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平森逍遥奇譚  作者: 采火
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庇護者と指導者

 ひっみつー、ひっみつー。

 佐々君の秘密ー。


「……何見てんの」

「何でもないよー」


 簪は朱居さんの元へ戻ったらしいと、先生がちゃんと返しておいてくれたと、バスに乗りこんだ佐々君は真っ直ぐにあたしの所に来てハンカチを返してくれながら、そう告げてくれた。その律義さがつい嬉しくて顔がにやけてしまうのです。やっと仲良くなれた感じがする。


 その一端が佐々君の秘密を知った事なんだろうね。そう考えると葵君とも仲が決して悪いわけではないんだろうね。向こうは人間じゃないらしいけど。


 無関心にされるよりも全然、やっぱりこっちの方がいい。まぁ、あたしが静かなところにいるよりも賑やかな方が好きだからっていうのもあるけど。


 それに新しい興味も湧いた。この町の歴史。視える人。妖怪。佐々君と同じ世界を見てみたいっていうのもあるけれど、それ以上に不思議な事も世の中にはあるんだって事を知る事が出来たし。是非とも郷土歴史研究会に入ってみる価値はありそう。これを話の種にしないわけにはいかないでしょ。


 ささっと座席を佐々君の前へ移って、後ろ向きに話しかける。隣に座ろうとも思ったけど男子の隣だとやっぱりちょっと意識しちゃうから。昨日みたいに外野に何を思われるのか、あたしは別に気にしないけど、佐々君もそうだとは限らないから。昨日の今日で衆目にさらされるのは嫌でしょう。


 だからあたしは前の席に座って、後ろへ向けて話す。


「佐々君てさ、部活入ってる?」

「入ってないけど」

「じゃあさ、一緒に郷土歴史研究会に入ってみない? 昨日先生に聞いたんだー。あたし、この辺りの事をもっとよく知りたくなったの」

「一人で入ればいい。葵も入ってるからやだ」

「葵君いるんだ。なら余計に入ってみようとは思わないの?」

「全然」


 ちぇー、つれない奴よのう。ここは二つ返事でもしてくれればいいのに。流石に同じ部活に入ろうっていうのは強引だったかな。でもまあ、仕方ないかな。予想できていた事だし。佐々君がもっと人と触れ合うようになったらまた、誘ってみればいいし。


 とかなんとか思っていると。


「……でも、考えてはみる。鈴倉は誰か着いていないと何かやらかしそうな気がするから」


 失礼な。何かやらかすって、あたしが何をやるってのよ。ていうか佐々君の中のあたしの印象ってどんな風になってるの。そんなおてんばに見えるのか。ストーカーもどきとかの事を言ってるなら否定は出来ないんだけど。


 でもでも、今確かに考えておくって言ってくれた。ということは可能性は0じゃないっていうことで。


 あたしはちょっぴり嬉しくなった。ふふん、あたしのここ数日の努力はやっぱり無駄では無かったのだよ。こうやってちゃんと、佐々君の信頼を築けていけているのです。


 だから佐々君に微笑みかけた。とびきりの、満面の笑顔を向けてやった。


「ちゃんと考えて置いてね」


 ぷいっとそっぽ向いた佐々君の頬はほんのり赤くなっていて。ふふ、本当は人と話すのが照れくさいんだって事、あたしはちゃんと知ってるんだから。

 今日も一日、佐々君と親睦を深めつつ、元気にやっていけそうです。



◇◇◇



 本当は許されない事だと分かっている。

 千連はしんと静まる朝の御堂で一人物思いに耽ていた。目の前にはちょっとだけ時代遅れの折り畳み式携帯電話を置いて、御堂の離れにある調理場でささっと作った朝食をもそもそと口に運びながら、昨日のあの少女の事を考えていた。


「ちょいと悪いことしちゃったかなあ……」


 少女は知らない。気づいてすらいない。

 もし文孝が本当の事を知ってしまったとき、文孝にどう思われてしまうのかという事を。




 ───うそつき。




 昔、自分が視えなくなったときに目の前にいた、信頼していた相手に向かって吐いて、傷つけてしまった言葉を思い出す。あの時はまだ自分は何も知らなくて、ただただ傷つけるしかなかった。あんなに信頼していた相手に騙されて、心が落ち着かなくて。


 今でも後悔している。どうしていれば良かったのかと。もっと良い言葉は見つからなかったのかと。千連は締め付けられる胸の痛みに今でも苦しんでいる。千連が、それは優しさだと悟った時にはもうすでに遅くて。謝る事ができないまま、相手は去ってしまった。その悲しみは今でも。


 ……自分は騙されていたというのに、今では騙す方になっている。昔、自分が吐き出した言葉を文孝に言われる事はもう覚悟している。その後の関係がどうなるかも予想は目に見えている。でも、まさかのイレギュラーが混在してくるとまでは思っていなかった。


 あの少女の様子は端から見ても、文孝と交流を深めたいという事は明確で。だからこそ千連は、できればあの少年少女を引きはがしたい。文孝が人間に対して人並みにコミュニケーションを取れるようになれば、自然と知れてしまうような危うい嘘で少女を傷つけるわけにはいかない。


 千連は優しい。


 だから嘘をつくのが辛い。少女の心はどうなのだろうか。目先の餌につられて目がくらんでいないだろうか。少女は嘘の果てに何があるのか全てを理解しているのだろうか。


 二人が傷つかないように、細心の注意を払わなければいけないと。


 二人が傷ついてしまうほど、親しくなるのにだけは注意しないと。


 千連はそう思ってため息をつく。


 ため息をついて、携帯電話を開いた。ある一つの番号に向けて発信する。相手方はすぐに出た。


「もしもし、千連です」

『おー、千連かー。おひさー。どうしたの今日は。私がこれから仕事中だって分かってるでしょー。あ、もしかしてこの間の話受けてくれる事にしたのー? きゃー、嬉しい』

「まだ何にも言ってないけど、そうです。そろそろフミの為にも動こうかと思って」

『良かった良かったー。頼りにしてるよ次世代君。まだ一ヶ月くらい余裕はあるけどどうする? 完全に入れ替わりで働くか慣れるためにもすぐに働くか』

「できるだけすぐに働きたいです」

『いいよー。じゃ、これから校長に話してくるわ。探していた非正規雇用の教師が見つかったってね。専門教科は私と同じだったよね』

「ええ」

『了解ー。んじゃ、またこちらから連絡入れるから待っててねー、ばいちゃ!』


 そう言って、相手方は通話を切った。千連はふぅ、と息を付く。能天気なのかわざとなのかは分からないけれど、今は電話主のあの明るさが救いだった。


 携帯電話を懐にしまって、食べ終わった食器を洗いに行こうとする。カチャカチャと擦れる食器の音に千連は目を伏せる。


 さっきの電話でもう心は決めた。全力で二人の仲を邪魔をする。そうして少しでも嘘だと知れたときに、文孝の近くに思いを理解できる人を作っておくのだ。事情を知りすぎている千連のような人よりも、あまり知らない人側の味方が必要なのだ。そのために、近すぎてはいけない少年少女の関係を千連が誘導する。


 積み上げた大きな嘘を打ち明けるまで、そんなに時間はかからない。


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