後篇
「私がいただいて、それをみなさまのまえで燃やすことにいたしましょう」
「お金を燃やしてしまうのですか?」
「そうしなければ、彼らの手にはわたりませんから。燃した煙が彼らの手もとで、あの世の金となるのです。ですから、硬貨ではいけません。紙幣でおねがいします」
われわれはそろって、外へ出る。近くの公園へ。築地がカメラを持っていこうとするが、社長に怒鳴りつけられる。おもしろい画は撮れるだろうが、これ以上の出費は避けたいのだろう。二十七万円と法外(あの世のことであるから、この世の道理がとおるはずもない)に安い慰謝料。社長がわれわれに還元していない儲けを勘案すれば、釣りが出るくらいだ。
境氏は一万円札を一枚一枚、地面に置いてゆく。放射状にならべた二十七枚の一万円札に、高級そうなジッポで点火してゆく。「もったいない」と異口同音に洩れる声。のぼる煙、風に舞う灰。なんとも美しい光景と、私の心に灼きつけられた。
「境さん。私たちはこれからも『映りこんだ闇の住人』をつくりつづけてゆくことになります。幽霊のかたとアポイントを取り、事前に許可を取れるよう執りはからっていただきたいのですが」
社長が言いだす。なにをばかなことをと、私は憤る。事後承諾でよいはずだ。境氏の案として、現にそれがある。事前アポイントなど取ったりしたら、『うつやみ』の意義を根底から否定することになる。投稿者の恐怖と、視聴者の熱意を裏切ることになりはしないか。
「ざんねんですが、それはできないのです。私から幽霊のかたにアプローチをかけることはできないのです。先方からの訴えを一方的に受けて、私がその代理人となるかたちなのです。ですから、映りこんでしまった幽霊をさがしだして許可を取るということはできかねます」
「そうですか……」
「ですが、もっとかんたんな方法なら提案できます」
束の間の糠よろこび。話の雲ゆきがあやしくなるのを感じとり、私の心はささくれだつ。これ以上は言ってくれるな、と境氏をねめつける。
「一度でも私に訴えかけてきた幽霊のかたであれば、いつでもアポイントを取ることはできます。どうでしょう? そのかたたちに出演してもらうというのは? その交渉なら可能です」
「おお、それはいいじゃないか。ぜひともおねがいします」
私のセリフは、つぎで尽きる。境氏の提案が社長の勘定に合致し、私は継ぐべき言葉を喪ったのだ。
「つまり本物の幽霊をキャストに、つくりものをつくれ……と?」
「そういうことになりますね。ドラマの出演料はひとり一万円ということで、いかがでしょう?」
「ほう、それは安い。ぜひ、おねがいしたい」
「了解いたしました。支払いは五千円札一枚と、千円札五枚でおねがいいたします」
憑きものが落ちたかのように、頭の芯が冷えてゆくのを感じている。
……それは本物である。だがそれは、フェイクだ。私の志向した『うつやみ』とはもう、決定的に重要ななにかがちがってしまっている。『映りこませた闇の住人』に、タイトルを変更すべきだと思っている。『うつやみ』は好評につぐ好評、次回で記念すべき200回を迎える。
ディレクターとしての私は、もういない。私にとって『うつやみ』は、意にそぐわぬ作業となっていた。108作めの製作途中、私は通勤電車に轢かれて死んだ。誰かが私の背中をどんっと押し、私はプラットホームから落ちた。断じて自殺ではない。
私が死んだあと、築地がチーフディレクターとなってうまくまとめている。築地のディレクターとしての趣向は、二代目や三代目のそれにちかい。私とはちがっているからこそ、境氏や社長ともうまくやっていける。年齢も生前の私と同年となり、熟練の監督に成長した。
私は死んでなお、『うつやみ』に携わりつづけている。自殺と認定された私の死によって、妻と息子になにも遺せなかった。それどころか鉄道会社への賠償という、多大な債務を負わせてしまった。
死んでなお、働かなければならない。働いて、妻と息子を守らなければならない。幽霊となった私は、境氏のもとを訪れた。あれほど拒絶したかった境氏の提案が、いまでは私にとって欠かせないものとなっている。じつに皮肉だ。「このたびは、ご愁傷さまでございました」と、境氏は私を迎えた。
一本七千円。これを一日に多いときで五本撮り。得た金は燃やさずに全額、境氏から匿名で妻の口座へ振りこんでもらう。ほかの幽霊役者たちと、椅子の奪いあいを制さなければならない。この戦いにおいては、私に一日の長がある。築地がどう撮りたいかを察して、そのように演じる。ディレクターとして培った経験が、ここで活きる。私と彼らでは、仕事への熱量がちがう。彼らは一本撮れば満足な報酬を得られるが、私はそうではないのだ。
撮影が終わり、あの世へもどる。一銭もない私は、なにも食えないしなにも買えない。もう死んでいるのだから、この空腹は幻である。もう死んでいるのだから、眠気も色気もまるで無意味だ。怠惰な亡者たちを尻目に、この長い夜が早く明けることをねがっている。妻と息子がこちらに来るまで、働きつづけなければならないのだ。




