽を広げた全長は3mといったところか。
飛行速度はそこまで速くは無いけど現状が全力とは限らない。
(迂回しますか?)
(見つからないように飛行するとロスがどれくらいになりますか?)
美和さんの提案は魅力的だけど、時間のロスだけは避けたい。
(そうですね…一時間は余分にかかるかと)
一時間か…いまは受け入れがたいロスタイムだ。
しかし前方の影が敵であった場合、今の俺ではデュランダルが使えないので戦闘能力はあまり期待できない。
デュランダルの使用以外にも制限はある。
展開してるライダーモードの磁場に干渉するわけには行かないので得意な雷属性魔法は使えない。
飛んでいる以上は土、木属性も難しい。そうなると火か水か風のどれか。
飛行速度を考えると火と水はあまり期待できない。両属性ともに発射速度がそこまで速くないので、飛行中ではあまり威力が出ない。
そうなると風属性か…苦手なんだよな…
(戦闘するか…あとは全力で飛行して一気に振り切るくらいですが、どうします?)
(うーん…振り切れる可能性はどの程度ですか?)
(そうですね…いまのアレらが60%程度の巡航速度だと仮定すると十分に勝算はあります。ですが、それ以下であった場合かなり厳しい戦いになるかと。まして相手は複数。囲まれたら抜け出す事も出来ません)
(あまり分の良くない賭けになりそうですね)
何事もなく振り切れるのが三割くらいで考えておいた方がよさそうな感じかな…
かといって一時間のロスはありえない。
(えぇ、むしろ今のうちに準備してアウトレンジから奇襲した方が一番ロスが少なくなると思いますよ?)
(ちょっと待ってください。前方のアレらが敵で無かった場合、不味くないですか?)
(あっ………)
美和さん…さては、敵でなかった場合を全くもって想定してなかったな…
まぁ現状を鑑みるに十中八九、敵だとは思うけど。それでも他の領地で使役してる魔物だったりすると大問題だ。
(分の悪い賭けだとしてもまずは突っ込むしか他に手は無さそうですね…)
俺は意を決するとデュランダルに魔力を流し込み、速度を上げる。
見る見る内に6体の影が近づいてくる。詳細が目視できるぐらいには接近した。
あれは…ガーゴイルじゃないし…当然、鳥でもない……
一番後ろを飛んでいた1体がこちらに気が付き振り向く。
頭にはツノがあり、背中から禍々しい羽が生えてっ!?不味い魔族だ!!!
(美和さん!あれは魔族です!完全に完璧に人類の敵です!)
振り向いた1体がこちらに向かって氷の槍を飛ばしてくる。
俺は咄嗟に体を捻ってよける。
攻撃に追尾機能は無いようで寸でのところで交差する。
他の5体も振り向いて次々と魔法を放ってくる。
ライダーモード展開中で障壁が存在しない防御力皆無の俺には一発でも食らえば致命傷になる。
俺は回避の為、咄嗟に右へと進路を変えた。
「アレク君!危ない!!」
美和さんの警告とともに左肩に激痛が走る。
どうやら打ち出された魔法の内、一発が肩を掠めたようだ。
それだけでも鮮血が舞い、左腕の感覚が失われた。
「いってぇぇぇぇ!!」
俺は激痛に耐えながら、なお速度を上げて突き進む。
幸いその後は攻撃が当ることなく通り過ぎることに成功した。
しかし魔族の奴らは諦めることなくこちらに追いすがってくる。
奴らの全速力とは速度的にこちらのほうがわずかに劣っているようで徐々に距離が縮まってきている。
攻撃は当るは賭けにも負けるは散々な結果じゃないか!!
俺は心の中で悪態をつく。
「さて、アレク君。絶体絶命のピンチですがここで問題です」
美和さんがいつもの魔術研究のように軽やかな口調で語りかける。
こういう時の美和さんは割りと期待できるので俺は静かに聞き入る。
「いまアレク君が飛んでいる高さは地上から約200mほどです。この高さから自由落下を始めた場合、何秒で地上へ到達するでしょう?アレク君の装備と体重は合わせて70kgとします」
はぁ!?ここにきてまさかの科学問題!?
期待して損した気分だよ…
「あの美和さん…それ今じゃなきゃ駄目ですか!?」
「駄目です」
俺の非難の声にも美和さんははっきりと否定する。
まさか打開策に繋がる問題なのか?でも落下時間を算出するって…
俺は過去に美和さんから教えてもらった公式を頭の隅から引っ張り出して急いで計算した。
正直、しっかり計算できるような状態じゃないのでなんとなくだけど。
「えっと…約6秒!45度上方に射出すればもう1秒か2秒は稼げるはずです!」
「概ね正解です」
「よし!」
戦闘中にも関わらず思わずガッツポーズ。
「それではデュランダルのモード変換に掛かる時間は?」
「約1秒!」
「レールガンの連射速度は?」
「それも約1秒!」
「落下スピードから反転して上昇までに掛かる時間は?」
「え………落下時のスピードが約220kmと仮定すると……2秒?」
「んーまぁいいでしょう。正解とします。それでは後ろの6体を全部狙撃して反転上昇するまでの合計時間は?」
なるほどそういうことね。
俺の期待は無駄ではなかったことに安堵した。
「10秒!!」
「正解です。それでは今の高度、200mではその10秒に足りませんが、どうしましょう?」
美和さんはそこまで言うとにやりと笑った。
「そんなの決まってるじゃないですか!足りなければ稼げばいい!」
俺はそう宣言すると進行方向を真上に変えぐんぐん上昇していく。
地表から1000mといったところか。ここまで来れば14秒くらいまで稼げたはず。
美和さんの合図で俺は作戦を実行する為、上昇角度を45度へ変更してそのままデュランダルのモード変換を行う。
「ブレイク!アーチャーモード!」
ロングブーツが砕け散り俺の手にはロングライフルが形成された。
先ほどあったGはなりを潜め、一瞬の浮遊感の後、俺の体は地表に向かって大きく進路を変える。
ここからは時間の勝負だ。地表へのタッチダウンに向けていまカウントダウンがスタートした。
「一発目!」
自由落下を始めた直後、俺は追いすがってきた魔族のうち一番先頭を飛んできた1体へ狙いを定め狙撃。
頭の左右についた角の丁度中央辺り。眉間に吸い込まれた弾はその運動エネルギーをほぼ減衰することなく突き抜けた。
頭部から一筋の赤い尾を引きながら落下していく魔族は静かに命の灯火を消した。
「二発目!三発目!!」
俺は順調に狙撃を完遂していく。
百発百中のこの狙撃術は決して俺の実力ではないので、素直に喜べないところ。
俺が銃身についている照準を定めるてトリガーを引くと、重力や減速による弾道変化を美和さんが計算し射出時に微調整してくれているからだ。
ありがたい反面なんとなく釈然としないが、こういう時は正直ありがたい。
「四!五!!」
残り1体となった魔物はつぎつぎと斃れていく仲間に困惑しあたふたと上空に留まっている。
チャンスだ!
「ラスト!!」
落下しながら狙撃をしている関係上、当然俺は魔物より下方にいる。
通常、上方への狙撃は重力による速度減衰の計算がより複雑になる。
さらには連続しての狙撃。
銃身への加熱による微妙な形状変化。
その他様々な理由を抱えての戦闘。
考えれば考えるほど理由が浮かぶ。
その結果………
「「外した!?」」
そう、それまで順調だった狙撃に失敗した。
「アレク君、まだ大丈夫!時間はあります!」
俺はあまりの衝撃に一瞬呆けてしまったが、美和さんの言葉でなんとか体勢を整える。
再度の照準。そしてゆっくりといつもよりも時間をかけて、それでいてすばやくトリガーを引く。
「やった…」
今度は命中した。
俺達二人に安堵の空気が流れる。
ほっとしたのもつかの間。
「アレク君!反転!!」
「あっ!そうだった!!」
ここは大空で俺は落下中。
戦闘が終わったことに安堵して思わず忘却の彼方へ飛んで行っていた。
地表が目に付くレベルまで迫っている。
「ブレイク!ライダーモード!」
手にしていたライフルが一瞬にして分解されると数瞬の間を置いて、俺の両足に銀色のロングブーツが出現する。
俺は何とか空中で姿勢を整えるとブーツから射出される衝撃にそなえる。
ばさばさと木々の枝をクッションにしながら落下する。
地表まで残り数mというところで俺の体はなんとか上昇を始める。
「「助かった…」」
この度こそ本当に安堵の空気が流れる。
正直なところ、こんな体験はもう二度と御免被りたいところだ。
それにしても魔族か…今回の事件に関係あるんだろうか?
いや、あるんだろうけどさ。
でもそうなると魔族が侵略してきた?
魔族の国からは地理的に帝国を間に挟むのはず…まさか素通りして?
いやいや、あの『魔族から人類を救済する!』とかなんとか言ってそこら中の国から金を集めてるような帝国が見逃すか?
………まさかとは思うけど帝国と魔族が手を組んだ?全人類を敵に回して?
ありえ……なくはない。なんせ『全ての起源は帝国にあり!』とか宣言しちゃうような頭の可笑しい皇帝がいるような国だ。
しかもその昔、歴史を捻じ曲げてまでうちの国を悪役に仕立て上げ侵略戦争仕掛けてきたこともあるほど。
目先の利益につられて行動したとしても別段、驚きもしない。
うちの国からするとお隣の国とは言え、もっとも近くてもっとも遠い国って言われちゃうようなところだもんな………
魔族の出現に頭が痛くなるような感覚に陥りながらも、お隣の国に現状についてより一層頭が痛くなった気がした。
そんな重たい頭を引きずりながらも俺は飛ぶ。
領都救済に向かって。
空はもう完全に夜の姿に変えていた。