第十八節 SIDE-ミリア-
食堂ではお母様がお待ちになられておられ、アレクさんとの顔合わせも無事終わり、皆で食事となりました。
今日の昼食は割りと庶民の皆様向けのお食事のようです。
どうやらお父様のお話ではアレクさんは貴族の教育をお受けになられてなかったようで、恐らくアレクさんに恥をかかせないようマナーの必要ない食事を用意されたのだと思います。
貴族としての振る舞いはもちろんのこと、このような些細なことでも気が回るお父様には本当に学ぶところが多いです。
本来であれば席次などもございますが、ゆくゆくは家族になる身。アレクさんは一家としておくつろぎいただきたいと配慮もあり、ファミリーマナーのみとなりました。
結局、主席にはお父様がお座りになられ以降はお母様、アレクさん。お母様の横へセイル。アレクさんの横へ私となりました。
アレクさんの横の席など緊張で心臓が止まってしまいそうな思いです。
当のアレクさんはお父様との会話に夢中で私の方へ向かれることはほとんどございません。
少々お父様に嫉妬してしまいそうにはなりますが、ここは主であるお父様との会話を優先することが礼儀であることを考慮に入れますと、むしろ好感が持てます。
貴族たる教育を受けていなくてもこのような立ち振る舞いを自然に行えるアレクさんは素晴らしい男性だと思います。
以前アレクさんがお父様のケイト様にお連れになられてご訪問された時も私へは自然体で接していただきました。
まだ幼かった私は同年代のお友達など皆無でいつも勉学に追われており、初めてお友達になっていただいたアレクさんとのあのひと時は今でも夢に見るほど愛おしい記憶となっております。
その想いはいつしか恋心となり、貴族としての責務に押しつぶされそうになった私の生きる意味となりました。
十二歳の誕生日で英霊様―クリフト様―をこの身に宿して以降、より厳しくなった教育へも耐え忍び、積極的に取り組んでまいりました。
先日、お父様よりアレクさんが私の婚約者であることを告げられてからは天にも昇るような心持でございました。
アレクさんと私が家族になれる!その想いはより強くなっていきました。
そして昨晩セイルが起した騒動の際にアレクさんとお会いして、テントの崩落から身を挺して守っていただき私の心の炎は留まることなく更なる勢いを増していきました。
そのアレクさんが今は私の隣にいる。
今まさに触れる距離にアレクさんがいる。
もうそれだけで意識を保つのも苦労するほどの喜びが私を襲います。
味など分からないような感覚に陥りながらもなんとか粗相もなく食事を終えることが出来ました。
食事の時間も終わり、お父様がふとアレクさんへ問いかけます。
「さて、アレク君。大事な話があるのだがいいかな?」
「は、はい!なんでございましょうか?」
アレクさんの肩がビクッと小さく揺れました。緊張でもなされているのでしょうか?
もし、私が隣にいることで緊張されているのでしたら嬉しい反面、少し残念にも思います。
いずれは隣にいることでリラックスできるような仲になれるよう励んでいきます!
そんな私の思いを知ってかお父様がお話を続けます。
「あぁ、そんなに硬くならなくても良いぞ?なにケイトの奴との約束を再確認させてもらうだけのことだ」
「俺…じゃなくて私は父より何も言伝を伺っておりませんが?」
アレクさんったらそんなことで惚けなくともよろしいでしょうに。
もしかしてアレクさんは緊張ではなく照れてらっしゃる?だとしたら嬉しい限りでございます。
「そうか?まぁ気にするほどのことでもない。我が娘、セイルとの婚約についてなんだが…」
ん?セイル?お父様、今セイルと申されました?
私ではなくてセイルと?
「お、お父様?」
「ん?ミリアよ、どうした?」
「いえ、アレクさんに告げるべき名前をお間違いになられるように思えたのですが…」
本来であればありえないほどの無礼でございますが、私は思わず会話に割り込んでしまった。
「そうか?間違っておらんと思ったが?では改めて」
お父様がゴホンと咳払いを一つして再びアレクさんへ告げる。
「我が娘。セイルとの婚約を…」
「お父様!!!!」
「ミリア!いまわしが話をしているのだぞ!それを遮るなどと娘といえど許さぬぞ!!」
「お父様からの叱責も理解できますが、私ではなくセイルの名を告げるなど冗談にもほどがございます!」
「そうですお父様!なぜお姉さまではなく私の名前を告げるのですか!!」
セイルの加勢もありお父様が少しだけたじろぐ。
「わしは間違ったことは言っておらぬぞ?」
「「え?」」
姉妹そろって間抜けな声を上げてしまった。
それでも仕方ないほどのお父様の爆弾発言であった。
「いや、だから。アレク君の婚約者はセイルだといっているのだ」
「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」」」
今度はアレクさんも加わって三人で大きな声を出してしまった。
それにしてもセイルが!?セイルがアレクさんの婚約者!?私ではなくて!?
「どういうことですかお父様!?先日はお姉さまが婚約者であるとお話になられていたではありませんか!」
私よりも先にセイルがお父様に詰め寄る。
「そんなこと言っておらんぞ?わしは最初からセイルが婚約者であると言っている」
「貴女たち、おだまりなさい。あの時お父様は『我が娘が年頃になったら嫁がせる』とおっしゃいましたよ?仮に婚約者が貴女―ミリア―であった場合、既に年頃である貴女に『なったら』と言いますか?」
「お母様…そんな………」
私はストンと椅子に腰を落とし呆然としてしまう。
なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?
幾ら問いただしても答えは出ない。
セイルが私に向かって何かを話しかけている。
でも聞こえない。
お父様が私に向かって何かを話しかけている。
でも聞こえない。
お母様が私に向かって何かを話しかけている。
でも聞こえない。
「ミリアさん!」
誰か分からない声が私を呼んでいる。
ダレダッケ?オモイダセナイ。
ダレダッケ?コノヒトガ、ホシイ。
ダレダッケ?ダレニモワタサナイ。
ダレダッケ?ダレダッケ?ダレダッケ?
ダレダッケ?ダレダッケ?ダレダッケ?
ダレダッケ?ダレダッケ?ダレダッケ?
ダレダッケ?ダレダッケ?ダレダッケ?
ダレダッケ?ダレダッケ?ダレダッケ?
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
私の長年の想いが…昨晩からより勢いを増した恋心という炎が……行く当ても無く静かに揺らいだ。




