女帝の夫君
私はいつだって陛下の愛を欲していた
多くの子に恵まれようとあの方は私に、愛されていると錯覚させてもくれない酷い人だ
帝国とは比べようがない小さな王国の第三王子としてこの世に生をうけた私は陛下が成人される前に婚姻を結び婿として帝国にはいった。
祖国に女が王になるという概念はなく、一滴の血もながさず、事実上の王国出身の皇帝がたてられ、いずれは皇族の大半が王国の血を引くこととなるこの婚姻に嬉々となっていた。どの王子が婚姻を結ぶかの争いは王太子位の争いよりも激化した。それもそうだ。王国というちっぽけな国の王でなく、大陸の覇権をにぎりうる帝国の王となれるチャンスがころがってきたのだから。
兄より多くの才をもち、幼い頃から王位をねらってきた。そこに王国よりも自分の力が生かせる帝国の皇位が転がってきたのだ。私は死にものぐるいでそのチャンスを掴んだ。帝国をひいては世界を手に入れようと。
国婚の日、野心を胸にあの方の隣にたった。帝国の伝統なのだろう純白の長い長いドレスを天使のような少女たちに危うげにもたれ、一歩ずつ私のもとに歩いてきた陛下を私は今も鮮明に覚えている。そして、司祭に云われるがまま陛下のベールを私は持ち上げた。私のすべてが始まったのはそこからだったといえる
絵など真に美しいものの価値など伝えてはくれない。
よくいったものだ。わたしはあの日その言葉の意味を理解した。最も真剣に送られてきた絵姿を見たことなどただの一度もなかったが。
なんといってもその瞬間から私の野心など塵のごとく消え去り、陛下の愛を得たい一心で、帝国のために生きてきた。もはや私の祖国が王国などということを忘れてしまったものさえいるほどに、誇れる帝国人らしく生きてきた
陛下は己の民、己の臣下、帝国そのものを愛していたからだ。
ただの一度きりだったが、帝国の軍を率い戦地に赴いたことさえあった。陛下の兵士を率いて馬に乗り敵をうつ、陛下の領土を守り、広げる。一瞬一瞬に陛下のために命をかけている。私はそのことにひどく興奮した。そうして勝利を手にし各軍が集い、帝都に戻ったとき私は思い知らされる。
あの男の存在を
短期間の凱旋であったが、戦場で何度か顔をみたことはあった。
帝国軍の誇る英雄、若くして准将という地位さええている男だった
誰よりも陛下のお顔を近くで拝見し、誰よりも長く共に時を過ごしている私にはわかった。あの男こそ、陛下は愛しておられるのだと。
帝国全てを平等に愛しておられるお方だ。陛下の心は帝国のどの男にも平等に与えられる。しかし私は別だ。夫であり、隣に立つことが許されるのも私だけ。陛下が宿す私との御子をこの身に抱くことができるのも私だけ。心を得ることができなくても、それは陛下が全身全霊で国を愛していらっしゃるからなのであって、だれのせいではない。それに愛とて、私が帝国人らしくいきれば、愛もくださるのだから。それで満足だった
だが違った。私は唯一ではなかったのだ。あの男に陛下は心という唯一をお与えになった。故に私の入る隙間などなかったのだ。私も、私と陛下の御子たちも、だれも陛下の心に入ることができない。ただ平等な愛があるだけで。
それから私は二度と戦地にはいかなかった。勝ち目のない男と同じ舞台で戦うなど愚かだと思ったし、いつ死ぬかわからない戦地であの男の顔を拝みながら死ぬかと思ったら死んでも死にきれないと思ったからだ
陛下の愛がほしいのです。
そう、はじめて口にしたとき、陛下はきょとんとしていらっしゃった。
「寂しいのであれば、王国の物をなにかとりよせましょうか?それとも明日は皇女にこちらに参るように言いましょうか?」
王国のものなどほしいはずがない。陛下は何も私のことをご存知ないのだ。子どもたちとて私の思いはわかっている。父は母に愛されたいのだと。
あの男への嫉妬や憎しみは忘れ用もなかったが、もはや帝国の柱ともゆえるあの男に私がなすすべはなく、私には私の日常が淡々と流れていったのだ
そんなある日だ、愛する子供のうちあの方にうり二つな第一皇女があの男に降嫁するのではないかとゆう噂を耳にしたのは。頭を金槌かなにかで殴られたのかと思った。全身がふるえる衝撃だった。そんなことが許されるはずがないだろう。私から妻の心を奪っておいて、最愛の娘さえ奪うのか
その時には大将となっていたあの男にその話を夢にでも思うなといった私に、あの男は平然とゆってのけたのだ。
「閣下はご冗談がすぎる。陛下が、皇女殿下を私に娶らせると本気で思っておられるのですか」
お前は陛下のことが全くわかっていない。そう言われた気がした
そして陛下の自分への愛を信じられるあの男が心底羨ましかった
結局のところ私の娘は誰一人あの男の妻となることはなかったし、あの男が妻をめとることも生涯で一度もなかった。陛下が死してもなおあの男は陛下を思い続けたとゆうことだ。そして陛下の願いを叶え、大陸の覇権を手に入れ、私の息子である新たな皇帝に先代と同様の忠誠を誓った。
私はというと晩年は第一皇女夫婦の世話となり、余生を暮らした。息子達は私は母のあとを追うと思っていたとよく言っていたものだ。確かに、陛下のいない世は生きるのには辛く悲しい。だが彼らが知らない私の嫉妬心という感情が私を生かしていたのだ。
あの男より先に死んでたまるかと。
あの男と陛下の愛を見届けてやるのだと