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公国の真紅の瞳  作者: ざっくん
第3章
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065

 馬車での移動というのはとにかく暇なもので、隙あらば馬車に乗る人を交換している。

 もっともアールテッドの小隊は常に先頭だから、移動は私の馬車とピエールの馬車の間だけ。

 もちろん私はピエールと一緒には乗らない。


「明日からはユーリアの才能について確かめようと思っているわ」


「私も戦うってこと?」


「戦いたければね。でもあなたの才能は、わざわざ戦わなくとも活かせるものよ。実際の戦いについてはシルヴィアに任せるつもり」


「私がですか?」


「そうよ。まだ自覚はできていないでしょうけれど、あなたの強さはそこらの討伐者にも負けないぐらいなんだから」


 なにせ私の血を分けたのだ。

 身体は丈夫になっているし、力だって大人の男にも負けないだろう。


「余っている武器は矛しかないから、ついでに騎馬戦をしたらいいかもね」


 なんなら私も一緒に戦ってもいいだろう。

 今後のことを考えると、騎馬戦の技能は必須だろうから。



 そんな話をしていたらすぐに村についた。

 日が暮れかかっているのは順調な証であり、そして明日からは野宿となる。

 レーゼル共和国とハインドヴィシュ公国の間には、街道はあるけれど大きな街はないのだ。


「合流する仲間もこれが最後となります。しばらくは一緒に過ごすのですから、仲良くされることを勧めておきますよ」


 心配せずともピエール以外とは仲良くできている。


「アールテッドも気のいい相手だし、小隊長とはすぐに仲良くなれると思うわよ。小隊長とはね」


「ふむ、まあいいでしょう。アルベルトはしばらくやって来ませんし、アルベルト自身はあなたのことを嫌ってはいませんからね」


 どこまでも自分のことを棚に上げるやつだ。



「いい感じじゃあないか。何を考えているのか分からん商人なんかよりもよほどいい」


「……それはどうも」


「おや、珍しい。気に入りましたか」


「はっ。お前は誰だろうと気に食わないんだろうな」


 この村を守っていた傭兵の小隊長、ジュリアンはいい男と言えるだろう。

 少なくとも、同席していたコロナの声が出ないくらいには。

 口を開いてぽーっとしているのは、もしかしたら初めて会ったのかもしれない。


「よかったわ。コロナもパウラもピエールのことを褒めるものだから、私の感性が間違っているのかと不安だったの」


「こいつの考える作戦はすげえけどな、こいつの性格は最悪だ」


 まあ、パウラもコロナも戦略を褒めていただけかもしれないけど。


「それで今日は泊まっていくんだよな。テントはあるのか?」


「さすがにね。今別の者が建てているはずよ」


「よし。……そうだな、まだ夜には早いし今日はパアーッとやるか!」


「あら、気前がいいのね」


「美しい依頼主との今後を考えたら、財布の紐はゆるくなるのが当然だろ?」


 断言しよう。

 ジュリアンは今まで出会った中でも一番のイイ男だ。



 宴会はすぐに始まった。

 なにせ場所は村の広場であり、料理も焼くか煮るかしかないのだ。

 食材も少々高値で村から買えるものだけだ。


「新たな依頼主に乾杯だ!」


 傭兵が騒ぐのが好きというのは勝手だけど間違ってないイメージだった。

 小隊の隊員たちはおのおの勝手に飲み食いしている。


 私の周りにはアールテッドとジュリアンの小隊長が集まった。

 ついでにピエールも。

 下っ端にこそ嫌われるような性格をしているから、私たち以外に混ざれる場所がないためだろう。


「さあ、飲んでくれ。この村の酒は一味違うぞ」


 差し出されたグラスをグッと煽る。

 そこまで焼け付くようなものでもなく、意外なことに甘みがあった。


「……飲みやすいわ」


「度数も低いからな。この村では水代わりによく飲まれている」


「売れそうな商品ね」


「実際売れているさ。ここが商人の国でなかったなら、もっと大きな街になっていたことだろう」


 利益は商人が独占しているみたい。

 もっとも私たちも傭兵たちも、村の利益のためになにか行動を起こすことなんてあり得ないけど。


 テントに囲まれた広場で適度に酔いながら、話すことといえばハインドヴィシュ公国に着いてからのこと。

 特に勝ち目があるのかどうか、兵士ではないから命を粗末にしない傭兵にとって大事なことだ。


「正直なところ、ハインドヴィシュの兵士に期待はしていないわ。訓練すらろくにしていないようだもの」


「大国は大国同士でやり合っていますから。いつでも潰せるからこそ見逃されていただけだというのに、平和が続くと自分たちは襲われないと思ったのでしょう」


 それでも定期的に魔の森から魔物が押し寄せてくるのだから、全くの無力ではないと思いたい。


「個人の強さでいうのなら、俺たちが協力する時点で差は埋まっただろう。問題は数の差だ。一気に攻め込まれたらさすがに防げないぞ」


 その光景は何度も想像した。

 街壁をぐるりとアデライド帝国の兵士に囲まれてしまったら、ほとんどの者は戦意を失ってしまうだろう。


 そうなると、攻められる前に攻めるしかない。

 それにしたって数の差は変わらないのだから、攻め方も考えなければならない。


「それで、ピエール様は作戦を考えたのか?」


「さて、何やらトゲがあるようですが。まだ何も考えていませんよ。それほどアデライドのことを知っているわけではありませんし、フルシャンティとの戦いもどう転ぶか分かりませんから」


「どっちが勝っても苦労しそうだ」


 アールテッドはため息をついて天を仰ぐ。

 たしかにどちらも大国だけれども。


「フルシャンティが勝つならば、攻められはしないのではなくて?」


「甘いなあ。フルシャンティはアデライドと同じぐらいに大陸の覇権をとりたがっている。アデライドに勝つなら喜んで他の国にも攻めるだろうさ」


「そうでしょうね。騎士の国ですか。我々にとっては息苦しいこと間違いありません」


「ということだから安心するんだな。アデライドだろうとフルシャンティだろうと戦うつもりだ」


「……それは心強いわね」


 その分高く付きそうだけど。


 しかし、噂には聞いていたけれどフルシャンティが攻めてくる可能性もあるのか。

 騎士の国というぐらいだし、訓練なんかもしっかりしていそう。

 むしろアデライド帝国よりも恐るべき国なのかもしれない。


「あなた方はどちらが勝つと思っているの? ある程度の情報は持っているのでしょう?」


「アデライドだ」


「フルシャンティだな」


「アデライドでしょう」


「……一緒じゃないのね」


 ジュリアンだけフルシャンティ王国が勝つと思っている。

 私も話を聞く限り、なんとなくフルシャンティ王国のほうが手強いのかなと思うのだ。

 でもアールテッドとピエールはアデライド帝国。

 リタもアデライド帝国しか眼中にないようだったし、何か理由があるのだろうか。


「そこまでアデライドは強いの? 聞けば聞くほどフルシャンティが強そうに思えるのだけれど」


「アレのせいだろ」


「アデライドだけに伝わるという異界からの召喚、あれは侮れないと思います」


「噂ほど対したもんでもないだろう。呼ばれるのはしょせん人なんだろう?」


「さあ、魔物かもしれませんよ。今のところは人だけのようですが、服従させる方法も持っているでしょうから」


「それにしたって話が伝わるわけでもないだろう」


「さて、どうでしょう。アデライドがなんの備えもなしに召喚を行うとも思えませんが」


 そう、アデライド帝国は服従させる術を持っている。

 あの豚姫は愚かにも私を服従させるさせようとしたのだから。

 あれの効果──たぶん魔法の範囲がどれほどまで及ぶのかは分からない。

 魔物をも束縛し、命令を聞かせることができるのならばたしかに脅威となるだろう。

 この世界におけるAランクの魔物以上の魔物がそこら中を跋扈する世界──そんな世界があるだろうことは想像に難くないのだから。


 もちろん私が知っているなんて伝えたら面倒くさいことこの上ないので何も伝えないけれど。

 ただここは、私よりも強い者が何人かは呼び出されている可能性を考えたほうがいいだろう。

 つまり私もやはりアデライド帝国が勝つと考えるべきなのだ。


「仮にアデライドが異界からの召喚を行ったとして、何人ぐらい呼び出されるのかしら」


「他の国では失伝したといっても概要ぐらいは残ってたはずだ。ハインドヴィシュで聞けるだろう」


「確か一度に一名だけだったかと。ただ日を置くと何度も呼び出せたはずだったかと」


 年に一度だったとすると、私のあとに呼び出されたものはいないだろう。

 でも一月毎に召喚できるかもしれないし、そうでなくとも私が来る以前から召喚を行っていたと考えるべきだ。

 場合によっては十人以上という可能性もあるのだろう。

 もしも百人単位だったら、一人ぐらい豚姫の元から逃げ出していてもおかしくない。

 それほど強固に縛り付けている可能性もあるけれど……。


「いずれにせよ、この場で話せることでもありません。まずは戦場を見に行かなければ」


「そうだな。アールテッドが行くんだろう?」


「ああそうだった。イルザはどうする? 一度くらいは戦場を見ておいたほうがいいんじゃないか」


「そうね……そうしようかしら。あなた達の邪魔にならなければいいんだけれど」


「遠くから眺めるだけだ。危ないことなんて何もないさ」


 実際のところ、私も見に行こうと思っていたから誘われたことはちょうどいい。

 騎士の国だとか豚の国だとか言われても、この目で見ないことには想像することも難しいのだから。


「そもそも見つかったところで誰とも分かるはずもない。せいぜいが敵国の監視に思われるぐらいだ」


 それほどまでにハインドヴィシュ公国は視野に入っていないと。

 いや、敵国が強大であるから他の国は目に入らないと言うべきか。


「それに、イルザは強いんだろう? そのまま参戦してもいいのではと考えている」


「さすがにそれは……」


 でももしかしたらいい案なのかもしれないけれど。

 フルシャンティ王国は装備も揃えているらしいから紛れ込めない。

 けれどアデライド帝国の兵は各自が装備を用意するため、武器も鎧も様々なのだそうだ。

 だからといって、いきなり戦争に参加はしない。



 これ以上の話し合いは情報を持ち帰ってからということで、あとはひたすら酒盛りだ。

 季節が季節とはいえ夜の広場は多少涼しく、身体を温めるために私も意外なほどに酒を飲んだ。

 ここ数日で面倒を見る相手が増えたり傭兵が増えたりと、人数が増えたことでもしかしたらストレスを感じていたのかも。

 つまり私は、これまでにないほど酔っ払ったのだった。


「そういやアールテッドはイルザに興味があるみたいだな」


「分かるか。私たちでも倒せなかった盗賊団を一人で倒したらしい。興味がないといえば嘘になる」


 アールテッドが私を見つめた。

 冗談ではない。

 せっかく身体が暖まったのにここで汗をかいては風邪を引いてしまうではないか。

 今まで倒れたことがないにしてもだ。


「私の実力を見たいのね。でもこんな状態で勝負をしても、ろくな結果にならないと思うの」


 アールテッドも出来上がっている。

 明日に記憶が残るのかどうかも怪しい状態で勝負をして、明日になって覚えてないからもう一度と言われても面倒なのだ。

 ならばここは、力比べ以外で勝負をするべきだ。

 それこそお遊びであり、そしてこの場で見せるにふさわしいことを。


「ははっ、アールテッドもフラフラじゃないか。立ち上がることも難しいぞ」


「ふむ、ならばここは私に仕切らせていただきましょう」


 ピエールはピエールで、ここで私の実力を探る腹なのか。


「イルザ嬢は討伐者ですから、女性討伐者ならではのものがいいと思うのですが」


「お、いいな。ただイルザにその気があるかはなあ」


「おっ、なんすかなんすか」


「脱ぐっすか!」


 隊員たちも近づいてくる。

 日の落ちた広場、焚き火に照らされる私とアールテッド。

 立ち上がった二人のうち、アールテッドがおもむろに服を脱ぎだした。


「姉御! 相変わらずイイ身体です!」


「日焼けした身体がソソるぜ!」


 集った傭兵たちが盛り上がる。

 アールテッドは下着姿を見せつけるようにその場でくるりと周り、私に対してこう言うのだ。


「さあ、あんたも脱ぎな。それとも見せられないくらいに貧相なのかい」


 そう言われると引き下がれない。

 この肌の潤う時間帯に、見られて恥ずかしい身体はしていないのだ。


「イルザさん、ここは私が」


「いいのよ。あなたも瞳に焼け付けなさい」


 代わろうというシルヴィアを留め、自らの服に手をかける。


「とくと見なさい。これが究極の美しさよ」


 シャツもパンツも脱ぎ去って、お気に入りの下着だけを身につけた肌を晒した。

 旅の間でも下着だけは毎日当然のように取り替えている。

 周りの全員からため息が漏れる。


「……こいつは想像以上だな」


「姐さん、勝てねえっすよ……」


「スゲえ……」


 月明かりと焚き火だけの淡い光の中、白と黒のシルエット。

 日に焼け鍛え抜かれたアールテッドの身体と、とても戦えるとは思えない私の白い身体。

 日焼け止めなんてないこの世界、まず見ることのできない白い肌。

 アールテッドの日に焼けた肌こそが普通なのだ。


 注目が集まるとことで、さらに気分が良くなってくる。


「それで、勝負はどんなものなのかしら、。まさか見せつけて終わりじゃないのでしょう?」


「……む、当然だとも」


 下着姿のアールテッドが私に迫ってくる。


「女討伐者にとっては普通のことなんだろう? ただ、最後まで立っていたらいいだけだ」


 勝負は勝負でも、力勝負ではあり得ない。

 そして一般的な女討伐者の常識とくれば、もうやることは一つしかなかった。


「へえ……勝つつもりなの」


「これでもいつも隊員を相手にしているからな。経験はあんた以上に豊富なつもりだ」


 残念だけど、その経験は活かせないのだ。

 女同士の戦いで、異性相手の経験がどれほどのものなのか。

 私のように日々同性を相手にしている者から見ると、アールテッドの経験なんて児戯にも等しい。


 だから勝負は一瞬だった。

 見ただけでとこに触れたら一番いいのか分かるのだ。

 アールテッドは一撫でするだけで腰砕け、私が支えなければ立ってもいられなくなったのだった。


「勝負はついたようね。でも私はまだまだ満足できないの。明日の朝までアールテッドの身体を借りるわ」


 返事も聞かず、アールテッドをテントまで引っ張っていく。

 これだけのものを見せたのだ、朝まで邪魔は入らないだろう。


「あの姐さんが瞬殺かよ……」


「俺も相手してもらいてえ」


「匂いがやべえな。ちょっと便所に行ってくるか」


 背後で男どもが好き勝手に騒いでいる。

 軽率な行動だったけれど、一目置かれたようだし良かったのだろう。


「イルザ嬢はハインドヴィシュの貴族なのかもしれませんね。私は女性の下着には詳しいつもりだしたが、あれほどのものは見たことがありません。……それにしてもいい物を見させていただきました。これは本気で仕事をするしかありませんね」


 ……もしかしたらピエールは、予想以上にヤバい奴なのかもしれなかった。


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