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中篇

 100回記念の企画会議をしているときに、事務所のインターホンが鳴る。テロレロテロレロテロレロと、コンビニに入ったときと同じ音。来客は白髪白髯、暗色の山高帽に、ダブルのスリーピーススーツ。ロマンスグレーの形容がぴったりとはまる、感じのよい老紳士である。



    心霊オーガナイザー  さかい 幽太郎ゆうたろう



「ご用件をおうかがいしましょう」

 差しだされた名刺をながめながら、老紳士の発言を促す。なんともあやしげな肩書、名まえも実名ではないだろう。けれど、胡散臭い感じはいっさいない。容姿は立派で堂々たるもの、ジャージ姿で出むかえた私たちを気恥ずかしくさせる。

わたくしは長年、幽霊の人権活動に携わっておる者でございます。司法試験をパスしているわけではないので、心霊オーガナイザーを自称しております」

 あやうく、口にしたコーヒーを吹きだしかける。語り口のスマートさと真摯な表情が、そのばかげた内容にそぐわない。紙コップに入ったインスタントコーヒーがこの老紳士の白手袋ににぎられると、それがまるで高尚な飲料であるかのように錯覚させられてしまう。

「御社の作品が、人権を大いに侵害しているという訴えがございまして……」

「え、幽霊のですか? 幽霊からのですか?」

 半ば茶化すように私が言うと、「さようでございます」と境氏はおだやかにこたえる。紐で綴じた分厚い資料を、鞄から取りだした。

「被害を訴えた原告が、二十三名。1作から99作まですべて、精査させていただきました」

「ちょっと待ってください」

 アシスタントの築地ちくちが、口をはさむ。まだ大学を出たばかりの若手だが、仕事は驚くほど速い。仕事は速いが、多少のミスもある。そのミスも、入社当初にくらべたらだいぶ減りはした。入れかわりの激しいこの職場で一年もつづけている貴重な人材であり、私は彼を次期ディレクターに育てあげようとしている。

「心霊からの訴えと言われますが、それをどう信じろというのでしょうか? なにもなくただ人権侵害と言われましても、こちらとしても困ります」

わたくしの話が、信じられないということですね」

「そのとおりです」

わたくしの申しあげることは、事実でございます。その証明ということであれば、ひじょうにたやすい。この場でわたくしを写真に撮っていただければ、信じていただけるものと。二十三名の原告は、この場におりますので」

 境氏がなにを証明しようとしているのか、すぐにピンとくる。さすがに仕事が速く、築地がデジカメを持ってくる。

「アオイさん、トリカエさん。もっとこちらへ寄ってください。イワシタさんもキシタさんも」

 境氏は両手を左右に伸ばし、呼びよせるしぐさを見せる。まわりの不可視の者たちが集まったのか、境氏は膝の上で手を組む。「よろしいですよ」と。記念撮影でないから、チーズやらポーズやら言わずに無言でシャッターを切る築地。ピピッピピッという音と、つらなる光だけが場にある。


「あっ」

 パソコンの大画面に撮影した写真を抽出したとき、全員が息を呑んだ。写っている。境氏を囲むように、恨めしげな顔顔顔。ひとつふたつみっつよっつ、いつつむっつななつやっつ……物理法則を黙殺した二十三個の顔が、境氏のまわりに写りこんでいる。境氏を見る。境氏のほかには誰もいない。十一個の写真すべてに、二十四個の顔がひしめきあっている。こちらで用意したデジカメとパソコンに、トリックの入りこむ余地などない。境氏が本物であることを確認した私たちは、企画会議の場であることを忘却した。


 まづ、肖像権の侵害。映りこんでしまった幽霊たちはみな、その素顔を晒されてしまっている。生者の顔にはモザイク処理が施されているケースがあり、それを幽霊にも適用できなかったものかどうかと。

 私は抗弁する。映りこんだ幽霊の顔にモザイクをかけてしまったら、『うつやみ』は商業的価値を喪う。誰がモザイクのかかった幽霊など、見たいというのか。これは会社の存立そのものをゆるがしかねない問題であるから、この点を妥協するわけにはいかない。

「わかりました。その点につきましては、御社の立場もわかります。和解案は用意してございますので、それはのちほど」

 境氏はそう言って、上品にコーヒーを飲みほした。

「それではつぎに、御社による重大な人権侵害について話させていただきます。御社の作品に数多くの、悪質な決めつけと捏造がございました。呪いころしただの大怪我を負わせただのと、彼らの名誉を著しく傷つけるものでございます」

 二十三人個々の事例を、資料とともに挙げる境氏。これらの指摘について、私は抗弁できない。もともとあの種のフィクションは、私の美意識にそぐわなかった。私の演出ではただ事実のみを流し、死んだ死なないの嘘はいっさいつけくわえていない。

 私はこの場に、社長を呼ぶことにした。社長は、社長室で売上の推移をながめている。「営業行ってこいよ」とは口に出さず、事情を説明する。

「その心霊オーガナイザーとやらに謝罪しろと言うのか、山斑やまぶちくん」

「彼は詐話師ではありません」

 猜疑心の塊のような社長もパソコンの画像を見て、境氏を本物と信じた。「おまえら、グルじゃないよな?」と言われることを覚悟していたが、そうは言われなかった。一社員の私の一存で、会社として謝罪することなどできない。社長は、二十三個の不可視存在に謝罪する。謝罪しないことで生じるデメリットを勘案すれば、謝罪するに越したことはない。頭をさげたところで、数字にたいした影響はない。冷徹な打算に基づいた謝罪だ。

「そのお言葉をいただけたこと、お伺いした甲斐がございました」

 境氏はそう言い、私たちと幽霊の和解案をしめす。原告二十三名に出演料として、それぞれ金一万円。うち捏造被害を受けた四名に慰謝料として、それぞれ一万円。合計二十七万円。慰謝料の相場にくわしくないが、ずいぶんと安いように思える。社長の口もとがわずかにほころんでいる。

「お金で解決できるものなのですか?」

 私は思わず、訊いてしまった。

「地獄の沙汰も金次第と、むかしから申しますでしょう。あの世にも経済はあるのです」

「それにしては、ずいぶんと安いような……」

「物価が、この世とはまるでちがうのです。あの世で一万円あれば、この世の一年に相当する時間を遊んで暮らせます」

「お金は、境さんにおわたしすればよろしいのですか?」

 金をどのように、幽霊に手わたすというのか。

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