腐女子
満員電車の中、いつも通り私はイヤホンを付けたスマホをいじっていた。
朝の満員電車は本当に憂鬱だ。
会社へ向かうサラリーマンとかOLの化粧の匂いとか……。
それだけでも気持ち悪くなるのに。
この人混み……。
毎日の事だけど、慣れない。
そんな中で、私は彼の声が耳に入るのを待った。
『おはよう』
聞き慣れた大好きな甘い声が私の心をときめかせる。
おはよう、心の中で答える。
『今日から高校生か……制服……似合ってるよ……』
少し照れたような彼の声。
つられて私の頬も赤くなるのが分かった。
『別の学校になっちゃったから、少し心配だよ、こうして話している間にも美紅の隣にオレ以外の男が隣に並んだりして、美紅が目移りしてしまうんじゃないかって……』
「そんなことある訳ないじゃん」
彼の言葉を遮って思わず声に出してしまい、周りから冷たい視線を浴びてしまう。
恥ずかしくなって、私は俯いた。
だけど、こんなときは都会で良かったと思う。
人の事をほとんど気にしない、人が何をしようが我関せずの都会なら、少し人と違った行動をしたとこでそんなに注目を浴びることもない。
『ごめんよ、美紅のこと信じてるのに、つい……』
うん、私も、ヨリトのこと信じてるよ。
『大好きだよ、美紅、何があってもずっとずっと美紅のこと大好きだよ』
甘い囁き。
私は、スマホの画面に写っている金髪のサラサラ髪の前髪をかき上げたままで正面を見据えているヨリトにそっと触れた。
ああ、ヨリト。
私の声が届かないこと分かってるけど、大好きよ。
昨日も寝る寸前までヨリトの声を聞いていた。
ヨリトと過ごす時間が何よりも大切で、現実の時間なんてどうでもいいぐらいヨリトが大好き。
「おはよ、美紅」
幼馴染みのチエリが人混みを掻き分けて私の隣に来た。
「高校でも同じクラスになれるといいね」
気合いの入ったツインテール、春休み中にしたマツエクのせいでいつもより睫毛がクルンクルンと上を向いていて、より一層二重の目を大きく見せていた。
チエリは昔からずっと可愛い、自慢の幼馴染み。
性格も社交的で明るくて。
私とは全く別の種類の人間。
そんなチエリが大好きで大嫌いだった。
「あ、諏訪部だよ」
改札口を抜けて、高校への道のりを歩いていると、目の前に歩いてる一人の男子生徒に向かってチエリが走り出した。
「おはよ、諏訪部、また三年間宜しくね」
チエリより頭二個分ぐらい背の高い諏訪部と呼ばれた男子が振り返った。
一瞬目が合う。
切れ長のクールな瞳。
いかにも勉強ができます、と言うよな顔つき。
女子にモテそうなオーラ。
私の苦手なタイプ。
「大村、お前も同じ高校か……」
「そそ、三人同じクラスだったらいいね!」
チエリの言葉を明らかに不快そうに諏訪部は一言言った。
「オレ、オタクに興味無いから」