レベルアップ
二度目の外は移動がさらに楽になった。軽い足取りで赤毛鹿を見た川へ向かった。その間、魔物は一切見なかった。自分の運の良さを噛みしめながら進んでいくと川を見つけた。そして、狩った獲物を喰らっている赤毛鹿も。
カイトは指輪から片手剣を取り出した。ステータスを攻撃力と敏捷力に振り分けた。カイトは静かに居合の構えを取った。気付いていないのか赤毛鹿は雷狼に夢中だ。
「シッ!」
カイトは移動を発動させ、赤毛鹿の背後に現れた。カイトが鞘から剣を抜き一閃。だが、赤毛鹿の体毛に威力を殺されたのか皮膚を浅く裂く程度に留まった。
チッと舌打ちするとそこから姿を消した。
カイトはMPの回復を図るため木の上で休んでいた。目視した距離に移動するときに必要なMPは一メートルで3だった。低燃費で助かった。
「つーか、硬いな。どうやって殺すかな」
カイトが剣を見ながら呟いた。赤毛鹿を殺せなかったのは、純粋なステータスが足りなかったからか、それとも剣の切れ味か。勿論答えは前者だ。あの低ステータスで赤毛鹿に傷をつけられたのはこの武器のお陰だ。
カイトはMPが回復したのを確認すると剣を杖に立ち上がった。そして今度は川の下流を目指し歩き始めた。
見つけた。
川の下流で喉を潤している雷狼を。昨日の戦いを見て、恐らく赤毛鹿より弱いだろうと当たりをつけていた。雷狼は運良く一匹。水を飲んでいるからか雷はでていない。やるなら今しかない。片手剣を戻し、代わりに細く鋭く研がれている細剣を取り出した。
カイトは自分を落ち着かせるように大きく深呼吸すると覚悟を決めたような目で細剣を構えた。そして、移動した。雷狼の眼前に。いきなり現れたカイトに驚き下がろうとした時には遅かった。カイトの突き出した細剣が雷狼の目を、脳を穿っていたからだ。細剣を引き抜くと雷狼が力なく倒れ、痙攣した。完全に動きが止まったのを見て、指輪の中に雷狼を入れた。
カイトは疲労からかドサリとその場に座り込んだ。とてつもなく疲れているはずなのに身体は異様に軽い。あぁ、と思い出したようにステータスを確認した。
カイト シノハラ 17歳 男
Lv39
HP 210/210
MP 210/210
攻撃力 220
防御力 220
敏捷力 220
スキル
固定Lv3 移動Lv5 剣術Lv1 高速思考Lv1 隠密Lv2 言語理解
固定Lv3
Lv3‥‥空中にある物質・非物質を固定できる。
剣術Lv1
基本効果……剣の扱いに補正がかかる。
剣技の習得に補正がかかる。
Lv1‥‥攻撃力に1.1倍の補正がかかる。
隠密Lv2
Lv1‥‥奇襲時、ステータス1,1倍の補正がかかる。
Lv2‥‥奇襲時、ステータス1,2倍の補正がかかる。足音を消せる。
ステータスの大幅な上昇に喜びを隠せなかった。
しばらくして、カイトは指輪の中に何故か入っていた桶の中に川の水を組み終え、移動Lv4を使い、洞穴へと戻った。地に足が着いた瞬間、軽い脱力感があった。MPを見てみると、42減っていた。
洞穴の奥へ行き、明かりを点けて雷狼を出した。冷たくなった死体に手を当て、目を瞑り集中した。雷狼のステータスを自分のステータスにできるかを確認するためだ。だが、何分経とうが変化は訪れなかった。
「チッ。死体からは無理か。そもそもステータスは奪えないか、生きているうちにしか奪えないかの二つか。まぁいいや。とりあえず腹減ったし。」
指輪から短剣を取り出し、解体をした。慣れない作業で何度も失敗したが結構多い肉を取ることが出来た。腹が減りすぎて今にも肉にかぶりつきたい衝動を抑え、外に出た。周りから枝を拾い、指輪から火をつけれる杖を取り出した。洞穴に置いてある杖との違いは宝石の色ぐらいだ。向こうが発光棒だとすると、こっちは発火棒とでもいうべきか。
パチパチと音を立てる火を眺めながら、早く食いたいと腹が鳴る。枝に刺してある肉が良い感じに焼けてきたのを見て、もういいかと豪快に喰らった。久しぶりの食事。肉は獣くさくて筋張っている。とてつもなく不味い、不味いはずなのだが、カイトはまさに一心不乱に肉を胃に入れた。
全て食い終わる頃には火が消え、薄暗くなってきた。痕跡を消すために砂をかけ、洞穴へと戻った。
洞穴でカイトは本を読んでいた。この世界の常識についてだ。
この世界にいる種族は人族、獣人族、魔族、エルフ、ドワーフ。
人族は、日本人と髪の色が派手なところぐらいしか変わらない。個体数が最も多い。
獣人族は、人族に獣耳と尻尾をつけた姿でとても高い身体能力を持っている。種族ごとに違う特殊能力を持つ。
魔族は、褐色肌で耳が少し尖っている。高い魔力と身体能力を持っている。
エルフは、森の民とも呼ばれ、普段は森に住んでいる。高い魔力と魔法適正を持ち、いくつもの属性を操る。総じて美形が多い。個体数が最も少ない。
ドワーフは、いずれも怪力を持つ。男性はずんぐりとした体型、女性はグラマラス。鍛冶を得意とし、ドワーフの作る武器は人気が高い。しかし、腕が立つドワーフほど気難しい。
かつて、人族と獣人族、魔族が戦争をしていた。エルフは我関せずを貫き、ドワーフは武器作りに励んでいた。
戦争は魔族が優勢だった。当時の人族と獣人族の王が条約を結び、魔族を牽制した。魔族は手を出すことが出来ずに今も戦争は続いているが長らく膠着状態。
ここまで読んで、欠伸をしたカイトは寝ることにした。もう慣れてしまったのか、それとも疲れたのか地面の感触など気にせず、泥のように眠った。
次の日もカイトは森を散策していた。足に魔力を込め移動速度をあげて走っていた。目指すのは、昨日雷狼がいた場所だ。カイトは木に跳び乗り川を見回した。すると、少し先に三匹の雷狼を見つけた。
しばし熟考し、カイトは雷狼を狩ることにした。そう決心すると一つの罠を作ることにした。
準備を終えたカイトは指輪から武器の細剣を取り出した。昨日と同様、構えた。移動とともに雷狼の脳を貫く。二匹の雷狼が一瞬何が起こったか分からなかったが、すぐに理解してカイトに爪を振るったが、その爪は空を切っただけだ。カイトは木々の中に移動していた。二匹も後を追うように走った。が、差がいつまで経っても縮まらない。それどころか徐々に離されていった。それもそのはず、カイトは敏捷力にステータスを振り分け、移動スキルを使っているからだ。
「そろそろか。」
カイトは攻撃力600まで上げると指輪から大きな岩を取りだし、上に向かって放り投げた。そして、それを固定した。
準備万端だとばかりに不敵に笑うと最後の一手として雷狼に背を向け、息切れの真似をした。
「グルァァァア」
先行していた雷狼が止まっていたカイトに跳びかかってきた。
ゴギッ
固定を解除すると大岩が重力に従い、落ちた。その下には雷狼がいた。おそらく背骨を折って即死だろ。確認する間もなく、最後の一匹の雷狼の足音が近付いてきた。
カイトが息切れし始めた頃、ようやく最後のポイントに着いた。雷狼は七メートルほど離れていた。カイトは雷狼にバレない程度にスピードを落とす。雷狼は加速する。
「ガァァァァア」
雷狼がカイト目掛けて襲いかかる。口からはよだれが滴り落ち、鋭い牙が見えていた。カイトは雷狼が跳んだのを確認すると横っ跳びに飛んで転がり込んだ。
獲物に逃げられたかとすぐにカイトに視線を向けるがそこにはバランスを崩して動けない餌がいるだけ。焦らなくていいと前脚を地面に付け、力を入れようとしたが地面が瓦解した。雷狼は落ちる瞬間確かに見た。笑いながら親指を下に向けているカイトを。
カイトが穴を覗くと雷狼が泥の中で藻掻き、脱出しようと四苦八苦していた。これがカイトが仕掛けた罠だ。深さ三メートルほどの穴の中に泥がたっぷり入れられていた。
「固定」
そう呟いた瞬間、雷狼の動きが鈍くなった。カイトの言葉で泥が、まるでコンクリートのようになった。カイトはしゃがみ込むと雷狼の前脚に触れ、目を閉じた。
「グルァァ」
勿論そんな隙だらけの姿を見逃すはずもなく、カイトの腕を食いちぎろうとした。
「ガッ!?」
雷狼の体から急激に力が失われていった。
「成功か、にしても変な感覚だな」
カイトが目を開けた。そして雷狼の前脚から手を離すともう一度目を閉じた。
カイトの手からバチバチと雷が出た。出した本人はご満悦している。
「じゃあな」
カイトから放たれた電撃が雷狼の命を刈り取った。