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公国の真紅の瞳  作者: ざっくん
第3章
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064

 人数が減ったからなのか、盗賊たちの撤退はスムーズだった。

 頭が命ずるまでもなく、皆逃げ出したかったのかもしれない。


 盗賊が去って残されたのは、幾つかの死体に幾つかの逃げなかった馬、そして瀕死の馬が二頭だった。

 調教された魔物は皆そうなのか、主を失って逃げ出したのは当然としても、この場に残った馬は恐れるどころか私に擦り寄ってくる。

 馬車に繋がれている炭付馬(ザームヘスト)と同じ種類。

 連れて帰るだけでもお金になりそうだ。


「いやあ、お見事です。アルベルトが認めるだけのことはありますね」


 手を叩いて褒める様子はどこか白々しい。


「こういう実力の確かめ方は、できれば今回限りにしてほしいところね」


「とんでもない。貴女の実力を盗み見ることになったのはたまたまですよ。なにせ盗賊との戦いは依頼に入っていませんから、そうなれば私たちはタダ働きです。そんなことは誰だってイヤでしょう?」


「はあ……まあいいわ。それよりもコレはどうしたらいいの?」


「おや、盗賊退治は初めてですか。全ては倒した人のものとなりますから、このまま放置するも金目のものを漁るも自由ですよ」


 お金に困っている身としては、このまま放置はあり得ない。


「……仮に装備品を次の街で売ったとして、私が盗賊行為を働いたとは思われないかしら」


「大丈夫でしょう。それなりに名の通った盗賊団のようでしたし、間違われることはないと思いますよ。それに私たちも証言しますから。……頭の首も手に入れてたら最高でしたが」


「今度からそうするわ。さて、それじゃ金目のものを探さなければね」


 シーラに見定めさせ、私とシルヴィアとユーリアで剥ぎ取っていく。

 血で汚れた装備はそのままに、とりあえずは武器と装飾品にお金。

 どれもすぐに売り払えるものだ。


「調教された馬はとても高価ですから、道中で売るよりもハインドヴィシュまで連れて行ったほうがいいかもしれませんね」


「それだと面倒を見なければいけなくなるわ」


「それでしたら私が。少しぐらいはお役に立たなければならないでしょう」


 そんなわけで馬の世話はシルヴィアに任せることとなる。

 別に、眷属になった以上は役に立たないことはないのだけれど。



 それから二日、普段からよく使われる街道を通ったおかげか、その後は盗賊にも魔物にも襲われることなく村へとたどり着いた。

 馬車に繋がれた五頭の馬は、特に暴れることもなく素直に後ろをついてきた。

 魔物だから餌も不要で、シルヴィアはどう面倒を見たらいいのか悩んでいるようだった。


 ちなみにその日の夕食には瀕死だった炭付馬(ザームヘスト)の肉を食べた。

 食べられなくもないが、硬いし好んで食べるものでもなかった。


 目当ての村は、以前に訪れたことのあるテアの村よりは大きかったが、それでも見どころのない農村には違いなかった。

 柵はなく、街道が村の中を通っている。

 宿があれば一休みする人もいるだろう。


「まずは私たちの仲間に会いに行きましょう」


「どこかの民家でも借り受けているの?」


「まさか。こんな村に空き屋なんてありませんよ。基本的には空き地にテントを張っての野宿です。村の護衛は大変ですな」


 他人事のように聞こえるのは、ピエールが野宿する立場にはないからなのか。


「ピエールって、いい性格をしているわね」


「ええと……ピエールさんは団の指揮を取る人ですから。普段の発言は聞き流したほうがいいって団長も言っていました」


「でも能力は本物だぞ。ピエールが作戦を立てた戦いは負けなしだ……って聞いたぞ」


 魔法使い見習いであるコロナと、おそらくは前線に立ったことのないパウラ。

 この二人の話こそ聞き流しておくべきかもしれなかった。


 傭兵団の野宿している場所は村の中央なんてことはなく、それどころか街道からも離れた場所だった。

 盗賊がわざわざ街道を通って襲ってくることはないということだろうか。


「それもありますが、魔物の対策もしなければならないからですよ。ここは村の中央ではありませんが中心にはほど近い。村のどこで何が起きてもすぐに駆けつけられる場所ということですよ」


「ああ。討伐者がいないから、魔物の被害からも守らなければならないのね。それにしても、こんな村に滞在すればするだけ赤字になるのではなくて?」


「この村だけで見るとそうでしょう。ただし我々は国と契約しています。たとえこの村が赤字でも、他の場所で利益が出せたらいいのですよ」


 一括で請け負っているからこそできることのようだ。

 確かに、これでは少集団から抜け出せない討伐者の出番なんてない。


「何よりも私が交渉をしたのです。赤字なんであり得ませんよ」


 無視だ、無視。



 傭兵への挨拶は傭兵に任せ、私は村の長と話をする。

 盗賊の装備を売るためだ。


「こんな村で売ったところで金貨は出せないぞ?」


「お金に期待はしてないわ。もちろん大きな街に持っていったほうが高く売れるでしょうけれど、持ち運ぶのも面倒じゃない」


 馬以外については、どんな値段だろうともこの村で売るつもりだった。


「彼らを雇う事になったのだけれど、どうにも食料が足りないの。魔物からは肉しか手に入らないじゃない? 麦と交換でどうかしら」


「おなごが傭兵を雇うのか。詳しくは聞かないでおこう。それにわしらとしても歓迎できる話のようだ。なにせ次の傭兵団が来るまでの数日間は、わしらだけで村を守らねばいかん。武器が手に入るなら麦くらいは安いものだ」


「村には守り手がいるのでは?」


「外国の者か。傭兵団が居るのにわざわざ守り手を用意する村なんてこの国にはないよ」


 ふうん。

 いくらかは進んだ村のように思える。

 守り手なんて明らかに非効率な存在は早々に廃止されたのだろう。


「ありがとう。ところで、あなた達から見て傭兵はどうだったかしら。きちんと働いてくれた?」


「働きようも知らずに雇ったのか……。まあ、強い奴らだ。この間も20人もの盗賊をたった五人で追い返していたからな」


「へえ、凄いのね」


「それも全員が馬にまたがり、矛を持った連中だ。そんな盗賊はめったにいない。……ちょうどこんな矛を持っていたな」


「……」


 それって、つい先程襲ってきた盗賊のことだろうか。

 私一人でなんとでもなった相手だからなのか、傭兵の強さを測ることがいまいち難しい。

 いやいや、たった五人で20人を追い返すのはやっぱり凄いことだろう。

 アルベルトの傭兵団は、五倍の戦力が相手でも何とかなるということなのだから。


「ありがとう。参考になったわ」


「こちらこそ助かった。どれ、麦を渡そうか」


 村の倉庫には多くの麦が積まれていた。

 もちろん脱穀したやつだ。

 これだけあれば当分は大丈夫そう。


「イルザさん。これ以上荷物は増やせませんよ」


「……なんとかならない?」


 シーラいわく、これ以上馬車に荷物が増えると速度が著しく落ちるのだとか。

 確かに一頭の馬だけで四人を引っ張るのは限界だろう。


「どうしたらいいかしら」


「それこそ傭兵に相談するしかないのでは。食べ物のことなので協力は惜しまないと思いますが」


「そうなんだけどね……」


 でもピエールのことだから、荷物の運搬料を取られそうな気がするのだ。

 それなら麦を譲渡してしまおうか。

 シーラとユーリアには魔物の肉だけで我慢してもらうことになるけれど、傭兵に借りを作るよりはよっぽどマシだ。

 結局盗賊退治はタダ働きか。

 ああいや、馬は手に入ったんだっけ。

 高価らしいし馬だけで満足しておこう。



「こちらが次の依頼主のイルザ嬢ですよ。アデライドと戦争をするのだということはもう伝わっておりますね」


「聞いてるよ。無謀な戦いだろうによくアルベルトが受けたものだね」


「さて。そのあたりも彼女から聞いてくれるとありがたいですね」


 これから一緒に移動するということで最初の顔合わせ。


「ご紹介に預かったイルザよ」


「アールテッドだ。一応は小隊長なんて立場になってるよ」


 アールテッドは身体の大きな女性だった。

 ともすれば男性に見える身体付きだけど、胸はあるし顔は間違いなく女性的。

 特に長い髪の毛は勘違いのしようもない。


「小隊長というのだから、他に三人を率いているわけね」


「そうなるな。まあ簡単なもんだよ。討伐者だってリーダーがいるもんだろ?」


「一応は私もパーティーを組んではいるけれど、子供の面倒を見ているようなものよ」


「それと同じさ。大きくなっても好き勝手にうごくガキばかりだ」


 ハッと息を吐くアールテッド。

 それなりに苦労はしているみたい。


「あなたみたいな人が多いならば安心ね。四人で20人もの盗賊を追い返したのでしょう?」


「ピエールから聞いたぞ。私たちが追い返すしかできなかった盗賊を皆殺しにしたそうじゃないか」


「……皆殺しじゃないわ。六人は逃げた」


 その言葉を聞いた瞬間マズいと思った。

 プライドを刺激したわけじゃないだろう。

 悪い雰囲気は感じない。

 ただ、とても好戦的な笑みを浮かべたのだ。


「今度の雇い主は随分と強いみたいだな」


「アルベルトも認めているぐらいですから。アールテッドも期待していいと思いますよ」


「それは楽しみだ……」


 今すぐ剣を向けられることはなかった。

 だけど油断はできないと、そう感じたのだった。



 荷を積み込んだらすぐに出発だ。

 幸いなことに、この村で加わった傭兵は二台の馬車を持っていたので、食べ物を運ぶにも困ることはなかった。

 それどころか長旅になることも分かっていて、あらかじめ麦は買っていたのだ。

 だから武器との交換には麦ではなく野菜をお願いした。

 麦とは違って安くはないけれど、どうせ傭兵に差し出すものだから関係はなかった。


「ピエールはもう戦い方は考えているのか?」


「ある程度はですがね。しかし詰めるためには色々と情報が足りません」


「すると初めは情報収集か」


「そうなるでしょうね。幸いなことにアデライドとフルシャンティは戦の真っ最中。そう難しいこともないでしょう」


 私は傭兵の戦い方に口を出すつもりはない。

 素人が口を出したところで邪魔にしかならないだろう。

 ただ、どんな戦い方をするのかは気になる。

 どんな情報を集め、どんな戦略で戦うのか。

 圧倒的な戦力差があるハインドヴィシュ公国だけど、彼らだって勝てない戦は手伝わない。

 後学のためにも、彼らの戦術はできる限り知っておきたい。


「情報収集には……おや、魔物ですか」


 その戦術を語ろうとしたところで邪魔が入る。

 草原での代表的な魔物である飢餓犬(アンリュード)の群れ。


「ちょうどいいので私が指揮を取りましょうか」


「おや珍しい。タダ働きはしないんじゃなかったのか?」


 その通り、朝とは言っていることが違うではないか。


「まったくね。一体どういう風の吹き回しなのかしら」


「……アールテッド、あなたのせいですよ。まったく、我々が逃した盗賊団の尻拭いをさせたままでは面目が立ちません。何よりもまだ我々の強さを見せてはいない。このあたりで一つ、我々の戦い方を見せてもいいでしょう」


「嫌味ったらしいのも相変わらずかい。まあいいよ、ずっと馬車の上というのも退屈だ」


 魔物と戦うと決めてからの傭兵たちは素早かった。

 まずはアールテッド以下五人が飛び降りて、次いでピエールも馬車の下へ。

 パウラもコロナも降りないのは、連携が足りないからだろう。


「さて……飢餓犬(アンリュード)は七匹ですか。盗賊ほどとはいきませんでしたが、その分早く終わらせることといたしましょう」


 自信満々なピエールの態度はその通りで、七匹の飢餓犬(アンリュード)は一瞬にして死体だけになったのだった。



------



「大きな戦では必ずと言っていいほどにピエールが作戦を立てる……と聞いたことがあるぞ」


「ピエールさんが作戦を立てたら負けなしだと聞いたことがあります」


 傭兵ではあるが、これまでピエールとさほどの関係もなかったパウラとコロナはどちらかというと私に同情的だった。

 あくまでも、襲われたときは皆で戦いましょうという程度だけれど。

 でもあの指揮を見たあとでは、ピエールをタダで扱うわけにはいかないというのにも納得だった。


『アールテッドを戦闘に錐の形を。そのまま突撃、右に少し寄ってください』


 一言一言が分かりやすく、そして単純。


『二匹目まではいなすだけです。三匹目にはアールテッドがトドメを』


 そして魔物の生態にも詳しい。


『隙を作ると飢餓犬(アンリュード)は狙ってきます。アールテッドは二歩下がって』


 たった五人の小隊なのに、気付けば飢餓犬(アンリュード)は囲まれていた。

 相手の強さも味方の強さも仔細に把握した戦術。

 囲んでしまえば負けるはずもないという、確かに優れたものだったのだけれども。


「だけど、アデライドの兵士が飢餓犬(アンリュード)ほどに弱いはずもないのよねえ」


 例えば傭兵千人でアデライド帝国の兵士を取り囲んだとする。

 ただしアデライド帝国の兵士は五千人。

 さて、囲んだところで倒せるのかというと、そんな単純な話にはならないだろう。


「だから情報を集めるんだろう?」


 その情報収集の小隊は次の村にいる傭兵たちが行うそうだ。

 ついでにパウラも同行するのだとか。

 ……わざわざパウラを連れていって、正しい情報を得られるのかははなはだ疑問。


「具体的にはどう集めるのかしらね。戦争中といったって、だからこそ周りにも気を使っていると思うのよ」


 上空から写真一発で地形から隊形から分かるわけでもないのだし。

 一人で探らせるわけにも行かないだろうから……二人一組で十組ぐらいを常に斥候に出して然るべき。

 そんな中をこっそり偵察というのは、口にするよりもよほど難しいはずだ。


「そこはピエールが考えているだろ?」


「ピエールさんはちゃんと勉強してきた方らしいので、大丈夫だと思いますけれど……」


「……そうなの?」


 それは意外だ。

 傭兵なんて盗賊崩れのようなものだと思っていたけれど。


「わたしも気になったんで聞いてみたんです。そしたら昔は軍人だったって」


 そういうことも……あるだろうか。

 規律が厳しいから自由な傭兵になったとか?

 あの性格では上官に気に入られるわけもないし、追い出された可能性のほうが高そうだけどね。


 ともあれ旅は順調で、本日二つ目の、そして今日泊まる村へとたどり着いた。


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