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公国の真紅の瞳  作者: ざっくん
第1章 公国に現れた紅き影
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008 討伐者

 エミリアはただヘルダと私を見守っていた。

 ヘルダは身体を鍛えることを決してやめなかった。

 私も自分のことを知らなければならないのもしれない。

 ただ羨ましかったから人と仲良くするのではなく、本当の私の望み……。



 翌日からヘルダの特訓が始まった。

 魔物を倒すことに執着するかと思っていたが、想像していたよりも従順だ。


「……っ、……!」


 庭で黙々と剣を振る。

 サイズの合わない大きな剣は、ヘルダにとっては想像以上の負荷だろう。

 しかし、泣き言は言わない。

 泣いたら私がヘルダを鍛えることはしなくなると分かっているのだろう。


 ヘルダの将来について、少しだけ考えてみたのだ。

 結論として、あえて討伐者になる必要もないだろう。

 料理ができるのだから料理人になったらいいし、畑を耕すでもいい。

 女だから身体を売ることもできるし、最悪は私が面倒を見てあげてもいい。


 この特訓は、ヘルダが討伐者になれるかどうかの最初にして最後の試験になっていた。


 それはそれとして、ヘルダが討伐者になれるための協力は惜しまない。

 ヘルダに足りていない身体は今作っている最中だ。

 もう一つ、武器についても用意しなければならないだろう。


「街に、でしょうか?」


「ええ。武器を買いに行きたいの。できたら調味料なんかも手に入れておきたいわね」


 もちろん庭にいた限りは武器は手に入らない。

 ならば街に行くしかないのだ。


「そうですか。ここから一番近い街は、南に進んだハインドヴィシュ公国の首都となります。森と面しているので迷うこともないでしょう」


「森を出てすぐに首都があるの?」


 驚いた。

 ハインドヴィシュ公国の首都は森に面しているという。

 魔物が森から出てくることもあるというのに。


「魔物に襲われることもありますが、メリットもあるのです。討伐者は最小の移動で済みますし、魔物の素材も多く手に入れることができますから」


「……討伐者で成り立っている国なのね」


「珍しい魔物の素材は大変高価です。ハインドヴィシュ公国はその規模の割にはお金を持っている国でしょう」


 討伐者が多くいるというのは朗報だ。

 討伐者が多いということは、それだけ関連する店も充実しているということだ。

 ヘルダの為の武器も見つけられることだろう。


「あとは……やっぱりお金は必要よね?」


「道中で魔物を倒せば十分でしょう。緑醜鬼(ゴブリン)の核は価値も低いですけれど、巨首馬ディフヘストの核ならばそれなりの値段になりますから」


「そうそう、よければヘルダも連れて行ってくださいね。あの子にも街に慣れていただく必要がありますから」


 もちろんそのつもりだ。

 武器を選ぶのだって、扱うヘルダがいなければ始まらない。


「エミリアは大丈夫なの? いくら近いと言ったって、一日で往復できる距離ではないんでしょ?」


「朝から移動したら一日で往復できますよ。そうでなければリタ姫もやって来ません。……でも、可能ならば一泊してきたほうがいいでしょうか。イルザさんもお金の使い方を学んでおいたほうがいいかと思います。……私ならば大丈夫ですよ。お水さえあれば一日二日はなんとでもなることです」


 この数日の間、エミリアの容体は悪化する一方だった。

 多分だけれど、目を離せるのはこれが最後になるだろう。

 ヘルダの武器を手に入れたあとは、最後を看取るまでここから離れないつもりだった。



 エミリアから許可も貰ったので、あとは行動するだけだ。

 早速ヘルダに話を持ちかける。


「今日の訓練は終わりにしましょう。それよりも、出かける準備をするのよ」


「はぁ、はぁ……どこにですか?」


「もちろん街によ。ヘルダの武器を買いに行くの」


 今の時刻はまだ朝と言っていいだろう。

 ヘルダが剣を振り続けて10分程度。

 それでもこれだけ疲れているのだから、いかにヘルダの身体能力が劣っているのかがよくわかる。


「わたしもなのですか」


「当然よ。エミリアもヘルダを連れて行けと言っていたの」


「……お婆ちゃんに聞いてきます」


 ……別にいいけどね。

 早く仲良くなりたいものだ。


 ヘルダはすぐに用意を整えて出てきた。

 用意といっても持ち物はほとんどない。

 そもそも必要な物もないのだ。


「お婆ちゃんが、これを売っていいって」


 手渡されたのはいつかの巨首馬ディフヘストの核だった。

 どうせここに置いていても使い道のないものだからありがたく受け取っておく。


 早速、私とヘルダは街へと向かうのだった。



 二人きりになるまたとない機会。

 普段から二人きりと言ってもいい環境ではあるのだけれど、誰の視線もない場所では雰囲気もちょっと変わってくる。


「そういえば、昨日来たリタ姫のことなのだけれど」


「……リタさま、ですか?」


 名前を出しただけで見てわかる動揺を浮かべるヘルダ。

 なんだか嫉妬してしまう。


「そう、そのリタ様よ。彼女は昔から庭に来ていたの?」


「私がお婆ちゃんに拾われる前から来ていたみたいです。いつからなのかは知りません」


「そうなのね。リタ姫ははどういう人なのかしら」


「……お姫様です」


 うん、それは知ってる。

 少々質問が悪かっただろうか。


「リタ姫はヘルダから見てどんな人なの? 可愛いとか美人だとか色々あるでしょう?」


「リタさまは……優しい方です。たまにお菓子を持ってきてくれます」


「あら。もしかして昨日も何かを貰っていたのかしら?」


「……」


 別に奪ったりはしないのだから、そこは隠さないでほしい。

 しかし、お菓子か。

 美味しい食べ物を渡すとヘルダと仲良くなれるのだろうか。


「そう、他には何かないの?」


「……リタさまは」


「残念だけど、その話は一旦おしまいみたい」


 本当に残念なことだった。

 ヘルダが内心を語ろうとしたその時に、まさか魔物が現れるだなんて。


 現れたのは猿の魔物。

 いや、見た目が猿の魔物か。

 手には少し大きな枝を持っている。

 武器が枝だなんて、それだけで実力が知れるというものだ。


白腕猿(リラエフィン)です。緑醜鬼(ゴブリン)よりも強くて、巨首馬(ディフヘスト)よりも弱い魔物です。お肉は食べられません」


 ヘルダが知っているということは、この魔物も有名なのだろう。

 それにしても、この森にはどれほどの魔物がいるのだろうか。

 それにこの森の広さも。

 街まで半日という距離が果たして広いのか狭いのか、今の私には分からないことだった。


「キキッ!」


 白腕猿(リラエフィン)は私に向かってすぐさま枝を振り回してきた。

 想像を超えないその攻撃に、私は思わずため息ひとつ。


「まったく……魔物は頭が悪いのね」


 いくら力があろうとも、相手の力を読み取れないのでは動物以下だ。

 そんな魔物に負けるはずもない。


 振り回される枝のその中心に向かい、正確に拳を振り抜いた。

 パキンと乾いた音が響き、枝はその長さを半分にする。

 それでも気づかず枝を振り回し続けるあたり、白腕猿(リラエフィン)の低能さが伺える。


 しかし、やはり武器を壊すだけじゃ止まらないか。

 どうせ殺されるのだから、喚かずに核を自ら差し出せというのだ。


「その距離じゃ届かないって気づきなさい!」


 振り回す枝は華麗に避けて、その足を蹴り骨を折る。

 はたして魔物には痛覚が存在するのか。

 下半身がその場に崩れてもなお、白腕猿(リラエフィン)は攻撃をやめなかった。


「トドメはヘルダにお願いするわ」


 無駄かもしれないが、一つ気になることがあった。

 エミリアがいうには、討伐者は才能を芽生えさせる人が多いらしいのだ。

 そのへんの子供を連れてきて討伐者と料理人の訓練をさせた時、まず討伐者としての才能が先に芽生えるのだとか。


 その違いは魔物を相手にするか、それとも食べ物を相手にするかだけ。

 さらに詳しく言うならば、魔力があるかないかの違い。

 それはつまり、魔力を持つ魔物が相手だからこそ、才能が芽生えやすいということではないのか。


 もしもこれでヘルダが剣の才能に芽生えたとしても、魔力が理由であるという結論にはならない。

 ただ、早く芽生えさせるに越したことはないというだけのことだった。


 そのヘルダは今日は一度でトドメを刺した。

 たった少しの訓練で力がつくわけもなく、白腕猿(リラエフィン)の肌が緑醜鬼(ゴブリン)よりも柔らかかったというだけの話。

 それでも一撃で倒せたことは、きっとヘルダの自信に繋がることだろう。


 その後も魔物を倒しながら、私とヘルダは順調に進んでいった。

 どうやらこの森には私に敵う魔物は存在しないらしい。

 それとも、もっと森の深くまで進めば強い魔物もいるのだろうか。

 ヘルダに聞いても分からない。

 ヘルダが知っているのは、森のごく浅い位置に生息している魔物だけだったから。


 そうして私たちは南に進み、大きな街壁へとたどり着いたのだった。



------



 街壁というのは、例え魔物に対するものだろうとさして違いはないようだった。

 私がこの世界に渡る前、戦の多かった時代にはほとんどの街には壁があった。

 石を積み重ねる構造なんかも変わらない。

 おそらくは、街壁の上から矢を射ることも変わらないのだろう。


「門は……たぶんあっちね」


「分かるんですか?」


「ほら、よく地面を見てみなさい。あっちの地面は草がほとんど生えていないでしょう。その分だけ踏まれているということよ」


 まあ場所によっては、踏まれた分だけ丈夫な草が生えることもあるのだけれど。

 剥げた地面と茂った地面、どちらに門があるのかは疑う余地もないだろう。


 それにしても、森を出てすぐの場所に本当に街を構えているなんてね。

 森を出たらというよりも、むしろ森に接している街だ。

 壁を見ると一目瞭然だが、ところどころが傷ついている。

 まず間違いなく、魔物がつけた傷なのだろう。


「魔物は森から出てくることもあるのね」


「魔物はどこにでもいます。街から街に移動するときも、普通の人は護衛を雇います」


 森の中には多くの魔物がいたけれど、別に森でなければ生きられないということでもないらしい。

 そもそも魔力さえあれば生きていられる存在だ。

 どこでだって生まれるのだろう。


 それと、ヘルダはこの街の門がどこにあるのか知らなかった。

 つまりヘルダはこの街の出身ではないということ。

 その事実に一安心。

 ヘルダの過去を知ってしまった上に、まさかここでヘルダの親に出くわすことになったらどうしたらいいのか悩んでしまう。

 どうやらその心配はなさそうだった。


 しばらく歩くと門にたどり着く。

 森に面しているからか、随分と堅牢そうに見える。

 もっとも、今は開いているんだけど。


「……門番がいるようだけど」


「当たり前です。門には門番がいるものです」


「そうじゃなくて、私たちは街に入ることができるのかしら? まさかただ突っ立っている訳でもないんでしょう?」


 門番の役割といえば、つまりは門を通過する人の監視だろう。

 身分も何もない私たちは、はたして街の中へと入れるのだろうか。


「……通行料を払えば入れるはずです」


 ヘルダもあまり自信はないみたい。

 それもそうか。

 ヘルダは街を離れてから、ずっとエミリアと暮らしていたみたいだし。

 街を訪れることはヘルダにとっても初めてのことなのだ。


「とりあえず向かってみましょうか」


 こうして門の手前で話していたところで門番に怪しまれるだけだ。

 それに最悪はどうとでもなる。

 この高さの街壁ならば、飛び越えることも可能なのだから。



 門の周りに人の姿はほとんどない。

 多分だけど、今がお昼時だから。

 森に面している門だから、その利用者は森に用事かあるものばかり。

 そしてわざわざ森に出かける者といえば、もちろん討伐者をおいてほかにない。

 魔物を探すにも時間が掛かるし、この昼の時間というのは人通りが少ないのだろう。


「待て。討伐者か? それにしては軽装だな」


 街に入ろうとしたところ、当然のように止められる。

 門番はしっかりと仕事をしているようだ。


「ええ、討伐者じゃありませんから。この街にも初めて来ました」


「女が二人でか? ちょっと待ってろ。おい、お前。入門税の確認をしてこい」


 二人いた門番のうち、一人がどこかへと消えていく。

 残った一人は私たちの監視か。


「何か問題があるのかしら?」


「あー……、この門は通常討伐者しか通らないからな。入門税を確かめに行かせたのだ」


「街に入るにもお金がかかるのね」


「それは当然だろう。最低限のお金も払えない奴を街に入れてみろ。すぐに盗みを働くに決まっている」


「討伐者は無料なの?」


「討伐者は討伐者ギルドで似たような金を払うことになっているからな。しかし、どうしてわざわざこちらの門に? 南門なら待たされることもなかったぞ」


「ええと……こんな立派な街壁を初めて見たものだから、ついつい外を見て回ってしまったの。やっぱり魔物が森から出てくることも多いのかしら」


「どうだろうな。今は討伐者の数も多いから魔物が森から出てくることはほとんどない」


 どうやら誤魔化せたみたい。

 こんな軽装で森の中からやってきたと言っても説得力はなかっただろうし、騙されてくれて一安心。

 それと、討伐者は税がかからないのか。

 今後のことを考えると、今のうちに登録しておくべきだろうか。


「すみません。持ってきましました」


 離れていた若い門番が一枚の紙を手に戻ってきた。

 多分そこには入門税について書かれているはず。


「ふむ……ちなみに、ここにはどんな用事で?」


「買い物よ。討伐者になるために武器を買いに来たの」


「商人ではないと。まあ見たら分かるがな。だから入門税は……女は銀貨一枚だ。二人だから200ユルになる」


 さて、ここで困ったことになる。

 当たり前だけれど、私もヘルダも現金は持っていないのだ。


「ちなみに今は持ち合わせがないのだけれど、やっぱり銀貨で払わなければダメなのかしら?」


「いや、その場合は相場よりもちょっと高めの現物でも可能だ。商人の場合は商品の一部を納めていく者も多い。女の場合は身体を売ることも可能だが……」


 可能だけど、できたらやめてほしそうな様子。

 もちろん身体を売るはずもない。

 それにしても、せっかくの機会なのだからもっとがっついても良さそうなものなのに。

 リタ姫の街だけあって治安もいいのだろうか。


「銀貨一枚の価値はどれくらいかしら」


「出せるものは何がある? その首飾りでもいいが、さすがにもったいないだろう」


 首飾り──人避けの魔法を無効化する首飾りは今も身につけていた。

 その首飾りを見ても、門番の態度は変わらない。

 街に大規模な結界は張られてないようだ。

 ……当たり前か。

 結界がないから街壁があるのだ。


「今出せるのは魔物の核だけね」


 本日回収したいくつかの核を並べる。

 数は大小様々に10以上。

 さすかにこれだけあれば、入門税にも足りると思うのだけれど。


「核か。さすがに見ただけでは分からんな。おい、討伐者ギルドから受付を呼んでこい。核の鑑定ができるやつだ」


「わ、分かりましたっ!」


 先ほど税の確認をした若い門番が、今度は街中に駆け出していく。

 それも門番の仕事なのだろうけれど、なんだか悪いことをした気分だった。


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