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平森逍遥奇譚  作者: 采火
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嘘つきな保護者

 あたしは渋面を作った佐々君とゆったりと落ち着いている先生──あたしも佐々君にならってそう呼ぶことにした──に佐々君の家と縁あるどこか古ぼけたお寺の御堂に案内された。佐々君の家は昔からこの辺りの土地を納めていた地主の家系らしくて、今は土地を分割しているから細分化していてそんなに偉くも無いらしいんだけど、このお寺のある土地は佐々君の家に還ってきた土地なんだって。なんでも廃寺になってからは管理する人がいなくなったからなんだって。


 その御堂の中に案内されてどんな名前なのか知らない大きな仏像……きっと本尊なんだろね、それに見張られるようにして質素な円座へ座らせられると、色々クイズを出された。


「これは?」

「何にも見えません」

「これは?」

(おけ)?」

「これは?」

「何にも見えません」


 さっきからこの繰り返し。


 桶とか古びた小物入れとか色々見せられるんだけど、いったい何の審査なのよこれ。いい加減、飽きてきたんですけど。


 そろそろあたしの不満がちらほら顔に出始める頃に、やっと先生と佐々君はこのクイズをを止めて何かを話し合い始めた。で、結論。


「お嬢は波長の合う人型なら見えるんやね。やからわしや朱居が見える。こりゃフミより質の悪いわ」

「いったい何の話を……」

「妖怪が見えるかどうかの話。鈴倉も妖怪が見える体質なんだ。それもちょっと特別。俺はたいていの妖怪なら見える」


 あたしが妖怪を見ることが出来る体質を持ってる? 誰がそんな話を信じると思ってるの。十六年間生きてきて、そんな事、全く感じた事も言われた事もないあたしに、急にそんなこと言われても信じられる訳がないじゃない。

 それに佐々君が妖怪視える人で朱居さんが妖怪とか。そんな訳ないじゃない。バスに乗ってたし、孫の葵君だって沢山の人に見えていたのに。


「葵は特別。あれは人間が好きだから、わざとそうしてる。朱居は人に紛れてバスに乗るから……ある意味無賃乗車」

「お金払ってないの?」

「今の流れで突っ込み所そこ!?」


 なんか先生って佐々君より感情豊かだなぁ。佐々君とあたしのボケに対するツッコミの度合いが絶妙です。


「我関せずにしとるけど、お嬢めっちゃ関係あるんやで。他の町じゃ妖怪どもの動きはあんまり活発じゃないやろが、この町じゃそうもいかない。現に今のお嬢は朱居に目を付けられとるんや……言い換えたるわ。お嬢には“お手つき”っていう種類の呪いがかけられとる」

「………………へ?」


 なんですと?


 呪いですと。呪いってあれだよね、よくある怖い話とかに出てるような奴。そんな話があたしに通じると──


「朝、鈴倉は朱居の簪拾ってた。あれが朱居の“お手つき”の印。これは自分のだから食べちゃ駄目っていう合図。でも“お手つき”はその妖怪が周りにこれは美味しそうだよって宣伝してるも当然だから、他の妖怪が時々目がくらんで“お手つき”された人を狙って食べるときもある」

「食べる……」


 なんか生々しく感じられてきたんだけど。何、あたしこのままだと朱居さんに食べられちゃうの?


 食べるって行為がどんな事か知らないけど、あんまり面倒事には関わりたくないなぁ。


「……仮にあたしがその呪い? を受けていたとして、あたしはこれからどうすればいいのよ」

「お嬢、信じてないやらぁ」


 バレた?

 だってあたしの目の前にいる人が妖怪とか言われても、想像上の生き物としてしか知らないから実感なんてわかないもの。どうやって考えてもちょっと頭のイタい人程度にしか思えない。かといって本当に呪いとやらがあるのならさっさと解決しておくに限るかなー、っとは思うよ。妖怪はともかく、呪いとかは御祓いとか神社にあるくらいだから全て否定する訳じゃないけど。


 そもそも妖怪がいるとかいないとかあたしに関係ないし。いようがいまいが今まで関係なくやってきたから、これからもきっとそうなんだろうって思う。ほらあれだよ、百聞は一見にしかず。見たものは信じるけど、そうじゃないものは真実とは限らないというね。妖怪を見た事が無いからいないとは思うけど、いないと断言できるほどの証拠もない。縁がないから見ないだけかもしれないし。今までのあたしの価値観でいうと、妖怪はいないものだったから突然信じろと言われても無理がある。


 ようは信憑性どうのこうの話じゃなくて、自分の価値観でどう解釈するかの話。十人十色の世の中なんだから、こういう人がいても当然なんだよって受け入れる寛大な心が持てるかどうかって事。そこから派生的に自分の世界を上書きしていくように見聞を広めていく、っていうのがあたしの持論だから。全て信じた訳じゃないけど全て否定しようとも思わない。


 だからこの話だって、あたしがどう解釈しようがそれはあたしのものさしでの考え方で、佐々君達とは違う考え方なんだって双方が理解していけばいい。それが円滑な人間関係における秘訣なのだ。


「因みにどれくらい信じてる?」

「三割くらい」

「……0じゃないだけ喜べるか」


 先生、あからさまに大仰なため息をつけられてもね。


 だって今更自分の価値観を無理矢理上書きされたって、そんなすぐに受け入れられるわけもなくて。でも、万が一に妖怪がいたとして、そんでもってあたしが呪いにかかっていたとして、どうにかしておくに損はないという。


「まぁいい。とりあえず簪を預からせて欲しい。後、形代になるようなもの……ハンカチとか貸してくれると嬉しいんやけど」

「かたしろ?」

「身代わり人形みたいなもんや。これで朱居をおびき出して説教したる」


 説教ですか。妖怪世界にも上下関係があることを伺わせるような発言ですね。


 とりあえずあたしはポケットから水色のハンカチを取り出して、それと一緒に壊れないように気をつけていた簪も取り出して、先生へと手渡す。あれかな、映画とかでよくある呪術的な事をするのかな。


 先生は受け取った簪をハンカチを暫くじっと眺めると、気が済んだのか袖口へとしまった。あれ、呪術っぽいのはやらないの?


「しばらく預かるよ。んで、わしから朱居に返して置くから。これで万事解決やな。さ、終わったんやから早よ帰り。ここはもうすぐ危険な時間になるからね」


 何だかはぐらかされたっていうか何というか、すごい邪険に扱われた気がする。早くあたしを帰らせたいみたいな。


「行こう、鈴倉。送ってく」

「いいの?」


 あらびっくり。佐々君にそんな配慮が出来るなんて思わなかったよ。失礼だけど、佐々君はあまりそういう気遣いが出来る人のようには思ってなかったからね。だって声かけてもずっと無視されっぱなしだったし。


 ちょっと不気味だけど、お言葉に甘えて送ってもらおうと思うと、そこで待ったがかかった。先生だ。


「フミももう帰り。お嬢はわしが送っといてあげるから」

「……親切な先生気持ち悪い」


 それはついさっきあたしがキミに思った事そのまんまだよ。


「失敬な。そろそろ帰らないとフミが食われるよ。いいの?」

「やだ」

「なら帰り。真っ直ぐ帰るんよ、いいね」

「……何で今日はそんなに念を押すんだよ」

「えぇー、気のせいやて。ささ、帰ろ帰ろ。夕焼け小焼けで日が暮れて……な、夕方の鐘もそろそろ鳴るよ」


 佐々君は何だか釈然としない様子だったけど、先生にぐいぐい推されて渋々とだけど御堂を出る。あたしも後に続いて、先生も着いてきて、佐々君とはそこで分かれた。


 先生と並んで歩道を歩く。会話もなく、とぼとぼと歩いているとあっと言う間にバス停へ着いてしまった。どうしよう、バスがくるまで少し時間が余ってる。会話無しで居るだけとか正直きついんだけど……。


 と、思っていると。


「あら、千連(ちづれ)君。この時間に外に出てるなんて珍しいわね。どうしたの?」

「こんばんわー。この子を見送りに来ただけやから、すぐ帰るよ」

「そうなの。お兄さんにバレないようにね?」

「分かっとるー。そこら辺はうまくやるから」


 ん? 何か違和感。

 通りすがりの近所の人との会話何だけど、何か違和感が……て、あ。




 気づいた、気づいてしまった。




「ねぇ、先生」


 あたしは近所の人が立ち去った後、先生に話しかける。


「先生って、本当に妖怪なの? 今、人に見られていたよね。それに名前……」


 問えば、先生は目を明後日の方向にやってちょっと頬を掻いて。何だか認めているみたいなんだけど、どういうこと?


 真剣な瞳で見続ければ、先生は微笑んだ。一番最初にあったときのあの微笑みで。


「わしは、……ううん俺は、正真正銘の人間だよ。本名は佐々千連っていって、フミの叔父にあたる。ちょっと特殊なのはフミみたいに昔は、今もちょっとだけど、モノが……妖怪が視えることかな」


がらりと変わる口調と雰囲気。


 ……なんですと。

 先生は普通の人間? それなら何でわざわざ妖怪のフリなんかしているんだろう。佐々君は知ってるのだろうか。


「解せないのは分かっとるよ。理由はちゃんとあるから聞いて欲しい。ただ、フミにだけは内緒にしていて欲しいんだ」

「どうしてですか? 別に話しても良さそうな気がするんですけど」

「それも含めて話すから」


 そう前置きして、先生は話し出す。複雑な、この土地の昔ながらの風習を。部外者であるあたしには本来なら関係ないんだろうけど、佐々君と仲良くなりたいならやっぱり知っておくべき事なんだよね。


「ここらは昔から視える人が多く生まれてね、そんな人は決まって気味悪がられて差別をされたんだよ。でも視えるのって子供のうち……ほとんどはどんなに遅くても二十歳前半までだから大人になれば視えなくなるんだ。だから遠い昔は子供の戯言で済ませられていた。でも医療技術の発達した今では正気が疑われて精神科医に連れて行かれる可能性があるやろう? そんな残酷な事、まだ何も知らない子供に背負わせるのはどうかという話になってね。こうやって子供の時に視る事が出来た人たちで、現代の視える子を守ろうという事になったんだ。子供に言い聞かせても限界があるから、こうやって妖怪がいるフリをしてる。こうしていれば多少みっともないけれど、いざとなったら“ごっこ遊び”とか“厨二病”とかいう言葉で片づけられるからね」


 昔からの習慣とか風習って時々摩訶不思議な事があるって言うけれど、この話はその典型に見えた。まず妖怪が視えるっていう時点で、普通に精神科行きは決定だよね。でもそうならないって事は、身に覚えがある人が何人もいて、受け継がれている風習があるおかげ? 一般人のあたしにはよく分からないことだけど、地域ぐるみでやるって事は相当だよね。


 あ、ということはさっきまでの出来事は嘘の塊って事? “お手つき”とか“路外れ”とか。


 その事を訪ねると先生は苦笑した。


「それは半分本当。視える人がいるって事は視られるモノがいるって事だから。実際には最近にそんな話聞いたこと無いけど、ここらに残る伝説にそういうのがあるのも事実だし、妖怪がいる以上、いつそうなるかも分かったもんじゃない。でも、お嬢の最初の“路外れ“もどきはただの迷子とは言い切れないな。あそこには実際、いたずら好きな妖怪の一人がいたからね。害はないから許してあげてな」


 プチ遭難の事は水に流せと。まぁ、色々と真実を話して貰えたから許してあげない事も無いけれど、あの時すごく怖い思いをしたんだからね。あの自分以外の足音が妖怪の足音だったのかな。うん、今更だけど誰の足音か分かって良かったかも。本当に妖怪がいるかどうかは知らないし、先生がまだ嘘をついている可能性があるのも捨てきれないけど。


 それにしても色々複雑なんだな。完全に他人事ではあるけども、こういうファンタジーなお話は嫌いじゃないかも。佐々君さえ知らない秘密のお話をあたしなんかが聞いちゃったのにはちょっと罪悪感あるけど、そういう事ならあたしだってお手伝いしたい。なんたって面白そうだし。


 それに佐々君がボロを出さないように学校で色んな人と関わり合ってお喋りが出来るようにさせてあげたい。きっと誰とも話そうとしないのは、自分は他の子と違うっていう事を薄々感じているからじゃないのかな。きっと佐々君も本心では友達とか作ってみたいんじゃないかな。


 何だか当初の佐々君と仲良くなって登下校を楽しくするっていう目標はほんのちょっぴり達成された気ではあるものの、新たな目標が追加されてしまった。でもあたしがそうしたいから、頑張る。


「あ、聞き忘れるところでした。あたしが視える体質っていうのは嘘ですか本当ですか」

「嘘やよ。フミはわしや朱居が視える人にだけしか視えないと思っているけど、どちらも人間だからそんな事ない。今回、フミが慌てたようにお嬢を此処に連れてきたのは今まで朱居の存在に目をかける人がいなかったからやろう。心配しなくっても、お嬢は普通の人やから大丈夫」

「良かったー。本当に視える体質だったらあたしも虐められる可能性があったんですよね。あー、怖」

「でも葵にだけは注意しとき。あれは沢山の人に視えているけど、事実妖怪やからね」


 え、リアルに妖怪なの。あのモテそうな葵君が?


「視える人は視られるモノがあってこそ成立するからね」

「でも葵君と朱居さん……」

「葵は朱居を気に入ってるからね。朱居が視えなくなる前から家に住み着いているそうやから、もう七十年くらいって言っていたか。視えなくなった朱居のために、わざわざ視えるように波長を合わせてるんよ」

「ななじゅうねん……」


 妖怪の若作りって女性顔負けだよね。ずっと一緒にいるとか嫉妬しちゃって絶対無理。


 あれ、でも。自由な身である葵君が朱居さんと今でも一緒にいるってことは、もしかして葵君って……。


 うん、詮索はしないでおこう。そういう感情は人それぞれだもんね。それにすごくロマン溢れて素敵だな。


「話しておくべき事はこれだけかな。何か質問はある?」

「無いで……あ、やっぱり一つ。あたしもここの人と同じように視えるフリしておけばいいんですか?」

「うん、そうしてくれたら嬉しい。すごく馬鹿らしく思えるやろうけど、お嬢みたいにフミのためにと思って協力してくれる子がいるのは心強いから。それに何かあったらお嬢の学校の郷土歴史研究会に入り。あれの部員も特殊だし、それにこの話の、より詳しい資料とかも持っているはずだから」


 これは思ったよりも待遇が良さそう。うん、そういうことなら明日からも視える人のフリをしてあげようかな。いざとなったら助っ人もいるそうだし。


ああでも、あたしも気をつけないと厨二病のレッテルが張られるんじゃないのかな。それは避けたいから慎重に行かないと。さすがのあたしも厨二病のレッテルは耳にいたいからね。もし従兄弟一家の耳に入ったらと考えるとぞっとする。別に仲が悪いって訳じゃないんだけど、からかわれるっていう点においてはあの家族のツボは想像を絶するからね。もうほんと、何年昔の事だよって事まで覚えているから。


 そうだ。あたしも先生と連携取るなら、連絡手段を確保しておかないと。


「先生ってケータイとかスマホとか持ってます?」

「持ってるよ、ほらこれ」


 そうして差し出されたのは和風金箔シールの貼られた折り畳み式の白い携帯電話。先生のその格好って役作りのためかと思っていたけど、もしかしたら趣味かもしれない。和物趣味? あたしも縮緬(ちりめん)細工とか綾錦の細工とか好きだけど、これを見る限り先生は生粋でしょ。


 因みにあたしのスマホはパールピンク。ピンクが特に好きってわけじゃないんだけど、ピンクの小物が増えていく現象の一端を握っている持ち物ですね。スマホには緑色のトンボ玉が一つだけついている。試しに先生に見せつけるようにしてスマホをちらつかせてみた。


「おっ、可愛いな、そのトンボ玉。どこで手に入れたの」


 食いつきましたー。やっぱりあたしの見立て通りだった。


「前住んでいた所の近くにガラス細工のお店があって。そこで買いました。ネット通販もしているはずだから、連絡先交換するついでに、ホームページも送りますよ」

「お願いしてもいい?」


 やったね、これで先生との関係は良好に行けます。我ながら、対人スキルの高さに惚れ惚れしちゃうよ。昔はそうでもなかったんだけどね。たぶん、佐々君と張り合えるぐらいの対人スキルじゃなかったかな。何がきっかけかは忘れたけど、対人スキル改善に成功した今のあたしを褒め称えたい。


「これでおっけー……っと。はい、連絡先送りました」


 先生の携帯電話を受け取って自分のスマホに先生の連絡先を登録。こちらの連絡先はメールで送信。忘れずにホームページのURLも張り付けておく。


 話が一段落した頃を見計らったようにしてバスがやって来た。白い車体に緑のラインが二本引いてあるバスは、いつもなら乗っている時間のバスで、さらには家に帰ろうって広報の音楽も流れている。あたしはぺこりとお辞儀をして、やってきたバスに乗り込んだ。


「簪はちゃんと朱居に渡しとくから。ハンカチはまた明日フミ経由で。これからもフミと仲良くしてやってな」

「はーい」


 バスのいつもの定位置に座って窓を開けて、先生の言葉に頷いた。

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