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やがてすべての脚を切り落とされて、カニの甲羅は砂浜に転がった。俺はデンスを押しのけてその甲羅に手をかける。
「仕上げは任せておけ」
少し躊躇はしたが、思い切って甲羅を両手で持ち上げてみる。脚を失ってさえ俺より大きな甲羅が軽々と持ち上がったことを考えるに、どうやら筋力的にも転生の恩恵を受けているのだろう。
甲羅を裏返した俺は、複雑に折り重なる白い腹節の隙間に手を差し込んだ。
「何をするつもりデンスか?」
「ここは『蟹のふんどし』と呼ばれる部分でな、甲羅をバラすにはまずはここを……」
一気に引きはがせば、ばりっという音とともに甲羅がわずかに浮いた。
「いやあああああ! 残酷デンス~」
「バカか、命を食う行為ってのは残酷なもんだ」
「でもデンス……」
「怖かったらあっち向いてろ。せっかくの蟹が食えなくなるぞ」
そのころには城から呼ばれた兵士たちがすでに『砂浜のフライパン』を掘り終えており、準備は万端、あとはカニの仕上げを待つばかりである。
俺はバリバリと音を立てて甲羅を剥き上げた。
「おっほ、これは……」
予想はしていたことだが……甲羅の裏にみっちりと張り付いた蟹味噌も体の大きさに見合うだけの量がある。
「いいねえ、蟹味噌に埋もれるってのが俺の夢だったんだよ」
俺はにんまりと笑い、砂のフライパンの上に甲羅を丁寧に置いた。
それを目ざとく見つけたイケメンが、指先に火をともす。
「着火してもいいですか?」
「待て待て待て、俺まで焼く気か?」
「ちっ」
甲羅の横にはカニ足を並べ、俺はフライパンから降りた。
「よし、やっちまってくれ」
イケメンは何かの呪文を口の中でつぶやく。彼の片手が猛火を噴き上げて燃え上がった。
「すげえ、それ、熱くないの?」
「飼い犬の手を噛む犬を駄犬と呼ぶように、術者に従わぬ魔力を駄魔と呼ぶのです。つまりこれが魔力の炎であるからこそ、私はちっとも熱くは感じないのですよ」
「へえ、便利なもんだな」
「ところでお義兄さん、せっかくだから魔力の炎とか体感してみます?」
「あははは、おっもしろい冗談だねえ、ヤシ君、焼くのはあっち」
「ちっ」
彼が萌う片手をびゅおっと一振りすると、その炎は全く見事なほど的確に蟹の甲羅の下、砂の表面だけをあぶった。
「いいねえ、いい火加減だ」
「それはどうも」
間もなくあぶられた身はジュクジュクとカニジュースを垂らし始め、己の煮汁でしっとりと茹であがってゆく。
辺りには甲羅が少し焦げるスモーキーな香りと、蟹肉が放つ馥郁とした方向が漂った。
その時だ、デンスが蟹を指さして叫んだのは。
「か、カニが赤くなったデンス!」
それはカニを熱すれば当たり前のことではあるのだが、甲殻類を食べたことのないこちらの住人の目にはずいぶんときいに映ったのだろう。周りにいた兵士たちも口々に不安の声を上げる。
「ずいぶんと真っ赤じゃないか……」
「ああ、まるで悪鬼の如くってやつだ」
「まさか、あれを食うのか?」
俺はこの騒ぎを鎮めるために両手を広げ、思いっきり芝居がかった様子で一同を見回した。気分はちょっとした舞台役者みたいだ。
「見たか、これこそが蟹をうまくする魔法!」
「ま、魔法デンスか?」
「ああ、俺のいた世界では一流の料理人からご家庭の主婦に至るまで、カニを扱う者すべてが使える魔法だ」
「か、かっこいい、私もその魔法、覚えたいデンス!」
「ならばデンスよ、お前を俺の一番弟子としてやろう。しっかりと修業に励むが良いぞ」
「はいデンス!」
なんてことをやっているうちに、カニの香りはさらに強くなる。俺はすでに舌の動きが怪しくなるほどよだれを垂らしているのだし、カニの香気に誘われた兵士たちも、もはやため息ばかりをこぼしている。
俺は振り向き、真ん中に置いた甲羅の中で、味噌がぐつぐつと大きな泡を立てて煮え立っていることを確認した。
「よし、頃合いだ。食べようじゃないか」
兵士たちが明るい歓声を上げた。