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 俺はその炎を「ふはっ」と吹き消し、彼の横っ面を殴った。

「バカ野郎! 火加減も知らない素人が粋がるんじゃねえ!」

「ぐはあっ!」

「表面を焦がす炎だけでカニが焼けると思うなよ。固い甲羅をあぶり、身の奥深くまで火を通すには強火の遠火……そう、炭火による遠赤外線の効果が好ましいのだ!」

「それならば、炭を集めたほうが早いんじゃないですか?」

「バカ言っちゃいけない、この大きさの蟹を焼くのにどれほどの炭が必要か、考えてもみろ!」

「それを言うためだけに俺を殴ったんですか?」

「え、いや、それは……その方がグルメものっぽいかな~とか思ってさ」

「つまり演出……いいでしょう、その演出に付き合ってあげましょう」

 彼はこぶしをぐっと握り、俺に殴りかかってきた。

「え、ちょっと待て!」

 俺は見た目の派手さを重視して顔面を、しかも大して力の入らない大ぶりのモーションで叩き込んだだけだというのに……彼のこぶしは低く構えられ、肘を支点とした最小限の動きで俺のわき腹にめり込む。

「うぶぐぉ!」

 僅かに泡をとばして砂浜に倒れこんだ俺。

 そんな俺を見下ろして、彼の声は八十年代料理アニメの主人公少年を思わせるような明るさであった。

「へっへ~ん、ちゃんと考えてあるんだな、これが」

 俺はうめき声で答える。

「見事だ、見事な演出だ……しかし、なぜ殴った?」

「それはまあ、お返しということで。それに策も考えてあったわけではなく、思いついただけなので、演出過多ですけどね」

「何を始める気だ?」

「まずは城の者たちを集めて、カニの周りに溝を掘らせます。海水がわく程度にね、つまりは砂浜にフライパンを作る感じです。そして炎を当てるのはカニの体ではなく、フライパン状にした砂の方……これならば直火の遠火になるでしょう」

「見事だ、実に見事なアイディアだよ、ヤシくん!」

 賞賛の言葉を口にしながらも、俺はいまだ砂に膝をついたまま立ち上がれずにいる。

「あの、スンマセンけど、起こしてもらえないですかね?」

 その声に手を伸べてくれたのはデンスだった。

「ダーリン、大丈夫デンスか?」

「これが大丈夫に見えるのか?」

「デンスね。さあ、つかまってデンス」

 俺は彼女の手をつかみ、引き起こされるままに腰を上げた……と、足元が頼りなくふらついて大きく体勢を崩す。

「あ、危ないデンス!」

 俺を支えようとかがみこんだ彼女の、ちょうど胸部に、俺は右手をついてしまった。そのまま全体重をかけて大きく張り出した胸部にもたれかかる。

「や、柔らかい……」

 つぶやく俺を、デンスが突き飛ばす。

「だ、ダーリン、だめデンス、こんな日も高いうちから、破廉恥はアウトデンス!」

「え、ああ、えっと……」

 とっさにはいい繕いの言葉が思いつかない。だから俺は、無意識のうちに罵倒の言葉を口にしていた。

「事故だ事故、誰が好んでババアの乳なんか触るか!」

 慌てて口を押さえるが、時すでに遅し、デンスは少しうなだれて寂しく笑っている。

「そう……デンスね。ちょっと自意識過剰だったデンス。お恥ずかしい限りデンス」

「違……お前、ここはババア呼ばわりをした俺にキレていいタイミングだろ!」

「キレる理由がわからないデンス。ダーリンみたいな若い子から見たら、私なんか確かにババアデンスし」

「それは俺から主観的に見た時の話だろ、世間的にはババアって呼ぶには失礼な年じゃないか、あんたは!」

「え、それって、私が若く見えるってことデンスか?」

「ちっが~う、それこそ勘違いすんな! 俺から見たら年上のあんたは確かにババアだ。でも、その……」

 俺は自分が恥ずかしいことを言おうとしているのだと気づいて、言葉を飲み込みかけた。しかしそうすると目の前にあるのはデンスの哀しそうな顔なわけで……その原因が俺なのだと思うと、言葉など止まらないわけで……

「……ババア扱いしてごめんなさい」

「え、デンス?」

「若く見えるわけじゃないけど、年相応だけど……ババア扱いしていい歳ではないです。ごめんなさい」

「ダーリンは……本当にいい人デンスね」

「い、いい人なんかじゃねえし。ほら、とりあえず蟹を捌くぞ!」

 俺は砂浜に置いてあったエクスカニバーを手に取る。その姿を見て、デンスが首をかしげた。

「ダーリン、なんでそこを持ってるんデンスか?」

「え、なんかおかしいか?」

 俺は自分が持っている、およそ握りだと思い込んでいた部分をまじまじと眺める。

「うん、確かに柄としては長すぎるよな、これじゃ刀身と同じ長さだし……でもこれって、遠心力とか、てこの原理の関係じゃないのか?」

「そういう難しいことはわからないデンスが、ちょっと貸してほしいデンスよ」

 デンスは俺の手からエクスカニバーを取り上げると、何の躊躇もなく『真ん中』を持った。そこは平たく作られて精緻な蟹の彫刻が施されている部分だ。

「それ、飾りじゃないのか?」

「まあ、彫刻は飾りデンスが、ここがこの武器の重心デンしょ?」

 飾りの蟹を撫でまわすように両手が添えられる……と、無音にも近い風切りの音が俺の耳元で鳴り、バカでかいエクスカニバーがぐるりとプロペラのように回った。

「うん、いい感じデンス」

 そのまま軽く跳躍して、デンスはカニの巨体に躍りかかる。

 また一つ風がひゅうと鳴き、エクスカニバーが閃いた。と、カニの長い脚は関節ごと見事に切り落とされ、ズサリと砂の上に落ちる。

「コツをつかんだデンス。さあ、ダーリン、次はどこを切ればいいデンス?」

 切り落とした脚に片足をかけ、自分の身長ほどもある武器を片手に背後からの陽光を受ける彼女の姿は美しい。何しろ逆光で容姿が隠され、ひどく戦闘的なプロポーションばかりが強調されるのだから、ただひたすらに神々しいのだ。

 俺は両手を合わせてしまいそうになる自分を律して、わざと低めの声で言った。

「とりあえず脚だ、それを全部関節から切り落とせ。その後で殻の一部を切り開いて食べやすいように身を見せるんだが、これは繊細な作業だから俺がやる」

「了解デンス!」

 あとはただ一陣の風の如く、デンスの長身はエクスカニバーを振りかざして蟹の周りを駆け巡る。その度ごとに切り落とされる脚。

 俺はその光景をただまぶしく眺めることしかできずにいた。


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