第四節 SIDE-ミリア-
アレクを馬車に無理やり押し込んでからというものずっと私の膝の上で泣き続けております。
まだ幾ら成人しているとはいえ私よりも一つ下の十五歳なのですから致し方ございません。
通常の戦闘は入籍前に訓練で経験があるようですが、アンデッド系…いえ、対人戦闘の経験は皆無でございました。
しかも敵対したゾンビの群れには我が領都の調査団メンバーも混ざっていた様子。
ここ三ヶ月の間、アレクは時間を見つけては街に出掛けては領民との交流を持つよう心がけておりましたので、もしかしたら顔見知りが居たのかもしれません。
そんな方々を自らの手で屠ったのですから心身ともに疲弊しきったと言っても過言ではございません。
私は少しでも心労を癒すことが出来ればと膝の上でアレクの頭を勤めて優しくなで続けます。
暫くすると少し落ち着きを取り戻したのか、はたまた泣き疲れてしまったのか気が付けばすすり泣く声は消え、静かな寝息が聞こえてまいりました。
ふと馬車の窓から外を伺うとネイアが作業中の護衛の方々を集め、なにやら話し合っている様子が見えて取れました。
「ネイアが何かを持っている?羊皮紙のようですが…なんでしょうか?」
流石にここからでは何が書いてあるかまでは確認出来ませんが、焼け残った装備品を確認しているようですから恐らく調査団の人員確認を行っているのでしょう。
「一人でも生存者が居れば話が聞けるかも知れませんが…正直、望みは薄いかも知れませんね…」
確認が終わり積みあがっていく装備品の量から推測すると少なく見積もっても十名以上。
調査団のほとんどがこの場に居たことになります。ゾンビとなって。
戦闘中に窓から見えたゾンビの数はそれ以上だったことから今から向かう予定であったジャミル村の村民の方も恐らくは…
一度にそれだけの人数をアンデッド化することは容易ではいかないはず。
ましてゾンビの群れには動物ゾンビの姿もございました。まったく無いということはございませんが、目撃例は極少数であったと記憶しております。
そうなると今回のアンデッド化は自然発生した魔物の仕業ではなく人為的な…ネクロマンサーの仕業である可能性が高いと推測できます。
自然発生にせよ、意図的に出現したにせよ早急に対処しなければ近隣の村々に被害が広がってしまいます。
「急いで討伐する必要がございますね…」
私たちを歓迎してくださいました村の方達の顔を思い浮かべながら私は心に堅く誓いました。
「ん…」
ふとアレクが身じろいでまだ虚ろではございますが、目を開け覚醒しようとしてます。
「大丈夫ですか?」
私は出来る限り笑顔を作り問いかけます。
「あっ、あぁ…ありがとう。もう大丈夫…かっこ悪いところを見せちゃったね…」
「何をおっしゃいますか!アレクは私を戦闘に出さない為に一人ですべて解決してくださいました。そのように勇気ある行動をしたのです。誇ることさえあれ、蔑む者等居るわけがございません」
「そうかな?」
「もちろんです!もしアレクの事を悪く言う者が現れましたら私が空の彼方へ吹き飛ばしてご覧に入れますよ?」
「あはは、ミリアがそれをいうと本当に吹っ飛ばしそうで怖いよ!」
「もう!いくら私でもそこまでしません!!」
「出来ないじゃなくてしないところがミリアらしいよ」
あははとあからさまに無理やり作ったと分かる笑顔でアレクが笑います。
涙はすでに乾いてますが、くっきりと後が残る悲痛な笑顔で。
それでも…例え空元気であろうとも…愛しい人が泣いているよりは遥かに喜ばしいことには変わりません。
「冗談はこれくらいにしておいて、どれくらい寝てた?」
「そうですね…まだ一時間にも満たない程度かと」
「そっか。それじゃそろそろ働かないと皆に怒られちゃうね!」
「えぇ、ですがその前にまずはお顔を拭いてください。流石にみっともないですよ?」
くすくすと笑いながらアレクの顔を拭いてあげる。
「よし。これで完璧です。それでは参りましょうか」
「うん。行こう」
私たちが馬車の中で立ち上がり外へ出ようとドアへ向かって歩き出そうとしたところなにやら外がざわざわと騒がしくなってまいりました。
何か異常事態が発生したのかと急いで外へ繰り出しました。
私たちの馬車とは少し離れたところにある荷馬車でネイアを護衛の方々が取り囲んで何やら話し合いをなされているご様子。
ネイアは落ち着いて話をしているようですが、護衛の方々は口数は少なくネイアの言葉を聞き逃さないよう真剣に聞き入っているようです。
「何かありましたか?」
アレクが護衛の輪に割って入り、ネイアの前までたどり着き私もその後に続きました。
「はい。アレク様。緊急事態です」
「えっ!?…説明してくれる?」
「もちろんでございます。あくまでも推測ではございますが………」
ネイアの説明を聞いていくと私の表情はどんどん堅く、暗くなっていくのが自分でもはっきりとわかりました。
チラッとアレクの顔をうかがうとそれはもう憤怒の表情で今にも爆発しそうな状態でございます。
護衛の方々もネイアの説明の邪魔をしないよう小声ではございますが、犯人への悪態を口々についております。
「くそっ!ふざけやがって!!」
ネイアの説明を最後まで聞いたアレクがはっきりと悪態をつきます。
私も皆様の目がございます手前あまり醜態を晒すわけにいきませんが、両手の握りこぶしが怒りで振るのを実感します。
「そこでこれからの方針でございますが、いかがなさいましょう?」
名簿を持つ手が小さく振るえ怒りを耐えているネイアがアレクへ問いかけます。
「そうですね…まず隊を二分しましょう。領都へ知らせる隊とジャミル村でネクロマンサーを討伐する隊それぞれが同時に動く必要があります」
「しかしそれですと戦力を分散することにもなりますし、そもそも領都への報告には時間が足りないように思われます」
「えっ、時間が足りない?俺達が襲撃されたのは数時間前でいまから急いで向かれば二日もかからないんじゃない?」
「えぇ確かに早馬を飛ばせば二日と掛かりません。ですが、敵側は恐らくその上をいきます」
「なんだって!?どうして?」
「はい。アレク様が戦闘時に鳥のゾンビを相手にされてたと記憶しておりますが、お間違いございませんでしょうか?」
「数羽程度だったけど撃ち落し……あっ、そういうことか」
「はい。恐らく敵は鳥のゾンビに手紙を運ばせようとするでしょう。そうなると幾ら早馬でも空を行く鳥には追いつきようがございません」
「くそっ!なにからなにまで後手後手じゃないか!」
お父様も情報伝達はいつも研究されておられました。
情報伝達スピードの向上は戦争のやりとりすらも変化させるほどになるとも。
中には帰省本能のある動物、犬や鳥などに手紙を運ばせる実験もございましたが、成功率に低さや捕縛の心配もあり今日まで実用にはいたっておりませんでした。
それが命令を忠実に守るゾンビ、しかも限界まで…いえ、限界を超えてまで滑空する鳥を使うことで実現するとは…本当に頭の回る敵ですこと。
私たちに暗雲の空気が立ち込めました。
どうすることも出来ない無力感。これから見舞われるかもしれない領都での惨劇。ただただ悲しみに暮れるしかない現状。
どれをとっても最悪と表する以外の表現方法が私は存じ上げません。
諦めというなの静寂が私たちを支配する中、アレクだけはその目に光を灯しておりました。
「なぁミリア」
「なんでございましょう?」
「これから俺のやることをいろいろ見なかったことにしてほしいんだけど」
「はい。分かりました」
「えぇ?即答!?」
「夫の覚悟を決めた願いを聞き入れない妻がどこにおりましょう?」
まったく、本当にアレクは女心というものを理解してませんね!
一言そうしろとおっしゃっていただければ私は例え火の中であろうとも喜んで飛び込みましょうに。
驚愕から徐々に笑顔へと移行してくアレクの顔に私はただただ笑顔で対応します。
「それからミリア」
「畏まりました。。旦那様にもお話いたしません」
「察しがよすぎるって!…カイン様との間に挟まれて苦しむことになるかもしれないけど、どうかよろしくお願いするよ」
ネイアが一瞬だけ間を置い跪き頭をたれる。
「本日、この瞬間より不詳ネイアはアレク様を旦那様と仰ぎ以後、全てをささげると誓います。どうかお聞き入れいただければ幸いです」
「ちょっとまって!そこまで言ってな…」
「カイン=エクルストンが長女、ミリア=エクルストンの名においてネイアの嘆願聞き入れましょう!お父様には事後承諾になりますが、今ここで私の命をもって宣言いたします!」
私の宣言にネイアが顔を上げる。お互いに覚悟の炎を瞳に宿し、私とネイアの視線がぶつかり、どちらとも言わず微笑み合う。
当のアレクも貴族が名をあげて行った宣言の重さを理解している為か、目を見開き、驚きの表情のまま銅像を化している。
「アレク。あなたの言葉を遮って宣言してしまったことはお詫びいたします。ですが、いまは一刻を争う時。もしあなたに現状を打開する策があるのであればそれに縋る以外に方法はございません」
「旦那様。このネイアからもお願い申し上げます。どうかどうか領都の皆様をお助けください」
「アレクの旦那!俺達にはどうすることもできねぇがもし旦那の為に何か出来るってなら全力で手伝うぜ!もし知っちゃいけねことがあって秘密を守るために、今ここで自害しろって言うなら一切の躊躇もねぇ!なぁ!おめぇら!」
「「「「「おおおおおぉ!」」」」」
護衛の方々は手早く剣を抜き放つと自らの首筋へあてがった。
「ちょっと!ちょっとまって!!大丈夫!そこまでするほどのことじゃないですから!!」
慌ててアレクが止めに入り、あてがった剣をおろす護衛方。
「分かりました!皆さんの気持ちはすごく…そう、ものすごく伝わりましたから。俺、行きます。領都の皆を必ず守ります」
「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉ!」」」」」
アレクの宣言に護衛方の咆哮が夕暮れ時の空へ轟きました。
中には涙を流している人もちらほらみえます。私も少しだけ、ほんの少しだけ涙が頬を伝いました。
「それで領都は俺が全力で向かいますが、ジャミル村はどうします?」
興奮冷め止まない一団にアレクが問います。そうです、すっかり忘れてましたが今回は二面戦でした。
「ジャミル村には残りの一団全てで向かいます。街道拠点近くの村ですので、ほぼ町と言っても過言ではない規模ではございますので、仮に村民全てがゾンビ化しているとなると掃討には少し骨が折れそうですが。」
それ以外に選択肢がござませんので、私は作戦とは言えない作戦を発します。
全員無事に済むような任務でないことは間違いございませんが、護衛方は皆その目に覚悟と決意の光が灯っております。
隊の士気はこれ以上内ほどに上がりきっているようでした。
「なに、一人頭数十体のゾンビをやっちまえばいいだけの話じゃごぜーませんか。余裕ですよ余裕」
そうだそうだと皆さん口々に肯定します。私は思わずくすりと笑ってしまいました。
まだ笑えるだけの余裕がある。例えそれが強がりであっても。それだけ希望があると信じることが出来ます。
「そういうことですので、アレク。行ってください。あとは私たちでなんとかします」
「うん。ありがとう、それでは皆さん、よろしくお願いします!」
「「「「「お任せてくだせぇ!!」」」」」
護衛方は軽口を叩きながら装備をまとめる為、荷馬車へと戻って行きました。
ここに居るのは私とアレクとネイアのみ。あっ、あと英霊にも美和様ですね。
アレクが何かをぶつぶつを呟いてますので、恐らくその美和様と念話をしているのでしょう。
暫くの後、アレクがこちらに向かい、手を差し出します。
「ミリア、君の剣をちょっと貸してくれないか?」
「私の剣ですか?もちろん構いませんが…」
私は腰に佩いていた剣を鞘ごと外し、アレクに手渡しました。
「ちょっとね…美和さんいきますよ」
抜剣した剣を天高く掲げ、なにやら魔法を行使しようとしている様子。
「リビルド・ムーンキャンサー!」
やはり魔法でした。
アレクが天高く掲げた私の剣は雷が落ちたようにバチバチと音を立て眩い光に包まれております。
やがて数秒の後、光は収まり元の剣へと戻っております。
「はい。この剣は俺の変わりに必ずミリアを守ってくれるから」
アレクから手渡された剣は見た目に変化がございませんが、その重さが数段軽くなっておりました。
元々細剣を使用しての刺突がメインの戦法である私には武器の軽さはとてもありがたいことです。
「軽くなったのもあるけど、硬度も増してあるよ。試しに今から鉄塊を出すから刺してみて。クリエイト・アイアンインゴット!」
アレクの呪文ととも私の目の前に鉄のインゴットが現れます。
いつ見ても創造速度には目を見張るものがあります。
「コレを刺してみればいいんですね?」
「うん。思いっきりやってみて」
「分かりました」
いくら私の腕力が上昇しているといえど流石に鉄を刺すことは難しいと思われました。
恐らく表面に傷が付く程度であろうと。
「いきます!」
私はいつも練習してるようにインゴットに向かって刺突を繰り出しました。
ザクッ
私の予想を裏腹に刺突の勢いは収まる事を知らず、インゴットを完璧に貫通いたしました。
それどころか剣の中央付近まで迫る勢いでした。
「「……………」」
私もネイアも目の前の情景が理解が追いつかず一言も発することなく数秒が経過しました。
「えーとミリア?」
流石に心配になったのかアレクが私へ呼びかけます。
それでも言葉を発するほど私の脳は処理を終えておらずアレクへ視線を向けるだけで精一杯でした。
「ミリアさーん?大丈夫ですかー?」
再度の呼びかけ。
ここでようやくネイアが再起動を果たしたようです。
「旦那様。見事な錬金でございました。少々常識を逸脱した情景に前後不覚に陥っておりました。お詫び申し上げます」
「そ、そうね!すごい魔法だったわね!アレク。ありがとう!大切にするね!!」
私もなんとか取り付くろい剣からインゴットを外す。
まったく抵抗がございませんでしたがどういった構造をしているのございましょう?
アレクから鞘を受け取り納剣し、また腰へと佩く。
「これがアレクの言ってた『見なかった事』にしてほしい事柄ですか?」
「いや、これは違う。ただの下準備だよ」
「えっ……」
これが下準備でございますか。一体なにをしでかすつもりなのでございましょう?
正直、恐ろしくなってまいりました。
「さて、準備も終わったし、そろそろ行くよ」
「はい。皆様をよろしくお願いしますね」
「任せて」
アレクはそう頷くと街道から逸れて走り出しました。
全速力になったと思わしきスピードまで加速すると…
「ブレイク・ライダーモード!」
馬車の上に鎮座していたアレクのデュランダルが一瞬の内に分解され、再構築。気が付けばアレクの脚にシルバーのロングブーツが現れました。
そして、なにやら爆発したような音とともに、ものすごい風圧と砂埃を上がりました。
私たちはその砂埃から逃れる為、一瞬顔を背けアレクから視線を外してしまいました。
数秒ののち振り返り、次に見たときには既に遥か彼方の空に雲の尾を引いて飛んでいるアレクを見つけました。
「アレク…すごいスピードで飛んでますよ…」
「えぇ、ただの浮かび上がるだけの飛行魔法とは一線を凌駕しております」
「確かにアレが実用化されると今までの戦争が全て過去の遺物になってしまいますね…」
「はい。かなり不味いことになるかと。護衛さん達の口止めをきつくしておきましょう」
私とネイアはアレクが見えなくなるまで遠い、遠い空を見つめ続けました。