2
何事も言葉での説明より実地での体験のほうが雄弁である……つまり実際にこの世界の状況を確かめるべく、俺は海岸へと連れてこられた。
とはいってもこの城、なぜか海際に建てられている。城壁を出てすぐ目の前が海岸となっているため、ひょいと城の門をくぐって表へ出ただけなのだが。
これに関してはイケメンから丁寧な解説があった。
「この国は小国ではありますが、世界を巡る重要な航路のど真ん中にあり、交易の中継点として栄えた国なのです。つまり国政の礎は海、その海に背を向けぬように城を建てるのは当然でしょう?」
「ああ、まあ、うん、そうなのかな」
「この国の主な収入源は交易の護衛による……ぶっちゃけ、ほかの国の船に対して用心棒船としてついていく、危険手当で潤っているわけですよ」
「へえ、強そうじゃないか」
「『強そう』ではなく、実際に強いですよ。国有の海軍も世界最強を誇り、他国からは『海鎮の帝国』なんて呼ばれていますからね」
イケメンの服の裾を握ってついてきていた王女が、「ふむん」と小さな胸を張った。
「ミーヤは、十八代目カイチン王なの!」
舌ったらずな幼女が微妙な発音の単語を一生懸命に伝えようとする姿は、とてもかわいらしい。俺はつい、いたずら心を起こしてわざととぼけて返す。
「ん、カイ? よく聞こえなかったな~」
「カイチンなの、カイチン!」
そんな俺たちのやり取りを、イケメンが冷たい声で遮った。
「あの、勇者様」
「勇者……まさか、俺?」
「はい。ところで、勇者様のいた世界では、そうした小さい女性に対する性的な戯れを好む向きは『ロリコン』と呼ばれて迫害されるそうですが……?」
「ち、ちがうぞ、俺はロリコンじゃない。別に幼女が『チン』って言うのがエロかわいいなとか、そんなこと思ってないからな!」
「そうですか、ならばよいですが。こちらの世界でも未成熟な女性に手を出すことは好ましいとは思われておりません。婚姻に関しても女性が成熟を迎える18歳ごろが好ましいとされており、このあたりはそちらの世界の感覚と通ずるものがあるでしょう」
「ちょっとまて、さっきからお前、ちょくちょく俺がいた世界を引き合いに出すよな?」
「はい」
「その情報はどこから?」
イケメンはこともなげに答えた。
「女神、アズイールから。勇者様をこちらの世界にお招きするにあたって、ご不便なきようにと勉強いたしましたので」
「アズイールってのは、俺を転生させた、あの女神か? そもそも、なぜ俺はこの世界に呼ばれた?」
「質問は一つずつお願いいたします。まず、女神アズイールに関してはおっしゃるとおり、あなたを転生させた、あの女です」
「で、俺がここに呼ばれた理由は? カニがどうとか言っていたよな?」
「ああ、質問は一つずつでお願いしますって言ってるのに……」
「あ、すまん」
「まあ、いいでしょう。ぶっちゃけて言うと、このアズイール、少しばかり腐っていまして……」
「は?」
「腐っている、ですよ。そちらの世界ではそういう表現があるのでしょう?」
「いやいやいや、あるけど! 腐ってるってつまり、男と男の、その、あれが……」
俺はかなり戸惑ったのだが、イケメンはそんな戸惑いさえも飛び越えて微笑む。
「はい、男同士のイチャイチャが好物で、欲望の赴くままに萌えを求める腐女子です」
「うわ~、異世界に来てまでそういう単語を聞くとは思わなかったわ~」
「で、この女神がですね、自分の能力を萌えの探求に使うような性格の腐った女でですね、かなり昔からあなたの世界の腐れ文化を覗き見ていたんですよ」
「で、それが俺の召喚とどうつながるんだ? あんたと俺の絡みが見たいからとか言ったら、さすがにキレるぞ」
「いえいえいえ、それはわたくしも絶対にごめんです。ただ、そちらの世界では海の生き物を食用とし、あまつさえ『海産物』などと呼んで下位に置いているという情報を得ましてね、そういった世界のものならば、いまこの国に迫る危機を打破してくれるのではないかと考えたのです」
「危機って……」
「カニですよ」
「それがわかんねえ、俺は確かに海育ちで、カニなんてガキの頃から捕まえちゃあ、おもちゃにしていたけどさ」
「子供の頃から! おもちゃに! 素晴らしい!」
イケメンは遠くかすみながら広がる水平線を指さして言った。
「来ます、やつです。勇者様くらいの剛のものなら、肩慣らしにはちょうど良いでしょう」
俺は遠く視線をめぐらせて海を眺める。
とはいっても俺の世界の海と何ら変わるわけではない。青い水面に太陽は暖かく照り返し、波は泡を抱いて優しく海岸に打ち寄せる、ごく普通の海の景色だ。
「いや、普通ではないか」
俺はこれだけの良い海岸でありながら、その海上が無人であることをいぶかしんだ。俺のいた世界ならば、磯遊びを楽しむ親子か、もしくは初心者サーファーの数人がいてもおかしくない光景だというのに。
遠くまで見渡しての一隻の船影もなく、振り向けば黄色い砂がまぶしい海岸にも一軒の海の家すらない。
俺は背筋を駆け上がる戦慄に体を震わせながらイケメンに聞いた。
「まさか、こっちの世界では海で遊ぶって文化がないのかい?」
「海で遊ぶなんてとんでもない、いつだって海と相対することは命がけ、女子供がピクニック気分で足を踏み入れていい場所じゃありませんよ」
「命がけ……そいつは穏やかじゃないなあ」
俺はゆっくりと海に目を戻した。ほんの数メートル先、およそ浅瀬であろう海面にぼこぼこと不自然な泡がいくつも上がっている。
不規則に、大小さえもまばらなそれは、生物の呼吸を思わせる。
恐れはなかった。体を震わせているのは強い興奮――武者震いだ。
「なるほどな、この武器を与えられた意味が、やっとわかったぜ」
俺は天に向かって右手を掲げ、怒号を発した。
「来い、エクスカニバー!」