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高校戦争(仮)  作者: モルコム
1/1

log - #15

これは以前投稿していた、初任務1~4の再編集+αバージョンです。なので1~4を見てくださっていた方は最後だけ見るのをお勧めします。

―AM 09:15


 割れたガラス、開け放たれたドア、壁には生々しい血の跡。曇天の空の下、無人となった街中を、二台のトラックが駆け抜けていく。

 その日、僕ら合同部隊の12人は、ある任務を遂行するために目的地へとむかっていた。


「やっぱり、今回の任務は一年には荷が勝ちすぎていると思うんだよ」


 車に揺られながら、小杉先輩が他の先輩と苦々しい顔でそう話しているのが聞こえた。当然だ。誰が戦闘経験のない僕らにこんな任務を任せるだろうか。仮に先輩たちに随伴する形だとしてもだ。

 戦闘を経験したことがない、だから死に直面したとき、恐怖で動けなくなる可能性もある。そうなったら部隊にとってはただのお荷物でしかない。

 使えない味方は時として敵にも匹敵する。訓練所で教育を受けた者ならば、誰もが当然の如く理解していることである。

 そういうわけで、僕らは当然のこと、先輩たちもこんなにも早く、一年に重要な任務を任されるとは予期しなかった。だが、現実に、僕らは今ここにいる。どうしてこうなったのか。ことの発端はさかのぼること3時間前――。



* * * * *


「あなた方を朝食前のこんな時間に呼び出して申し訳ありません」


 生徒会長の水島七海は僕たち1人ひとりを見渡してそう言った。澄んだ瞳に長く整った黒髪のその容貌はとてもふたつ上とは思えないほどの大人の雰囲気を醸し出している。


「いえ、構いません」


 班長の伊藤先輩はいつもの仏頂面でそう答えた。身長160センチの先輩は椅子に腰掛けた会長と同じくらいだった。


「今回、あなた方をここに集めたのは、ある任務を与えるためです。まずは手短に何があったのかをお話ししましょう」


「今から1時間ほど前、私達が偵察に出していた334部隊との交信が途絶えました。付近で支援物資が投下された直後のことです」


「この部隊が偵察していた辺りは、支援物資が落とされることが多く、また、他の高校との事実上の境界線でもあるとても重要な場所なのです。もし仮に他の高校による襲撃だとすると、こちらとしても放っておくわけにはいきません」


「そこであなた方に物資の確保、及び現地調査を任せたいのです」


 しばしの沈黙。班内に驚嘆の空気が流れる。


「お言葉ですが会長、いくらなんでもこの時期に一年を本格的な任務に就かせるのは早すぎではないでしょうか」


 彼の言っている通りだ。通常、ここに初めて送られてきたものは、一年の間はまず戦闘業務につかされることはない。


「それは充分承知の上です。どの高校でもそのように考えるのが普通でしょう。その点に関してはこちらでも充分すぎるほど議論しました」


「だからこそ、私達は他校を出し抜くためにも、一年生全体の戦力を上げるためにこのようにしようと考えたのです」


「だとしても今回は作戦の難易度が高すぎます。これでは、貴重な戦力を上げるどころか失うだけです」


 先輩は少し口調を強めて訴えた。それに対し会長は身じろぎ一つせず、こう続けた。

 

「確かに、この作戦は遂行が困難なことが予想されます。しかしここにいる一年は三年に及ぶ訓練でいずれも好成績を出した者ばかりです。彼らを含め、あなたたち12人なら、この任務を無事に達成出来ると私達は考えています」


「しかし彼らはまだ人を……」


 先輩はそう言いかけてその先を言うのをやめた。会長の目はこれ以上話すことはないという強い意思を表していた。


「話は以上です。詳しいことは後ほどブリーフィングで。次の召集は0700に、解散」



* * * * *



 そして今に至るわけだ。伊藤先輩はあの後、何も言わずに了承してしまったわけだが、納得いくわけがないだろう。彼は助手席で流れていく景色を、相変わらずの顔で眺めていた。小杉先輩はいまだに他の先輩方と話しているようだった。

 僕ら一年はというと、皆静まり返っていた。 


「司たち、大丈夫? 緊張してる?」


 智也先輩が声をかけてきた。やっぱり先輩は気を配るのが上手い。


「大丈夫だって、それに司たちあれなんでしょ。成績優秀者。なら心配することないよ」


他の先輩たちも加わってきた。

「指示に従ってたらあとは班長がなんとかしてくれるから。あと、コイツの指示には従わないように。死ぬよ、マジで」


「うるさい」


 僕を含め何人かの顔に、うっすらと笑顔が浮かんだ。皆の緊張が和らいだのは確かだった。僕はこの時ほどこの班に配属されたことを感謝した日はない。


 そうこうしているうちに、僕たちは目的地付近についた。少し心臓が重苦しく感じる。いつの間にか、銃を持つ手が少し震えていることに気がついた。


「よし、じゃあ手短に作戦を確認するぞ」


「まず、これから二手に分かれる。一つは周辺の監視のために西の鉄塔へ。もう一つは物資回収と周辺調査のために北へいき、そこから更に二手に分かれて、それぞれ回収と調査を行う」


「万が一、作戦に支障をきたす場合は、本部と各チームに無線で連絡。ここを集合場所とする。いいな」


伊藤先輩はいつもの面構えではなくなっていた。他の先輩たちに一年の皆も顔が引き締まっていた。


「行動開始」


その合図とともに僕の初めての任務が始まった。




―AM09:32


 僕たちは静かな住宅街を壁沿いに進んでいた。鳥のさえずり、風の音、木のざわめき、足音、服の擦れる音、呼吸、心音。脇汗が体を滑り落ちる。自分の感覚が極限にまで研ぎ澄まされている実感があった。意識は、曲がり角や塀、家の窓、屋根の上にまで満遍なく向けられている。あらゆる物陰が怪しく思えた。

 やがて、僕らの班は目的地のスーパーのある交差点のT字路にたどり着いた。先頭を歩いていた伊藤先輩がコンクリート塀から顔を出して、スーパーの様子をしばらく観察したあとに、僕らにこう伝えた。


「情報では、スーパーの駐車場に支援物資が投下されたとのことだが、見ての通り、それらしいものはない。また、334部隊はスーパーで活動していたらしいが、ここから見るかぎり、彼らはいないように見える」


「考えられる最悪の事態は、物資が奪われ、仲間が殺されていることだ。状況を考えるとその可能性が高いが、建物の壁を見るに、ここで銃撃戦があったようには見えない」


「確認のためにも、一度あのスーパーを調べる必要がある。そして、物資がない以上、物資担当の班にも建物内の調査に加わってもらう」


「建物に近づいたら、俺の班は裏の搬入口へと向かう。小杉の班は正面で待機、こちらの準備が整い次第、合図とともに侵入する。ひと通り調べ終わったら中で落ち合おう」


 全員が頷く。そして先輩のハンドサインを合図に、銃口を建物へと向けながら、少しずつスーパーに近づいていった。それと同時に、僕の中の緊張のボルテージも上がっていく。建物の壁についた。ガラス張りの壁越しに中を覗く限り、以前売られていたであろう商品のごみ屑が落ちているほか、特に変わった様子、たとえば薬莢や銃痕などはなかった。


「ここからは別行動だ。小杉、頼んだぞ」


「了解」


 迂回して搬入口へと移動する。ここにもやはり異常は感じられない。いや、もう異常の中に肩までどっぷり浸かってるのかもしれないが。


「準備完了だ」


 侵入が始まる。


「いつでもどうぞ」


 伊藤先輩は少し間を空けたのち、言った。


「突入」




 バックヤード内は奥が見えないほど暗く、見通しが悪かった。電気のスイッチは搬入口近くにあったが、肝心のソケットが全て空になっていた。また、思いのほか多くのダンボール箱が辺りを占領していた。といってもこれもまた中身は空っぽか、使い道のないものばかりだったが。

 それもそのはず、この地区が国から指定地域に定められたのはもう5年ほど前のことだ。当然使えるものは全てその頃に持ち出されているだろう。特に物資の多いスーパーならなおさらだ。電球もその頃に持ち出されたのだろう。


「全員、ライトをつけろ」

 

伊藤先輩の言葉で皆が小銃につけたフラッシュライトのスイッチを入れる。そして進行方向を照らしながら、ゆっくりと進んでいった。





「クリア」


「こちらもクリア」


 侵入してから5分ほどが経った。僕らはバックヤード内をあらかた調べ終え、残すところは冷凍室のみとなった。全員が金属製のスライドドアの前に集まった。


「司、お前がドアを開けろ」


「わかりました」


ドア横の開閉ボタンに手をかける。伊藤先輩の合図でボタンを押す、まさにその時だった。


「こちらHQ、こちらHQ。フォックス部隊、応答して下さい。」


 ヘッドセットからノイズ混じりの女子の声が聞こえてきた。ボタンから手を離し、ヘッドセットに耳を傾ける。


「こちらフォックス部隊、どうぞ」


「こちらHQ、先ほど今チャーリー部隊からの交信が来ました。彼らは無事に物資を回収したそうです」


 安堵のため息。みなお互いの顔を見合わせて笑みを浮かべている。


「了解、それで彼らは今どこにいるんだ?」



「チャーリー部隊はただいま帰還途中とのことです」


「了解した。こちらも準備でき次第、すぐに帰還します」


 これで僕らがここに居残る理由もなくなった。あとは車で本部に戻るだけだ。結局、僕らが感じた不安なんかは、すべて杞憂に終わってしまったのである。こうなってくると、何か物足りなさまで感じてしまう。どうせなら銃の一発でも撃って帰りたいものだ。

 

 そう思った時だった。冷凍室の中から物音がしたのは。

 

 同時に班の雰囲気も一変した。


「今の聞いたか」


「はい」


「俺も」


「わたしもです」


 皆の視線が一斉にドアに集中する。


 伊藤先輩が全員に合図し、再び突入体制をとる。僕もあわててそれに合わせた。伊藤先輩がサインをだす構えをとる。開閉ボタンに手をかけ、その時を待った。手が振り下ろされる。僕は力強くボタンを押した。はやる気持ちとは裏腹に、ドアはゆっくりと開いていく。やがて、人ひとりが通れるほど空いたところで、次々と班員が突入していった。僕もその後に続いた。

 冷凍室は僕が想像したほど広くはなかった。業務用の冷蔵庫が壁にそって設置されているほかに、置かれているものはなく、隠れられそうな場所はないように思えた。


「聞き間違い?」


「そんなはずはない」


「わたしも確かに聞こえたよ」


「なら、どこに……」


 そう言いかけたとき、伊藤先輩は何かに気がついた様子で、急にライトを地面へと向けてきた。


 そこには、血のついた何かを引きずったような跡が付いていた。そして、それはドアの外から冷蔵庫へと軌跡を描いていた。


「確認するぞ」


 全員が冷蔵庫を取り囲むようにして小銃を構える。僕の心臓の鼓動が加速する。先輩の合図で冷蔵庫が開かれ、僕たちは中を覗いた。




 ――中には自らの血で身体を染めた334部隊の隊員の変わり果てた姿があった。



* * * * *



「千翔、亜美、こっちへ来い。生存者だ。」


 中から遺体を引き出していた伊藤先輩がそう言った。全員が先輩の元に駆け寄る。足元には虫の息の隊員が横たわっていた。口からは血を流している。見ると、彼の脇腹あたりに銃創があり血は少し変色していた。


「弾は抜けていますが、これでは処置をしても学校までもつかどうか……」


「ひとまず手当てをしておけ、あいつらを呼んできたらすぐに撤退だ」


「忍田は他の奴らに、司は本部に撤退の要請をしろ」


 すぐさまチャンネルを合わせる。汗が頬をつたう。先ほどまでの威勢は遠く彼方へといき、代わりに恐怖と不安が襲ってくる。敵がすぐそこにいることの恐ろしさを、司はいやというほど身をもって体感していた。ここからなんとしてでも生き延びなければ。そんな想いが司を掻き立てる。その為には一刻も早く本部と連絡を取らなければならない。

  そして異変に気付く。無線がつながらない。何度試しても耳に聞こえてくるのはザーッという砂嵐の音だけだった。壊れていないかもよく調べたが結果は変わらなかった。

 すると、


「司、どうしよう、無線がつながらない……」


 どうやら忍田も同じことになっているようだった。ならこれは機械の故障じゃない。もし二つとも壊れていなければの話だが。確認する方法は一つ。


「先輩!  無線がつながりません!」


「故障か?」


「僕と忍田のどちらともです。その可能性は低いと思います」


 先輩が無線機を顔に近づけたしばらく後、同じ結果にたどり着いたようだった。少しの思案の後に先輩は僕らに指示を出した。


「忍田、司、2人は小杉の所に行ってここに集まるように言ってくれ。その後――」


 その時だった、ガラスの割れる音。直後に連続する銃声。それらは売り場の方から聞こえてきた。途端に、皆が顔を上げ売り場の方を見る。戦闘が行われているであろうことはすぐに推測がついた。


「司、忍田、確認してこい。可能なら状況報告を、そしてあいつらをここに集めろ、今すぐに」


 そう言うとすぐに先輩は地図を広げ、何やら考え込み始めた。その姿を尻目に僕らも売り場へと向かっていった。

 結果としてその銃声は戦闘開始を知らせる合図となった。




 先輩の命令が下された後、僕と忍田は売り場へとつながる扉の隙間から中を覗いていた。床には相変わらず菓子の袋やらなんやらが散乱している。だが、班員達がやったのだろうか、それらは壁に寄せられて中央に道を作っていた。

 しかし、彼らは司達の場所からは見えなかった。


「司、何か見える?」


「いや、もう少し入ってみないと分からない」


 敵と遭遇するかもしれない。そんな不安が頭をよぎる。しかし、そんなことを気にしている余裕は無い。今こうしている間にも仲間が戦っているのだ。僕は隊員としての責務を果たさなくてはならないのだ。そう思いった時、少しだが自分の体が思い通りに動いた。


「ゆっくり、慎重に進もう」


 扉を開き、左右を確認する。人の気配は無い。そのまま前方の棚に身を隠す。

 すると奥の方から銃声が聞こえてきた。どうやら外から中へと向かって撃っているらしい。そしてそれに呼応する形で中からも銃声がする。班員達だろうか。ガラスを抜けた弾丸がアルミの棚に当たって、店内に騒々しい音を響かせている。


「司、小杉先輩を見つけた! 僕の見てる方のレジのところだ!」


 言われた通りに忍田の方を見ると、確かに小杉先輩がこちらに背を向けてレジの裏に、窓の方を向いてしゃがんでいた。その窓には何発かの弾痕が生じているのが見て取れる。


「忍田、僕はこれから小杉先輩に所に行ってこっちに集まるように言ってくる。忍田はこの状況を伊藤先輩に伝えて欲しい」


「本当に言ってるの? ここから叫べば??」


「それじゃあ敵にも情報が流れるかもしれない。それにこの銃声の中じゃ聞こえずらい、もっと近づかないと」


 正直、僕はこの銃弾飛び交う中を匍匐していく自信はなかった。いまも鳴り響くこの音は僕をおかしくしてしまいそうなほどである。

 そんな自分を正気にしてくれるのは隊員としての責務のみである。僕の心はこの責務に必死にしがみついていた。いつしか、その責任感こそが僕を動かす行動原理となっていた。


「オーケー、そこまで司が言うならそれに従うよ」


 忍田はあまり納得して無いようだったが、わかってくれたらしい。有り難い。


「また後で」


「司、気を付けて」


「わかってるって」


 忍田がドアから引き返していくのを見届けた後、僕は這いながら先輩の元へと向かって行った。

 這っている最中も弾丸が僕の真上を掠めていった。それらが衝突する度に作り出す音が、僕の両腕と両脚は何度も動きを止め、歩みを遅らせられた。

 やっとのことで近くの棚に辿り着くと棚に背中を預け、一息つく。先輩はまだ外に注意を向けているようだった。

 敵に気づかれないように、しかし先輩に聞こえる声で僕は声をかけた。


「先輩!」


「司!? そんなところで何してんだ!」


「伊藤先輩に探してこいって言われて……」


「とにかくそれ以上前に出るな! 狙われてるぞ!」


「そんなことはわかってますよ、駐車場の奥辺りからならしゃがめば大丈夫です!」


「それだけじゃ無い! 奥のマンションの屋上から狙撃されている! それ以上進めば奴の視界に入るぞ!」


 よく見ると確かに先輩の周りには高所から撃ち込まれたであろう弾丸による穴が幾つも穿たれていた。そしてそれらは全て先輩の周囲30センチメートル以内にできている。あと一歩進めば自分も腹に穴を開けられていたと思うと、途端に身が竦んだ。このままでは恐怖で心臓が止まってしまいそうだ。


「小杉先輩、そこから一歩も動けませんか」


「いや、スモークを使えば退くことは出来る。ただ最初の接触で豊田が脚を撃たれた。今俺の隣のレジでミズキが手当してる。それが終わるまでは退がれない」


「分かりました、俺が援護します」


「助かるよ」


 そう言うと先輩は持っていた手鏡を僕の方に滑らせてきた。


「向かいの建物の5階と駐車場の奥の二台の車」


 鏡越しに目を凝らすと、確かに奥の車の窓越しに人影が見える。そしてマンションの5階部分の手すりの隙間からは細く黒い棒が突き出ているのが確認できた。

 そのうちなんだか見られているような気がして、鏡を持つ手を引っ込めた。


「司、準備ができた、援護して」


 丁度いいタイミングだ。


「了解」


 棚の端から駐車場を覗き、黒塗りのワゴン車に向かってトリガーを引く。と、同時に先輩が幾つかスモークを投げた。

 数秒後、プシューッという音と共に辺りに白い煙が立ち込める。


「全員、バックヤードまで退却!」


 弾を数発撃ち、後ろへと振り返る。そのまま下がりながらも時折撃ち、進んでいく。

 扉の側には忍田と伊藤先輩が銃を構えて待機していた。


「急げ!」


 次々と扉になだれ込む班員達。

 最後に小杉先輩が入ったのを確認すると、伊藤先輩が扉の鍵をかけた。




「状況確認だ。お前ら、怪我はないか?」


 伊藤先輩が扉の鍵を確認した後に班員の顔を見回した。僕を含めた小杉班の多くが、床に座り込んで呼吸を整えている。


「豊田が脚を撃たれた、応急処置はしたけど早いとこ学校に戻らないとマズい」


 小杉先輩が荒い呼吸でそう言う。

 伊藤先輩が豊田の方を見やると、彼はまるで何事も無いかのように親指を先輩に向かって突き立てた。彼らしい仕草だ。


「わかった、他に何か連絡することはあるか?」


「無線が通じない」


「それは確認済みだ」


 「他には」という先輩の声に、一瞬あたりが静かになる。

 班員を見回し、確認すると先輩は口を開いた。


「豊田が傷を負ったのは想定外だったが、お前らが戦っている間に一応撤退の案を考えた。小杉とミズキの意見も聞きたいから少し時間が欲しい。」


「わかった」


「他の奴らは撤退の準備をしておけ」


「了解です」


 そう言うと先輩は近くのテーブルに地図を広げ始めた。


 しばしの休息となった。


* * * * *


 先輩から言われていた通り、僕は準備を進めていた。

 あの後余った一年で話した結果、僕が生き残ったチャーリー部隊の彼を運ぶことになった。そのため僕は彼の体から傷口に触れないように装備品を取り除いていた。気持ちが一向に落ち着かない。弾丸が体スレスレを通っていったかと思えば、この静けさ。緊張と弛緩の繰り返し。この急な感覚に心が追いつかないのだ。なるほどこれならPTSDになるのもわかる。これは下手に生き残る方が辛いかもしれない。傷だらけになりながらも一人生き残った彼の体を背負いながらそう思った。


「お前ら、行くぞ」


 先輩の合図と共に、皆が一斉にレジの方へと向かう。駐車場には敵の姿はなかった。


「お前ら、準備はいいな。これから俺が外に信号弾を撃つ。狙撃部隊からの返事があり次第、ミズキと小杉はカバーポイントまで移動しろ」


「その間俺らは二人の援護に入る。彼らが移動し終わったら司、お前から順にカバーポイントまで走れ」


「いいか、くれぐれも気をしっかり保てよ」


「「「了解! 」」」


 直後に信号弾が撃ち込まれる。数秒後、弾丸は激しい光を放ちながら、ゆっくりと落ちっていった。

 数分後、西の空に二つ目の閃光が現れた。


「作戦開始! 」


 彼がそれを言い始めると同時に、小杉先輩とミズキ先輩が飛び出した。

 さらに同じタイミングで敵の一斉掃射が始まった。


「2時の方角!機関銃! 」


弾丸の応酬が始まる。敵が居るであろう物陰に向かってリズムよくトリガーを引く。


「おい司!今だ、移動しろ! 」


 慌てて銃を下げると、隊員の体を落とさないようにしっかりと掴み、外へ駆け出した。銃声が濃くなる。 司はただポイントへ向かって走ることだけを考えていた。心臓が締め付けられ、呼吸が苦しくなる。それでも彼は走り続けた。

 ポイントにたどり着くと同時に彼は倒れ込んだ。小杉先輩が駆け寄り、体を起こす。


「大丈夫か」


「はい……少し、疲れただけです」


「ならとっとと立ち上がって」


 そう言うと彼は後続の仲間の援護に向かっていった。

 正直、司の心は限界を感じていた。

 生きるか死ぬか、その重さは彼の体と精神に多大なる圧力をかけていた。


 その時だった。


「豊田!」


「嘘だろ……」


 彼は足から血を流し倒れていた。先ほどの怪我で移動するのが遅かったのだろう。まだ息があるようだったが、倒れたのは更地。助けるには困難だった。


「先輩!!!」


「駄目だ!諦めろ!」


 冷酷にも伊藤先輩は瞬時に判断を下した。どんな時でも隊長の指示は絶対だ。乱せば士気に関わる。誰も彼の元へは向かわなかった。やがて彼の体に弾丸が浴びせられる。撃ったのは伊藤先輩だった。

 あまりの出来事に思考が止まる。


「ほら、とっとと移動しろ!」


 それからのことは曖昧だった。彼が再び我に帰ったのは駐車場を後にした時だった。



* * * * *



(けい)、なに読んでんの? 」


「これ? 保管庫に置いてあった戦闘記録、参考になるかなって思ってさ」


 ベッドで寝ころびながら読んでいた俺は、背表紙を(さとし)をのほうに向ける。

 「ふうん」とだけいうと、聡はそれきり興味を無くしたようで再び机に向かってしまった。

 時刻は午後11時。静けさに包まれた街のどこからかフクロウの鳴き声がする。本来は消灯の時間だが、二人はひっそりと起きていた。


 「よく勉強なんかする気になるな」そうからかった裕哉(ゆうや)健治(けんじ)が寝てからすでに一時間。圭の瞼もそろそろ限界だった。


 あんま参考にならねえな。そう吐き捨てるように呟くと俺は布団を被った。

 明日も朝から訓練か。そう思うと少し憂鬱な気持ちにもなる。同時に頭の中を様々なことがよぎった。


 まあ今はつかの間の温もりを享受しよう。

 気分を切り替えた俺は「聡も早く寝ろよ」とだけ言うと今度こそ深い眠りについた。

なんだか微妙な形で終わったように感じた方もいらっしゃると思います。申し訳ないです。前々から言っていたように新しい形でこのお話は続けるつもりなのでそちらのほうも見ていただけると幸いです。

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