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ハロハロハロウィンー!!!
20181023
世界は変わるのだと、私は予言した。
世界は変わったというに、私はまともに目にすることができない。
視界は霞む。力を全て、大地に注いでしまったからだろうか。感覚はぼやけて、やがて倒れてしまう。
沈むようで、浮くようだった。
世界は見えなくとも、何故か夜空ははっきりとわかる。真っ青だ。真っ青な夜空に金色と緑の星が瞬いていた。
夜空に舞うように、意識は遠退いた。
†
世界は変わった。
僕は生まれ育ったこの地を、冒険する。
世界は変わると予言があった。
最近、ブレイクをしたサイキックが前々から予言していた。彼女は本物だとテレビや雑誌などで持て囃されていた。おまけに美人だ。人の心を読んで、未来も過去も視る。些細な占いから、犯罪捜査までしたそうで、次々と犯罪者を見つけ出したと報道されていた。
彼女は本物だ。僕もそうではないかと、期待いっぱいである日の夜、番組に食いついていた。世界は変わる、そう予言しているが、詳細は明かされていない。
番組の中でも、彼女は劇的に変わるとだけ話した。
他の出演者は、面白おかしく予想を出す。超能力者が世界に溢れるのか、氷河期になってしまうのか、富士山が噴火するのか。
やがて、彼女の能力をからかう話が出た。
いいから、彼女の喋らせろよと苛立っていた頃。
微笑みを浮かべた彼女は、告げた。ミルクベージュに染めたストレートのロングヘア。オフホワイトの清楚なワンピースに身を包んでいた。
「変わるということは、今がなくなるということです。人間は順応能力が高い生き物なので、きっと上手く環境に適していくでしょう。今の世界で満足している人にとったら、明日からは生きにくい世界となるでしょう。今の世界に不満があるあなたなら、好きになれるかもしれません。皆が愛してくれる世界になることを願います」
そう言ってスタジオの前に出た。
「テレビ番組風に演技かかって、世界が変わるカウントダウンをしましょう」
くるり、と回ってワンピースを舞い上げる。
出演者達は戸惑い、制止の声をかけた。段取りにはない言動のようだ。それを気にしながらも、食い入るように彼女に注目する。
彼女は微笑む。まるで僕を見つめるように、真っ直ぐにカメラに目を向けていた。何が始まるのかと、高揚を覚える。ドキドキと心臓が高鳴り続けた。早く言葉の続きを聞きたくって、その唇が動くことを待つ。
「さぁ、異世界のように世界が激変します。その目で、しかと見ていてください」
彼女が掌を合わせるように翳すと、その間に球体が出来上がる。それは、青にも見えた。もしかしたら、緑かもしれない。虹色に輝く粒が混ざり合って、水のように透けていて渦を巻く。
CG? 生放送なのに、CGにしては迫力があって美しい。共演者の反応なんて、見る余裕なんてなかった。
「世界が変わる三秒前……ーー三ーーニーー……一、零!」
その球体が、彼女のカウントで弾ける。まるでダムの決壊のように、水が溢れ出して爆発的に広がった。
なにが起きたのかと、ソファーに座っていた僕は落ちかけるほど身を乗り出す。テレビは真っ暗になってしまった。
次の瞬間、煌めく青い光が通過して、ぞわっとした感覚が身体中を巡る。僕はソファーから落ちた。落ちた衝撃は止まない。地震が起きたかのように、揺れている。でも、地震ではないことは、外の騒がしさでわかった。ベランダに出て見てみれば、目を疑う光景がある。
道路を突き破って、得体の知れないものが伸びていた。住宅街のそこら中からそれが生えている。夜で暗かったが、街灯でやっとそれがわかった。木だ。木が伸びているんだ。コンクリートを突き破って、木が生えた。中には十階のマンションを超えるほどの高さまで急速に伸びていく。
ありえない光景。まさに自分の目を疑った。
世界が変わった。本当に世界が変わったんだ。
彼女が予言した通り、劇的に世界は変わった。
彼女はどうなったのかと、慌ててテレビに戻る。テレビは映ったが、彼女だけがいなくなったと騒然としていた。番組は中止。そして、たちまちどのチャンネルも緊急でニュース番組に変わってしまった。
日本中に、この現象が起きたのだと報道される。
そして彼女は、消えてしまった。
連日、世界の変貌は報道される。数え切れないほどの植物が異常な速さで成長して現れた。各地ではまるで洞窟のようなドーム状のものまであるらしい。政府から、むやみやたらと踏み入るなと警告が出ている。
現れたのは、不可思議な植物だけではない。不可思議な生き物もいる。見たことのない姿の生き物も、また連日報道された。生まれたてで、小動物のような小柄。ある生き物は、緑色の毛玉のよう。ある生き物は、二又の仔猫のよう。ある生き物は、真っ赤な仔犬のよう。温厚で、主食はある特定の木だということが判明していた。
この目に映るものは、ファンタジーの世界だった。異世界にいる気分とは今の感覚のことをいうのだろう。落ち着けず、今ある全てを見に行きたい衝動に駆られた。
学者達はこぞって調べ始める。テレビに出た学者は興奮を抑えられないようだった。学者ではなくとも、調べる人もいるとニュースで取り上げられていた。
彼女は、依然として行方不明だという。
一方では、白熱した評論の番組が何度も放送された。この変化に否定的な意見を持つ者が、植物を焼き払うべきだと豪語する。どんな危害があるかわかったものではないと、生物も成長する前に駆除をすべきだとも言った。
過激すぎると聞いていたくなかった。
そんな者に対して、新たな変化を受け入れるべきだと唱える者もいる。新たな命を駆除するなんて、いけない。
植物は車が通れないからといくつも切られたというが、太陽が昇ると再生して元通りになったそうだ。新たな木は死なないらしい。世界はきっと進歩すると、希望あることを言い続けた。
だが、仕事を辞める者が現れ続けている問題があった。
学者でなくとも、調べる者達だ。ネットは健在。情報が載せられている。コスプレをして異世界の勇者になりきっている人も取り上げられていた。現実とマンガの区別ができない人間が増えると、喚く声が耳障りだった。
現実を受け入れられない人達を、僕は理解できなかった。
確かに混沌として混乱の極みもあるが、自警団が結成されて活動が始まっている。彼女の言う通り、人間は適応しようと努力をしている。
未だに行方が掴めない彼女のことは、神様だとか女神だとか崇められているらしい。中には宇宙人で地球外生命体だと唱える人もいる。
過激なのは、彼女が悪で破壊者と言う者達。テロリストで日本を滅ぼす気なのだと、語っている人の声をもう聞きたくなくって、僕はテレビを消した。
彼女は変わるということは無くなるということと言っていた。世界は破壊されて、再び誕生したんだ。これが現実だ。
彼女はこの現象の理由を知っているはずだと、警察も情報を集めて捜している。
僕も、見付けたい。今、彼女はどこでなにをしているのだろうか。
世界を変えた彼女は、今どうしているのだろうか。
その答えを知るためにも、僕は冒険に出ることにした。
変わる前からも、不毛だと思っていた仕事を思い切って辞めてきた。僕は変わった地を歩き回って、新しい生物も植物にも触れて、そして彼女を見付けたい。
昔から冒険をする少年マンガが好きだ。ワクワクするような異世界の冒険を、今なら味わえる。今ここで冒険に出なくちゃ一生後悔する。
ハイキングに似た準備でリュックを持ち、履き慣れたシューズの紐をキュッときつく結んだ。玄関の鏡で自分を見た。寝癖を直した黒髪は少し外にはねているショート。黒縁の眼鏡の奥にある猫目は、覚悟を決めてキリッとしていた。よし、と頷く。それから、一人暮らしの家を飛び出した。
吸って吐いて、深呼吸。あの日以降から、空気は澄んでいて美味しく感じる。緑が多くなったのだから、当然かもしれない。
群青の空の下で、僕は旅立つ。
様々な形の木々が生えた街。やっぱり別世界に感じた。
道路のコンクリートを突き破ってうねるように伸びた太い木が、僅かに残してくれた脇道を通って、東に進んだ。
母校の高校も中学校も小学校も、校庭のど真ん中にケヤキみたいな大きな木が出現した。学校の上空を覆うように枝を広げているけれど、木漏れ日が気持ち良さそうだと僕は思った。
駅ビルのセントラルコートのど真ん中にも、突き破った木が天井を突き破っていた。その木には猫によく似た白く長い毛の生き物が枝の上で丸まって気持ち良さそうに丸まって眠っている。僕はカメラで撮った。僕以外にも、興味津々で見上げる人々を見かけた。
僕は見付けたその生き物の記録を手帳につける。場所と容姿と様子を書きながら動くことを待ったけれど、ずっと気持ち良さそうに寝ていたから移動することにした。
日が暮れてしまうまで歩く。テレビで言うほど生き物が多くないのか、全然出会えなかった。
探し方が悪いのかな。明日は目撃情報を検索して、探してみよう。
僕は人生初めての野宿をした。登りやすい木を見付けて、下から見えないであろう枝の生え際に身体を潜り込ませる。
新世界の冒険は、野宿で警察に見付からないようにしないと台無しになる。いけないことだけれど、やってみたかった。
その辺の一軒家よりも高い木の枝の上で寝る。夜になれば、夜空は真っ青だった。深みのある青色で、そこに輝く星が散りばめられている。隙間がないくらいのたくさんの星が、よく見える。
初めての野宿のドキドキと星空の感動で、胸が一杯になった。世界が変わってから、美しいものばかり目にしたけれど、冒険を始めたこの日の空が一番だ。人生で一番の空だ。
ドキドキに勝って、歩いた疲れで日が昇るまで眠った。
起きたら、ストレッチ。木から慎重に下りて、近くの公園の水道で顔を洗って、歯を磨く。
朝ご飯は、あの生き物達の主食と言われているもの。テレビでもネットでも見分け方が書いてあったから、すぐに確保できた。
「いただきます」
クルミの匂いがする木は、幹が太く、真っ直ぐに立つ。その太い幹の皮は簡単に剥ける。手よりも大きな皮を剥ぎ取った。すると、ずんずんとまた皮が生えてくる。
皮はブラウン。かじってみれば、少し固め。だけれど、少し噛んでいけば、すぐに柔らかくなる。味はまるでビーフジャーキーだ。噛めば噛むほど旨味が滲み出る。
調査した植物専門家によれば、かなりの栄養素が含まれていて、あの生き物達はこれだけでも十分生きていけると推測している。人間も問題なく食べられるし、まるまる一食分補るからダイエットにいいだとかもそんな情報があった気がする。
運動のためのエネルギーまでは補えないとは聞いたけれど、別に走るつもりはない僕はこれだけで済ませた。ちょっともう二枚、もらっておこう。
持参した水筒で水分補給もして、出発する。
携帯電話で検索して、生き物を探していく。そしたら、新世界の三十日記念、なんてワードを見付けた。
あの日から、もう三十日経ったんだ。
僕は三十日も経ってから、漸く冒険を始めた。自分の決断の遅さに苦笑を零してしまう。
三十日か。彼女は今何を思っているのだろうか。
彼女の死亡説が目に入ってしまい、僕は顔を曇らせる。サイキックの彼女が命まで使い切って世界を変えたという説があった。そうでないことを祈る。彼女が変えた世界なのに、彼女が見ることもなく死んでしまったなんて、悲しすぎる。そんな悲しい目に遭っていないと信じたい。
政府やマスコミも血眼で捜しているのに、未だに見付かっていないということは何を意味するか。想像してしまいたくない。
絶対に彼女は、変わった世界で生きているはずだ。
この群青の空の下で、必ず。
僕は見付けてみせると、改めて決意をした。
歩みを強めて、突き進む。火を吹くらしい生き物がいるって情報を元に、探してみた。それはなんだかゲームでマップを頼りに宝を探している状況と酷似して、ちょっと笑ってしまう。面白い。
線路の向こうにいるとわかって、迷った。線路の上をアーチみたいに伸びている木がところどころあるらしい。僕もそれを見付ける。線路の向こうに渡れるようだ。
立ち入り禁止の看板があるし、踏み切りを探してもいい。でも、僕は危険を冒してみようって決める。
若緑の幹は、道路並みに大きい。綱渡りってほど危険ではないから大丈夫だろう。しっかりした橋と同じ。ただちょっと丸みがある。幹というより巨大な蔦みたいに二つが絡み合って、向こう側に繋がっているみたい。
踏み外さないように足元を見ていたら、落ちてしまった時のことを想像してしまった。途端に、足が竦んで固まってしまう。
恐怖のあまり動けなくなるって、本当にあったんだ。
怖くって、怖くって、足を踏み出せそうにない。ゲームなら突き進むのに、線路のど真ん中で僕は立ち尽くしてしまう。
このままでは電車が通過した時の揺れで落ちかねない。なんとか、進まないと。
長い時間立ち尽くしていたみたいに、強張ってしまった足を、引き摺るように踏み出す。ガクガクと震えた。
だめだ、恐怖につられてっ……!
ずるっと、足が滑った。丸みのある橋から、落ちる。感覚全部を置いていって、身体が落ちた。
「うわっ!?」
腕を掴まれて、やっと声が出る。
宙ぶらりんになる僕の腕を掴んでいるのは、女性だった。だけど、ちょうど太陽がある方で、顔が見えない。逆光だ。女性だとわかったのは、長い髪だったからだ。とても長い髪。それにロングワンピースだ。
「大丈夫ですかー?」
気のないような、少し伸びた口調。覚えのある穏やかな声だった。
その女性は女性らしくない力で僕を引き上げくれる。彼女は、裸足だった。顔を上げるとまた逆光で見えない。でも、髪が真っ白だということはわかった。不思議な人。
「滑りやすいですからー、気をつけてくださいね」
僕に背を向けるその瞬間、微笑んだ顔がはっきりを見えた。
純白の髪はしなやかに揺れる。ラメが塗られているみたいにキラキラとしていた。青と緑と金の粒の光。
僕は確信する。彼女だ。彼女だ!
口を開こうとした瞬間、生き物が二匹も僕を飛び越えた。彼女が連れているらしい。
子狐によく似た真っ白な生き物は、ふっくらした尻尾を三つも持っていて、彼女の横をテクテクと歩いていく。
もう一匹は、黒猫にそっくりだった。しかし、尻尾は異様に長い。それに僕を振り返る顔は、とてもニヤついている。軽やかに彼女の後ろを歩いていった。
彼女もまた裸足でスタスタと渡り切って、螺旋階段のような根元を滑り下りる。僕は恐怖を忘れて、慌てて追いかけた。
「待って! 僕っ! あなたを知ってます!」
とにかく引き止めたくって、声を上げる。地上に下りた彼女は僕を見てくれた。間違いなく、彼女だ。
髪は真っ白になっているし、瞳は緑色になっている。でも彼女だ。
人差し指を口に当てて、はにかんで笑った。
肯定だ。そんな彼女を見て、僕の顔が熱くなった。
「ま、待ってください!」
彼女がそのまま行こうとするから、必死に呼び止めて追う。気をつけて、と言われたのに僕はまた足を滑らせてしまい、螺旋上の根元に落っこちてしまった。
ドサッと落ちたと同時に「ギャウン!」と動物の声がする。見れば、探していた火を吹く生き物の尻尾を踏みつけてしまったらしく、ギロリと睨んできた。
黄色い身体。トカゲに似ている二頭身。
「ご、ごめん! ごめんなさいっ!」
いくら温厚でも、尻尾を踏みつけられれば怒る。火を吹かれるかもしれない。謝っても、許してもらえないみたいだ。
目をつり上げたまま僕を睨むと、口をガバッと開けた。そこからボッと黄色い火が現れて、それが僕に向かって吹かれた。立ち上げて逃げる暇がなかったから、腕を盾にする。
けれども、熱さを感じても、火は襲いかかってこなかった。
腕を退かして見てみれば、見えない壁に阻まれたみたいに黄色い火は宙に留まっている。彼女の力だ。
彼女は翳していた手を振り上げる。火は花火のように、打ち上がった。
「悪気はないの。許してあげて」
僕達のそばにしゃがんで、火を吹く生き物の尻尾を優しく撫でる。伝わったらしく、生き物は息を深くつく。まだ僕を睨んでいる目付きだから、怒っているようだった。
「あ、そのジャーキー分けてくれたら許してあげるって」
「え? あ、はい……!」
彼女が笑いかけて言うから、呆気に取られつつも僕はリュックから今朝とったジャーキーを取り出す。恐る恐る差し出すと、目の前の生き物はかぶりついて受け取った。これで許してもらえたらしい。
「……彼らの心の声も聞こえるのですか?」
僕は彼女を見上げて、恐る恐ると尋ねた。
他人の心も読めると彼女の能力は、この生き物達にも通用しているみたいだ。
「んー。ちょっと違います。彼らの場合は、以心伝心です。私もなんとなくわかるし、彼らも私が言いたいことがわかるみたいなんです」
穏やかなでまったりした話し方で、彼女はそう答えた。
以心伝心。彼女は、特別らしい。
あの黒猫みたいな生き物が僕を見下ろしていて、やっぱりその顔がにやにやしているみたいに見えて不気味に思えた。
「じゃあ、気を付けてくださいね」
髪とスカートを靡かせて、彼女が去ろうとする。
僕は「ごめんなさいっ」ともう一度生き物に謝って、彼女を追いかけた。
「メリーさん!」
テレビで呼ばれていた名前を口にすると、彼女はまた振り返ってシーと口元に人差し指を当てる。僕は慌てて口を押さえた。政府も探し回っている人の名前を大声で呼んではだめだ。
「今はラピスと名乗っています」
「じゃ、じゃあ……ラピスさん」
ラピス。ラピスラズリからとった名前だろうか。
「そ、その」
呼び止めたものの、自分でも理由がわからない。なんて言えばいいだろう。そもそもあまり異性と喋ったことないぞ、と余計なことを思い出してしまった。緊張が最高潮に達してしまう。
「い、一緒に行ってもいいですか!?」
何か言葉を出さなくてはと絞り出したのは、それだった。自分の発言をあとから脳に染みて、ガッと顔が熱くなる。きっと真っ赤になってしまったに違いない。
「ぼ、ぼ、僕は、その、今、冒険にぃ……出てて……その……」
きょとんとしている彼女に説明しようとして、つい冒険というワードを口にしてしまった。彼女に笑われてしまうんじゃないかと急に怖くなる。そうなれば、僕は家に引きこもってしまいかねない。この世界が嫌いになってしまうかもしれない。
そんな不安は杞憂に終わる。
「冒険! いいですねー。私も冒険ついでに散策しているところなんですよー」
彼女は柔らかく笑ってくれた。
ホッと力を抜くと、次の発言に驚かされる。
「では一緒に行きましょう」