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 何しろ件の巨大ガニはすでに甲羅を割られてひっくり返っている。口からはブクブクと泡を垂れ流して、もはや起き上がる気配もない。

 蟹の脅威は去った!

 俺はすり足でイケメンのもとに戻り、その耳元にそっと質問を吹き込んだ。

「なあ、あの女性は誰よ?」

 イケメンは少し目を細めて、その女性の背中をまぶしそうに眺める。

「あれこそが我が国最強にして無敵の将、第一艦隊隊長、デンス=スウェークス隊長です」

「デンス……まあ、名前はさておき、カッコいいな」

「お気に召されたようでなにより。あれがあなたのために用意された『メインヒロイン』ですよ」

「め、メインヒロイン!?」

「はい、なにしろ女神アズイールはそちらの通俗文化にしているお方、あなたのような若者であれば『ラノベ』や『アニメ』のような展開を好むはずだと、ぶっちゃけ『褒美に女でも与えておけばいいのよ~』と言っておりましたので」

「いやあ、甘いでしょ。ラノベのヒロインといえばカッコいい系じゃなくてフワフワかわいい系が王道、百歩譲ってもキレイ系でしょ」

「なるほど勇者様は女に属性を求めていると……あなた、童貞でしょ」

「ど、童貞じゃないし……あっちの世界ではモテモテイケイケウェイ系だったし~」

「無理なさらなくて良いのですよ」

 俺に向けられたイケメンの微笑みは心なしか生暖かい。憐れみをたっぷりと含んでいるというか、男として上位に立った者の余裕を感じさせるというか、ともかくムカつく笑顔なのだ。

 さすがの温厚な俺も少しばかり腹が立って、男の顔から目を背ける。すると視線の先には、蟹の甲羅の上でまぶしい陽光を浴びて立つ、たくましい背中があった。

「うん、女としては少しごついが……」

 俺の視線に気づいたか、彼女が振り向く。逆光のせいでシルエットしか見えないが、胸のボリュームは十分……むしろ軍服の前を押し上げてなお、張りを失わぬダイナマイト級だ。

「うん、アリかも。カッコいい系ヒロインってのは王道じゃないが、アリだ」

 なにより、カッコいい系ヒロインといえば容姿は美人だと相場が決まっている。俺は期待に弾む胸の高鳴りを押さえて、彼女の名を呼んだ。

「あの、デンスさん?」

「なんデンス?」

 小首をかしげた彼女の顔からまぶしい逆光が逸れる、と、そこに現れたのは……

「あれ?」

 美人系ではなく、さりとてかわいい系でもなく、だからといって不細工というわけでもなく――良くも悪くもなく、ごくごく当たり前の、普通の容姿だ。

「なんか、モブ顔っすね」

「も?」

 さすがにこのディープな異世界語は伝わっていないらしく、一同は首をかしげる。が、俺の落胆だけは伝わったようで、イケメンが慌てて声を上げる。

「いえ、いえいえ、そんなはずはないでしょう、ちゃんと女神が指示した『ラノベヒロインの条件』に合致する女性を厳選した結果なのですよ?」

「条件ねえ……」

「まずは主人公をサポートできる高戦闘力! 我が国……いや、人類最強を誇る彼女を置いてほかにないでしょう!」

「いや、俺はどっちかッつうと守ってあげたい系ヒロインが好きだし?」

「語尾! 語尾におかしな接尾語をつけるのがはやりだと聞いていますが?」

「そのはやりはちょっと古いね~、おまけに彼女の語尾って……」

 やたらと体格のいいモブ顔女子がかわいらしく首をかしげる。

「これはただの口癖デンスよ?」

「デンス! なんかさあ、こう、かわいげがないじゃん! 普通は語感もかわいい『にゃ』とかさ、上品っぽく『ですわ』口調とかさ、そういう、聞いただけでかわいいな~ってラインを狙うもんじゃん?」

「そういうもんですかにゃ~、デンスよ」

「あざといっっ!」

「しょぼんデンス……」

「それに、まさかとは思うけど、年上じゃねえの? お姉さん、二十後半くらい?」

「むきい、失礼な! まだぎりぎり二十前半デンス!」

「俺、年上ってダメなんだよね」

「私は年なんか気にしないデンスよ?」

「話聞いてた? 俺が気にするよっつってんの!」

「しょぼんデンス……」

「だからっ! あざといってば!」

 イケメンが俺とデンスの間に割って入った。

「まあまあ、それでもヒロインなんですし、仲良くしてやってくださいよ」

「勝手に決めるな! 年上は攻略対象外っ!」

「コーリャクタイショウガイ……難しい言葉を使いますねえ」

「とぼけるな! お前、絶対意味わかってるだろ!」

「というかですね、デンスの戦闘能力を見たでしょう、男ですら三人がかりでやっと倒せるような蟹を一撃……そんな女傑ゆえに、彼女に見合うような男がこっちの世界には居なくてですね……」

「それって、在庫処分じゃないか! そもそもが、ラノベのヒロインに一番大事なのは容姿なんだよ、悪いが彼女の容姿じゃ……かわいくも、美人でもなくって、ヒロイン属性じゃないんだよ!」

 この言葉に、イケメンの動きが止まった。そのあとでぽかんと口を開けてしまった様子は、それはまるきり素の反応というやつだ。

「え、かわいくないっすか、うちの姉ちゃん」

「ね、姉ちゃん?」

「あれ、俺の実のアネキっす。いや、弟の俺がこういうこと言うのもアレなんですが、見てくれはおとなしそうでかわいいじゃないですか、うちの姉ちゃん」

 疑いなく澄んだまなざし、とことん裏のない素の言葉……もしかしたら、こちらの世界では美醜の判断基準が違うのかもしれない。

「かわいい?」

 幼い王女に目を向ければ、彼女は首をフルフルと横に振ってこたえてくれる――どうやら身内の欲目というもののようだ。

 デンスのほうはと目を向ければ、彼女の目の端にはうっすらと涙が浮かんでいた。

「わかってたデンス……」

 ポロリとこぼれた涙は彼女の頬を伝い、大きくせり出した胸元へと落ちてぐんぽくに沁みこんでゆく。

「自分がかわいくないってことは、十分に知ってるデンス……」

「そんなことはない、姉ちゃんはかわいいって!」

「そんな慰めいらないデンス……」

「慰めじゃねえって!」

 麗しき姉弟愛劇場が繰り広げられる中、すっかり呆然となっていた俺の袖を引くものがいた。見下ろせば幼女王女がにこやかに微笑んでいる。

「あ~あ、勇者様、いっけないんだ~、女の子を泣かせちゃったね」

 なぜだろう、とても無垢な笑顔だというのに重圧を感じるのは。

「ていうかぁ、勇者様っていうぐらいだから、もっと心の広い人が来るかと思ってたのにぃ、めっちゃ心狭っ!」

「くっ、腹黒幼女属性か!」

「そうやって属性とかで人を見ちゃいけませんって、お母さんに言われなかったんですか?」

 幼女は不意と顔を背け、わざとらしくぽそっとつぶやいた。

「ふ、童貞くさっ」

 俺はこれですっかり頭に血が上ってしまい、高らかに声を張り上げる。

「わかった、わかったよ、ヒロイン『候補』な!」

 姉弟劇場を繰り広げていた二人が振り向く。

「え?」

「だから、ヒロイン候補! 俺の人生なんだから、最終的にヒロインが誰かを決めるのは俺だろ? だから、ヒロイン候補!」

 普段のクールな俺ならば、自分がどれほど尊大なことを言っているのかに気づいただろうか。しかし、この時の俺は、目の前の女性の涙を止めることしか頭になかった。

 ゆっくりと彼女に歩み寄って、指先で彼女の涙を拭う……

「って、デカっ! あんた、俺より身長あるだろ?」

「も……もう、いいデンスよ! これ以上の辱めはいらないデンスっ!」

「まてよ、別に身長があるからダメだとは言ってないだろ。その、なんだ……攻略対象外とか言って悪かった」

「デンス?」

「あんたは、さえないけれどブスってわけじゃないし、その語尾だって聞きなれるだろうし、別に、あんたはあんたのままで構わない……ただ、あんたを選ぶかどうかは俺の気持ち次第ってことで……」

「つまり、今後の展開に期待ということデンス?」

「まあ、そういうことだな」

「わかったデンス!」

 俺の頭上から彼女の微笑みが降り注ぐ。モブ顔とはいえ、笑えばそれなりに……

「かわいいじゃん」

「へ? デンス?」

「ち、違うぞ、笑ってればそれなりにかわいいな、ってことをだな!」

「わかってるデンス。あなたは優しい人デンスな」

「優しくなんかないぞ、俺は……」

「はいはいデンス」

 こうして俺の異世界最初の戦いは、デンスという高戦闘力ヒロインの登場によって勝利のうちに幕を閉じた。


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