第109話 学園モノといえば、やはり転校生ネタですね 7
ちょっと長くなりましたが、トリス達が解決のため行動を起こす前の最後の日常編です。
お付き合い下さい。
重苦しい雰囲気のまま、難しい顔をして俯くトリスとホルス。
そんな彼らの空気を切り裂くかのように、タイミング良く声をかけてくる者がいた。
「あ、トリス君、ホルスト君、おはようございます。」
そう、マルティナである。2人の醸し出す空気を気にもとめず、朗らかな笑顔で挨拶してくる。
そんなマルティナを見て、2人は力が抜けた笑を浮かべつつ返事を返す。
「「…おはようございます。」」
「あれ?何か悩み事かな?2人して暗い顔してると、クラスも暗くなっちゃうよ?トリス君さえ良ければ、私がどんな事でも相談に乗ってあげるよ?」
2人の様子が何処かおかしいことに気付いたマルティナは、トリスの背後に回り込むとそのまま腕を回して抱き着いてくる。
「…先生、危ないです。色んな意味で。」
「え〜、何が〜?別に私、危ない事してるわけじゃないよね?」
先生が生徒に学校で抱きつくという、世が世なら逆セクハラとでも言われそうな事案が発生している事と、トリスの背中に押し付けられる彼の精神力をゴリゴリと削り取ってくる凶悪なモノがあるという二重の意味で危ないのだ。
「フフッ。…先生は相変わらずトリスの事が好きなんですね。」
子猫のようにトリスに甘えるマルティナを見て、ホルスは思わず笑ってしまう。バカにして笑ったのではなく。寧ろ暖かい笑みを浮かべているのだ。
「…やっぱりホルスト君には笑顔が似合いますよ。どんなに絶望的な状況でも、そうやって笑っていれば、幾らか心に余裕がでますから。そうすれば、少なくとも考える事を止めず、最後まで諦めないで物事に立ち向かっていけますよ。」
いつになく熱く語るマルティナ。
そんなマルティナに、感謝を感じるホルス。
「…先生。ありがとうございます。」
「いえいえ。生徒が困っているのであれば、助けるのは教師の務めですか。」
満面の笑みを浮かべて教師の鏡のような事を言うマルティナ。
「はい。あ、でも僕達別に絶望的な状況には立たされてませんよ?問題を、どうやって解決すれば一番効率的で、効果的なのかなという事を考えていたんですよ。」
「あ、そうでしたか。私に出来そうな事であれば、何でも言ってくださいね?…?トリス君?折角ホルスト君が顔を上げたのに、何故トリス君は寧ろ顔を俯かせているのかな?」
「…。」
無言のまま、薄ら笑いを浮かべているトリス。そんなトリスを、横から覗き込んで嫌な予感を覚えたマルティナは問うてみるが、全く反応が見られない。
「…マルティナ先生。ホルス。」
「「は、はい。」」
急に声を出したトリスに、ビシッと背筋を伸ばして返事をする2人。
「マルティナ先生が俺に抱き着いてるのはもう諦めるとするよ。でもな、さっきから大人しくしてればなんだ?人の頭越しに『これぞ青春』みたいな会話してんじゃねぇぞ?」
トリスは若干キレ気味で2人に対して物申す。
「ご、ごめんって。…てか、マルティナ先生のスキンシップに関しては許すんだ。」
そんなに怒ってない事に気が付いたホルスは、話題を別にすり替えて完全に忘れてもらおうと、引っかかった事について聞いてみる。
「おうさ。一々気を張ってたら、それこそキリがないわ。だから軽いスキンシップは許容する事にしたんだわ。」
「…何か、いつもより口調が荒くなってない?」
「機嫌が少し悪いからな。…マルティナ先生?何で急に腕に力を込め始めたですか?更に密着度が上がってますが?」
「…ギューッ。スンスン…。」
あろう事か、トリスからのスキンシップのお許しが出たと思ったマルティナは、トリスの右肩辺りに顔を埋めてスリスリしたり、匂いまで嗅ぎ始めたのだ。
「な…。おいホルス。俺今軽いスキンシップなら許すって言ったよな?」
いきなりの所業に、トリスは顔を引き攣らせながら、ホルスに聞く。
「え、あ、うん。」
表情から、トリスが何らかの制裁に出ると察したホルスは、若干後退しながら答える。
「これは、軽いの定義を遥かに超えてると思うんだがな?」
ホルスからの答えが返ってくると同時に、トリスはまた薄い笑みを浮かべながら、左手を自身の首筋辺りにあるマルティナの頭に添える。
「あ、マルティナ先生。ご愁傷様です…。」
「ウフフフ…。え?…にゃぁぁぁぁぁぁ!?い、痛いです!」
最初はトリスに頭を撫でて貰えるのかと喜んでいたが、ホルスから『ご愁傷様です』と言われたため顔を上げようとした瞬間、トリスの必殺アイアンクローが炸裂してしまう。
「…これに懲りたら少しは常識を学ぶんですね。」
アイアンクローを維持したまま、マルティナに諭すように言うトリス。
「──(悶絶)!」
しかし当のマルティナは、あまりの痛みに悶絶しそれどころではないようであった。
「トリスさん?ちょっと手を緩めてあげないと、話を全く聞けないんじゃ…。」
「え?そう?…まぁ、流石にこれ以上の女性に対しての暴力はアカンか。」
ホルスから若干引いた感じで指摘されたトリスは、アイアンクローを止めてマルティナの頭をポンポンと優しく撫でる。
「…うぅ。頭が割れるかと思った…。」
「いや、そんな強く握ってないと思うんですが?」
「え!?コメカミに綺麗にくい込んでましたよね!?」
「いやいや。俺がマルティナ先生に対して、そんなに痛いことするわけないじゃないですか。アイアンクローした事については、やりすぎって事で謝りますから、機嫌直して下さいよ。」
「むぅ〜。…正面から抱きしめてくれたら許してあげます。」
「…はぁ。それくらいなら。」
トリスにしては珍しく、マルティナをまともに相手にしているため、ホルスは非常に驚いたが、抱きしめ始めた辺りから何とも居た堪れない表情になってくる。
「…恋人同士かよ。」
「「え?なんか言った(いました)?」」
「いや、何も言ってませんが。あ、そんな事よりも、早く朝礼始めないといけないのでは?」
「あ!…分かりました。じゃあ教室に入りましょうか。」
マルティナは名残惜しそうにしていたが、何とかトリスから離れて教室へと入っていくのだった。