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前編 2

 その『メグ』と名乗る人物と連絡を取ったときの反応は、こんな感じだった。


 メグ :『わ』

    :『えっと、はじめまして!』

    :『掲示板見てくれたんですよね?』

 ヒカル:『そうですよ』

 メグ :『あは、そうですよってw』

    :『硬いですね。年上の方ですか?』

    :『わたし、高校生です』


 文面からは、やけに明るい印象を受けた。矢継ぎ早に投げられる言葉は、とてもではないが死にたいと考えている子だとは思えない。しかも、高校生と言うのだから驚いた。


 ヒカル:『もしかして、女の子?』

 メグ :『そうですけど』

    :『こっちの質問に答えてくれます?』

    :『出会い系とか、そっち方面と勘違いされても困るんで』


 一人称が気になったので質問すると、不審さを露にし始めてきた。警戒心がないのかとも思ったが、そうでもないらしい。

 具体的な年齢を言うのは憚られるが……さてどうしたものか。


 メグ :『もしもしー、聞いてます?』

 ヒカル:『申し訳ない。たぶん、君より倍以上は年上だよ』

 メグ :『だから、硬いですってw』

    :『でも、そうですか。ふーん、じゃあ、おじさんって呼ばせてもらいますね♪』

    :『おじさんも、死にたいんですか?』


 こちらが一を返せば、即座に返事が怒涛の如く返って来る。久しく人と話していない引きこもりにとって、若干会話のスピードが辛いところだった。

 俺と彼女との間で、思考のタイムラグがあり過ぎる。


 ヒカル:『どうだろう。興味本位で覗いたっていうのが、正直なところかな』

 メグ :『……ふぅん、そうですか。おじさん、何だか落ち着いてますもんね』

 ヒカル:『そうでもないよ。これでも、緊張してるって』

 メグ :『ふふ、良い感じに砕けて来ましたね、口調w』

 ヒカル:『もしかして、からかってる? これって、そういう遊びなの?』

 メグ :『あ! 違うよ。ごめんなさい!』

    :『反応してくれたの、おじさんが初めてで。ちょっとテンション上げちゃった』


 手を合わせる絵文字が使われ、メグは慌てた風に謝罪を寄越してきた。


 ヒカル:『気にしなくていいよ。怒ってるわけじゃない』

 メグ :『ありがと。おじさん、やさしいね』


 少し会話に慣れてきたところで、気持ちにも余裕が生まれ始める。そろそろ本題に入るべきかと思い、キーを打った。


 ヒカル:『話を聞いて欲しいって書き込みしてたけど、それは本当なの?』

 メグ :『本当だよ。もしかして疑ってる?』

 ヒカル:『そりゃ、あんな書き方してたらね。荒らしみたいじゃないか』

 メグ :『そんなつもりじゃありませんでした』

 ヒカル:『逆にきくけど、出会い系のスパムじゃないの?』

 メグ :『嘘じゃないよ。なんなら、証拠見せるし』

 ヒカル:『証拠?』

 メグ :『ちょっと待ってて』


 疑いを向けられて怒ったのか、メグの発言が止まる。言われた通り、エアコンの唸り声を聞きながら待つこと十分程で、スマホの画面に動きがあった。


 メグ :『おまたせ』

    :『画像送るね』


 その発言通り、すぐに画像が表示された。

 薄暗い照明の下、簡素な白いベッドに座る制服の女の子が映っていた。襟元にリボンをあしらった地味目の色のブレザー。チェックのミニスカート。黒のニーソックス。なるほど、小柄な少女は、確かに女子高生としての記号を備えている。


 メグ :『じゃーん、着替えてみた』

    :『どう? かわいい?』


 証拠というのは、つまり自分が女子高生であるということを見せることらしい。しかし――


 ヒカル:『制服はかわいいと思うけど、その覆面マスクは?』

 メグ :『流石に、顔出しはNGだよ』


 そう、メグは和風の覆面を被っていたのだ。おかめと言うのだったか、真っ白な顔に、黒く縁取られた両目と真っ赤な唇。広い額の上からは、作り物の髪の毛が両サイドに分かれて垂れている。

 制服とのアンバランスさに、可愛いというよりも不気味さだけが際立っていた。


 ヒカル:『じゃあ、この画像が君だっていう証拠は?』

 メグ :『え』

 ヒカル:『今どき画像なんて、適当に拾えるだろうしね。証明にはならないよ』


 この段階で彼女が本物なのだろうと疑いは晴れていたのだが、やり方はあるのではないのか。もう少し意地悪を言ってみても罰はあたるまいと考えが過り、そんな風に問い詰めてみた。

 即レスをしていたメグの動きは止まっていた。風向きを変えたエアコンの冷風が、横顔を通り抜けて目を渇かせる。

 やがて、五分、十分と無言の時間が経つにつれ、終わったかなと気持ちは徐々に冷めていった。スマホをノートPCの脇に置き、軽く伸びをする。

 随分と身構えていたのだなと、凝り固まった身体をほぐしながら口許を歪めようとした――そのとき、スマホが通知に震えた。

 まるでこっちが油断した時を見計らったかのようなタイミングに、反射的に手を浮かせる。通知の相手は、もちろんメグだった。


 メグ :『わかった』

    :『証明する』


 短い発言の後、再び画像が送られてきた。構図は先程と同じ、制服でベッドに座る、不気味な覆面を被った少女が映ったもの。

 だが、その違いは見てすぐに分かった。少女はブレザーを脱いでいたのである。

 そして、もう一つ、彼女のすぐ横にはデジタル時計が置かれていた。示されている時刻は、現在のものと一致する。


 メグ :『ちゃんと見ててね』


 寒いくらいに冷房をかけていたはずなのに、嫌な汗が背中を伝った気がした。

 こっちが何か反応するのを待たずに、メグは一分置きくらいに画像を送り続けてきた。

 最初は、襟元のリボンを緩めて、カッターシャツのボタンを外したものだった。中央に肌色のラインが生まれ、その胸元には淡い水色の下着が覗いている。

 次の画像からはスカートが無くなり、ブラと同じ色のショーツが露わになっていた。隠すように太腿の間に両手を挟んでいるが、その様が扇情的に下半身の熱を煽っている。

 デジタル時計の時刻が、進んでいく。


 メグ :『胸がないから、恥ずかしい』


 その発言の後に送られて来た画像ではとうとうシャツも脱ぎ去り、彼女は白い肌も惜しげもなく晒した下着姿になっていた。腕を組むように隠された胸は、言う通り谷間を作るにはボリュームが足りていないのだろう。

 彼女がいったい何を考えているのか判らない。だが、彼女の顔に被された覆面が最後のひと押しを躊躇わせ、俺はスマホのキーを叩いた。


 ヒカル:『わかった、もういい』

 メグ :『何がいいの?』

    :『おじさんは、上か下、どっちが先がいい? 靴下は残す派?』

 ヒカル:『脱がなくていい! 信じるから。疑って悪かった』


 俺の言葉が如何ほどの効果を生んだか判らないが、メグの発言はまたしても止まる。足が痺れて、声を出してもいないのに喉がカラカラだった。

 ややあって、会話のログが上にスクロールする。画像が送られて来た。

 今度は全体像ではなく、顔と腿から下は写っていない。たぶん、ベッドで仰向けになって撮っているのだろう。上下は裸ではなく、灰色のスウェットを着ていた。

 そして、胸の上には切り取られたメモ帳が置いてあり、丸い文字で何かが書いてある。それは、掲示板にも書かれていた、アプリのIDだった。


 ヒカル:『からかっていたんだな。最初からそれを見せれば済んだ話だ』

 メグ :『それだとリアリティがないでしょ』

    :『それにおじさん、わたしが脱いでる間無言だったけど、何してたの?』

 ヒカル:『何も。ちょっと驚いていただけだ』

 メグ :『もしかして、おっきくなった?』

 ヒカル:『人の話を聞きなさい』

 メグ :『ごめんなさい。でも、別に最後まで見られても良かったんだよ?』

    :『だってさ。自殺したらお医者さんに身体を調べられるわけだし』

    :『なら、おじさんに裸見られても平気だよ』

 ヒカル:『本気なのか?』

 メグ :『あ、やっぱり見たくなった?』

 ヒカル:『そっちじゃない。自殺の方だ』

 メグ :『うん。本気だよ』

    :『話、聞いてくれる?』


 正直に言って、自暴自棄とも取れる少女の言動には危険を感じた。年相応にどこか無邪気でもあるのだが、薄皮一枚の向こうでは途方もない狂気が渦巻いている。そんな気がしてならない。

 しかし、この時自分でも気づかぬうちに、俺はメグの持つ雰囲気に倒錯していたのかもしれない。

 フェロモンとでも言うのだろうか。愚かにも彼女と、もっと話してみたいと思ってしまっていたのだ。

 俺は返事を打つために、脂っぽくなった親指を液晶の上へと滑らせていた。

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