第五節 SIDE-カイン-
アレク君とミリアを送り出してから一週間が過ぎ去っておった。
ジャミル村からの報告もこれ以上あがらんし、なにより調査団の行方もいまだ知れずじまいだ。
領都ではこれといって問題が起こる事も無くいつもと変わらぬ生活を送っておる。
その時が来るまでは。
いつものように仕事を片付ける為、自室の執務室に篭っておったところ静寂を打ち破るように轟音と地響きがわしを襲った。
「何事だ!?」
わしは外の様子を伺おうと椅子をけり倒し立ち上がるとすぐ後ろの大きな窓へと振り返る。
「あの黒煙はなんだ?方角的には…北門になるか?」
窓の右端に捕らえたのはもうもうと空高くまで昇る黒煙だ。
「事務官、伝達は!?」
わしはこのような有事に備え、領都の情報をそれこを噂レベルに至るまで集めておる。
その情報網を支えておるのが我が自慢の事務官たち―幼少から才能を見出し領都へ迎え、自らの手で教育した精鋭たち―だ。
各所に網を張りすばやい情報の伝達が出来るよう近距離ではあるものの魔法を使った伝聞を送る手法も構成し、なにかあれば即時わしへ情報が集まるように整えておる。
そのため必ずわしの執務室の近辺は魔法伝達が行える事務官が滞在しておるはずだった。
わしが呼びかけると即座にドアが開かれ、事務官が這い入ってきた。
「報告します!ただいま北門にて大規模な爆発あり。門の被害はほぼ原型を留めていないとのこと。また北門の外、百歩ほどの距離に約1000人を超える規模の軍勢ありとの目撃報告が上がってきております!」
「なんだと!?1000人規模の軍勢だと!?見張りは何をしておったのだ!?」
「それが、見張りの報告では突如として出現したとしか…」
「ぬぅ…隠蔽の魔法で接近しておったか…それほどの大規模を隠蔽するとなると相当数の術師が編成されておるか…」
絶望的な戦力さだ。この領都にも衛兵は滞在しておるが先の調査団に派遣したため人数を減らしておる。
仮に調査団が無事に生きておったとしてもあくまでも治安維持部隊。総勢でも五十名ほどしかおらん。
それが1000人を超える軍勢を相手取るとなると勝敗など火を見るよりも明らかだ。
「至急、王都へ遣いをやれ!援軍が来るまで時間を稼ぐ。わしも出るぞ!!」
「はっ!」
事務官は即、魔法伝達を行使して指示を行っておるようだ。
わしは領民を守らねばならん。その為に執務室の一角に鎮座しておる我が家、代々の宝剣『カリバーン』を手にするべく歩みよる。
数歩『カリバーン』へ向かって歩くと、すぐ後ろ―事務官のおったところ―で何かが床に落ちる音がした。
「何事だ!?」
わしが振り返ると胸の辺りから炎の剣を生やした事務官がおった。
床には短剣が落ちており、先ほどの落下音はこれが原因のようだった。
スッと炎の剣が音も無く消えるとドサッと事務官が倒れ込む。既に生体反応は感じられん。
事務官が倒れ込むとすぐ後ろから見慣れた顔を覗かせる。
「領主様とあろう御方が随分と油断なさっておりますなーまさかこの程度の有事で錯乱しておいでで?」
ケイトだった。
ケイトは室内へ入ると短剣を拾い上げわしへ告げる。
「この短剣でお前に襲い掛かろうとしてたもんで思わず殺っちまったが問題ないよな?」
「なに!?そやつはわしの事務官だが………」
わしが既に事切れておる事務官へと視線を向けると目の前でその姿が崩れ始めた。
まるで最初から居なかったかのように完全に液体となり絨毯の一角に大きなシミを作りおった。
「魔道生物だと!?まさか…事務官に化けておったのか!?」
「どうやらこの一件は魔族が関わっておられるようですなー」
相も変わらず飄々とケイトが告げる。言っておる内容は反して重要事項ではあるが。
「魔族と手を組んで侵攻だと!?なんたる非道か!!」
わしは憤慨を隠そうともせず感情を爆発させた。
「落ち着きなさい!領主たる者この程度の事で取り乱してなるものですか!!」
わしへの叱咤とともにもう一人執務室へ入ってくる。
「ニ、ニーナ…」
わしの嫁、ニーナ=エクルストンその人だった。
「おぉ、怖っ!流石、我らが『氷帝』様だわ」
「ケイトさん?なにかおっしゃいまして?」
「いえ、何も」
ケイトのやつも王宮研究所時代の同期次席『氷帝・ニーナ』の前では形無しだ。
思わず苦笑がもれた。
「あなた?一体何がおかしいのですか?」
「いえ、何も」
ニーナの凍てつくような視線を浴びてガッチガチに固まる。
そういえばわしら二人ともニーナの前ではいつも萎縮してなにも言えなかったな。
ふと懐かしい記憶がよみがえる。
わしら三人はいつも一緒だった。貴族には珍しく親同士の交流が綿密に行われており、たまたま同世代であったわしらは俗に言う幼馴染だった。
貴族として育ち、何事も無く研究所へ所属し、各人がそれなりの成果を収め、気が付けばほぼ同時に王宮研究所へ入所しておった。
よって同期。わしは三次席としてニーナは次席として。そしてケイトのやつは主席として。
ある日、研究所の人員移動で強制的にケイトとニーナが軍へ編成されることになった。
軍での活躍は目覚ましく、二人とも瞬く間に英雄扱いを受けることになった。
丁度そのころは帝国との争いが絶えず、日々大量の犠牲者が出ておったのを記憶しておる。
そして停戦を迎える数日前に帝国から大規模動員があった。
数千とも数万とも言われておる帝国軍は正体不明の攻撃を受け一夜にして壊滅。駐屯していた土地では大地がガラス化するほどの高温で焼かれた跡が発見されておる。
結局原因は判明しないまま停戦を迎え、真実は今日まで闇の中であった。
この戦闘を期にケイトとニーナは軍を抜け、わしも自らの領地へ戻った。
あとはわしが偶然再会したニーナに求婚し夫婦となり、祝いに来たケイトと子供同士の婚約の約束をして現在にいたる。
「あなた!何を呆けておられるのですか!?」
「おぉ、すまんすまん。ちょっとな」
まさか昔話に思考をやっておったなどといえるわけも無くわしはごまかす。
「全く…しっかりしてください!」
「すまん、もう大丈夫だ。先ほど事務官に王都への遣いを命じたのだが…今はそこで溶けておるのでな。他の事務官を探して命じておいてくれんか?」
「承知いたしました。それでは詰め所へ行ってまいります」
「よろしく頼む」
ニーナはこんな時でも優雅にお辞儀をするとしゃなりしゃなりと静かに退室していった。
まったく、奴の心臓には毛でも生えておるんではないのかと疑いたくもなる。
「さて、領主様。手が足りないのならここに優秀な術師がおりますが、お雇いになられますかな?」
ケイトのやつがにやけ顔でわしへと問う。
こやつもこやつで…わしの周りには頼りになるやつが多くて助かるな!
「うむ。それでは働いてもらうとするか」
「仰せのままに」
ケイトはまるで御伽噺に出てくる騎士のように悠々とお辞儀をしおった。
「それで、俺はどうすればいい?」
ケイトが顔を上げるともう昔の顔にもどっておった。
なんともまぁ変わり身の早いことで。
「そうだな。報告が正しければ北門が爆散したらしい。このまま放置すれば領都が1000人の軍勢に蹂躙されてしまう。わしらは王都からの援軍来るまでの間、都外へ打って出て時間を稼ごうと思うがどうだ?」
「いいんじゃないか?だが俺達二人とも攻勢に出るとなると防衛はどうする?」
「防衛はニーナがあたる」
「ほぉ…まさか『コキュートス』か?」
「そのまさかだ」
わしの言葉にケイトの顔がすっと青ざめる。
「おいおいおい…領民を凍えさせるつもりか?」
「仕方なかろう。それに蹂躙されるよりは遥かにマシだ」
「確かにそうなんだが…」
大規模防衛魔法『コキュートス』
この国で一番の防衛力を誇るニーナの大規模魔法で、分厚い氷の壁を発生させ指定範囲を半円形に覆う全方位型防御魔法だ。
ただし難点があり、内部の温度が急激に低下する。場合によっては凍死する恐れもある危険な魔法だ。
「王都からの援軍が到着するまでの間だけだ。準備期間も入れると十日ほどであろう。それに遠距離魔法の使い手を先に潰してしまえば天井部分は取っ払える」
「違いねぇわ。そんじゃニーナが戻り次第、気合いれていきますかね」
「あぁ、気合を入れていかねば『氷帝』様に叱られてしまう」
わしは苦笑すると『カリバーン』を手に取り抜剣する。
いつも手入れを完璧にしておったおかげかキラリと刀身が光る。
「おっ『剣聖』様のご登場ときたもんだ」
「なに『炎神』様ほどのビックネームではないさ」
わしらはお互いに笑い合い、まるで昔に戻ったような感覚を楽しんだ。
「大の大人が二人も揃ってニヤニヤと…随分と楽しそうでございますわね」
そこへタイミングよくニーナが戻りおった。
わしらはまるでイタズラが見つかったようにお互いにビクッと小さく肩を振るわせ、またそれが可笑しくて笑い合った。
「本当にいつまでも子供なのですから…さぁ、悪ガキ二人で、どのような悪巧みをお考えでございますか?」
ニーナは呆れながら、微笑む。
「あぁ、そうだな。きっと笑い出してしまうようなイタズラだ。歩きながらでも話そう」
わしがにやりと笑い、歩き出す。
「まったくこの夫婦は…付き合うこっちの身にもなってほしいもんだな」
ケイトが苦笑しつつ、付き従う。
昔なじみの悪友三人が今、出撃する。